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<EP_010>消えた救世主と忍び寄る魔影

いつものように部署を回っていると、AちゃんがPCの前で頭を抱えている姿が目に入った。

「どした?」と声をかけると、彼女は涙目で「……無理です」と絞り出した。

ただ事ではない。

話を聞けば、室長が彼女に「全く別系統のシステム」の改修を命じたという。

私のシステムはExcelを母体にデータを吸い出し、プログラムに格納して優先順位を照合・出力するだけのものだ。

既存の独立したアプリからデータを抜き出し、現在の環境に適したプログラムに変換するなど、この乏しいインフラ環境ではどう考えても不可能だった。

「そりゃ無理だよ。俺から室長に伝えておくよ」

私はAちゃんに伝え室長に話をした。

彼は「でも、Aはお前より腕が良いんだろう?」と食い下がったが、腕の良し悪しの問題ではない。

「無理なものは無理です。それをやりたいなら、一から独自のアプリを開発するしかない。今の環境では、どうあがいても無理筋です」

室長は露骨に落胆したが、私はAちゃんの元に戻り「ごめんね、無理をさせて」と謝罪してその場を去った。

広報部への帰り道、なぜ専門外の人間はこれほどまでに「不可能」という概念を理解してくれないのかと、激しい苛立ちを覚えたのを今でも鮮明に覚えている。


数日後、私は施設長に呼び出された。

「おい、清水。お前、何をした? Aが辞めると言い出したぞ。お前と室長からパワハラを受けたと訴えている」

耳を疑った。

「え? いや、パワハラなんてしていません。彼女に適した仕事を振っただけです」

私はことの顛末を必死に説明し、彼女がいかに優秀で、組織に不可欠な存在かを訴えた。

施設長は完全には納得していないようだったが、「今後はシステムの不具合は、まずお前が直せ」と私に厳命を下し、その場は収まった。

結局、Aちゃんはそのまま退職した。

聞けばすぐに結婚して別の土地へ引っ越したという。

退職の日、私は彼女に謝罪したが、返ってきたのは心の内を読み取らせない素っ気ない言葉だけだった。

それが今でも心残りでならない。


情報は、常に歪んで伝わるものだ。施設長は「システムについては、まず清水を通せ」と言ったはずだった。

しかし、それが現場では「デジタル関連はすべて清水」と解釈された。

部署の目立つ場所に私の携帯番号が貼り出され、私は着信音に追われながら社内を奔走する羽目になった。


その頃、例のYちゃんは優秀さを買われたのか、N室長の元を離れ、私の数少ない友人であるMと同じ部署へ異動していた。

私は走り回る合間を縫って、Mのいる部署へ頻繁に顔を出した。

大抵は遊びの約束や飲みの誘いだったが、それがN室長の目には「不穏な動き」として映ったらしい。

実は、Yちゃんを交えてMたち数人で飲みに行く機会が何度かあった。

その席に途中でN室長が合流することもあったが、彼を呼び出したのは私ではない。Yちゃんだ。

彼女はN室長と二人きりで会うことはないし、私とだってない。

むしろMとはサシで飲む仲だったが、M自身は同じ部署になって露呈した彼女のヒステリックな気質を、完全にもて余し始めていた。

だからこそ、中和剤として私を呼び出すのだ。

私とMは、彼女の思わせぶりな態度が単なる「演技」であることを知っていたので適当にあしらっていたが、N室長は違った。

彼はガチだったのだ。 ゆえに、私に対する彼の圧迫は日増しに強まっていった。

頼りになるはずだったAちゃんを失い、増大する業務に忙殺されていた私は、彼の敵意を気にしないように努めていた。

だが、客観的に見れば、私は周囲が同情するほど凄まじい「圧」をかけられ続けていたのである。

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