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<EP_011>市場価格と私の価値

軽自動車は富士川を渡り、さらに海岸線を南下していく。 窓を開け、外に降りれば、心地よい磯の香りが鼻腔をくすぐったのかもしれない。


ある日、私は再び施設長に呼び出された。

(また何か、やらかしたんかのぉ?)

Aちゃんの件が尾を引いており、私は恐る恐る施設長の前に進み出た。

「なあ、清水。ここらで一度、システムを総点検しないか?」

施設長の口から飛び出したのは、意外な提案だった。

「……以前から申し上げている通りです。点検どころか、一から作り直すべきですよ。できれば外注して、本物の専門家に入ってもらいましょう」

私はここぞとばかりに、少し芝居がかった調子で、しかし切実に訴えた。

聞けば、N室長が「今のシステムは不具合が多すぎる。根本的に刷新すべきだ」と施設長に直談判したらしい。

私にとっては渡りに船だった。プロの手によるシステム刷新は、この地獄から脱出するための唯一の希望だ。

本部からも「現状のシステムは悪くないが、一人にしか保守できない状態はリスクが高すぎる」という、真っ当な評価が出ているようだった。

(たりめーじゃ、ボケ。最初から全部署連動なんて考慮しとらんのじゃ!)

それが本音だった。

継ぎ接ぎだらけのシステムが3年以上も稼働し続けていること自体、奇跡に近いのである。 議論の末、まずは専門業者を呼んで見積もりを取ることになった。

不運なことに、業者が来訪する日は私の公休日と重なってしまった。

私の代わりにNさん(N室長とは別人だ)が出席し、現状の仕様を説明したという。

業者は、私がこれまでに執念で積み上げてきた「魔窟」のようなシステムを覗き込んだ。 そして、一言こう告げたらしい。

「……弊社では、この現行システムと同じものを構築・保守するのは不可能です」

今ならわかる。素人がパッチと場当たり的なコードを塗り重ねた「スパゲッティの塊」を見せられて、正気で引き受けるプロなどいるはずがない。

業者は代わりに、自社でパッケージ化している汎用システムの導入を提案してきた。

とりあえず見積もりを出してもらうことでその場は解散となった。 翌日、出社してその顛末を聞かされた私は、激しい落胆に襲われた。


数日後、上がってきた見積書には「最低500万〜1,000万円 + 保守運用コスト」という額が並んでいた。

その数字を見て、私は「当然」と納得した。

年収300万の私が、3年間血を吐く思いで駆けずり回って構築した価値が、ようやく正当な市場価格として可視化されたのだ。

業者のシステムは今の私のものより遥かに高機能で、信頼性も高そうに見えた。

しかし、本社と施設長の反応は、私の予想を最悪の形で裏切った。

「そんなに金がかかるなら不要だ。清水にやらせればいいだろう。どうせ、この支社でしか使わないものなんだから」

彼らの目には、プロが提示した数千万の価値が「清水がタダ同然でやってくれる小細工」程度にしか映っていなかったのだ。


そして、私に「現行システムの全面刷新」という、あまりに無謀な難題が正式に下された。

「……無理じゃぁぁぁ!!」

拒絶とともに、私の身体が、心の底から悲鳴を上げた。


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