第八話 王の依頼と、サイレスの独白と。
式術研究所を出た俺たちは、そのまま王宮へ向かうことになった。レオニスが同行し、案内してくれるようだ。
テオロッドの中心部にあるその王宮は、
祖であるアウレオ=テオロッドが建立した時から、
この国の象徴としてそびえ立っている。
イエナは、ここに住んでいるのか……。
改めて、彼女の身分を実感する。
王宮は派手な装飾もなく、色使いも煌びやかさはない。
だが、高い天井や長い廊下が威厳を示しているように感じた。
玉座の間に通されると、一人の男が座っていた。
レオニス=テオロッド。
式術王国、テオロッドの王である。
「やあ。来たね」
レオニスは俺たちを視認すると、そう言った。
年齢は、三十代後半くらいだろうか。
引き締まった体、精悍な顔つき。
想像していた以上に若い。
サイレスの兄、と言われれば、確かに似ている。
眩しいほどの金髪に、人を見抜くような切長の目。
「お話していた、チームフォーリナーの面々です」
サイレスが、俺たちを紹介する。
レオニスはタツオを見ながら言った。
「君がうわさの赤の一式か。なるほど。
——そこまで真紅の髪は見たことがない」
言われて見れば、赤茶色だったタツオの髪は真っ赤になっている。
「ミサキくんは、三色で五式クリアだったな。
首席入学、首席卒業おめでとう。
オウシュウでは時折天才が生まれるが……
君はその中でもとびきりだ」
ミサキは、「ありがとうございます」
と言った。少し優等生ぶっている。
「そして、ユイトくん。白の式者。
君は、式者としての期待ももちろんだが、
それ以上にリーダーの資質があるようだ」
レオニスがそう言った瞬間、ミサキがきっ、とこちらを見る。
そういえば……忘れていた。
フォーリナーのリーダー問題に決着がついていなかった。
「ありがたいお言葉ですが、火力はタツオが圧倒的ですし、戦術判断や全体支援はミサキに助けられてばかり。
二人のおかげで卒業できたようなもんですよ」
俺は謙遜して言ったが、事実、そんなもんだ。
特に後半の模擬戦や実地訓練は、俺一人ではどうともなっていない。
「その物事を俯瞰して見られる力こそ、リーダーの資質だと思うがな。君には、依頼するクエストのリーダーをやってもらいたい。
——他の二人、異存は?」
レオニスが続ける。
タツオは、
「ユイトならいいよ」
とあっさり。
ミサキは、
「まぁ……ユイトなら任せてもいいべ」
と言った。
こうして、思わぬ形でリーダー問題は決着する。
「そのクエストのことなんですが」
俺は言った。
「他国、アークネイヴァーからの依頼と聞きました。
よくあることなんですか?」
「いや」
レオニスは答える。
「ほとんどない。少なくとも、アークネイヴァーがカムイに攻め込んだ二年前以降は初めてだ」
カムイ。元の世界で北海道に位置する国だ。
自然崇拝で、平和主義の国家。
その膨大な領土を目的に、アークネイヴァーがカムイに侵攻したのが、二年前のカムイ事変。
と学校で習った。
「以降、アークネイヴァーは〝寛容なる隣国〟ではなくなった。我が国も国交はあるものの、緊張状態が続いている。
戦争前夜、と言ったところだな」
「では、なぜ依頼を……?」
「内容が、両国に関わるものだからだ。
国境周辺に出た魔獣を討伐してほしいとの依頼だ」
「アークネイヴァーでは、退治できないですか?」
「いや……知っての通り、彼らはテオロッドと比較にならない文明を持っている。騎兵団も、世界一を自負している。
彼らなら退治は可能だろう。
このクエストは……テオロッドへの挑戦状だと考えている」
「挑戦状……?」
「恐らく断れば、彼らは我々の国力不足を理由に、領土拡大を要求してくるだろう。裏に何かたくらみがあったとしても、受けざるをえない」
国同士の緊張状況が伝わる。
イエナの言葉を思い出す。
「戦争にはなっていないですよ。
——今は、まだ」
あの時の〝まだ〟の意味が分かった。
「分かりました。討伐対象は、何ですか?」
俺は聞いた。
「それが厄介でな。普通の魔獣とは比較にならない」
「なんです?」
「神獣。ドラゴンだ」
レオニスは、言った。
ドラゴン。
それこそ、ファンタジーの世界だ。
凄まじい巨体が空を飛び、火を吐き、周囲を焼き尽くす。
俺はそんなイメージを即座に持った。
「すでに、テオロッド領土にも被害は出ている。
アークネイヴァーとの政治を抜きにしても、早期に討伐したいことに変わりはない。
そこで、改めて君たちに依頼したい。
討伐に成功すれば、タツオくんの合格に加えて、クエスト報酬の一千万ソルも君たちのものだ」
レオニスは、姿勢を正すとそう言った。
レオニスは、俺の返事を待つ。
即答しづらい条件だ。
恐らく、かなりの危険度。
引き換えに手に入るのは、タツオの免許。
正直、免許は危険をおかしてまで必要なものではない。
あくまで、俺たちは式の鍛錬のために学校に入っただけだ。
俺が考えていると、タツオが俺に言った。
「受けようよ、ユイト」
「ん……?お前、免許欲しいのか?」
「違うよ。それはどうでもいいんだけど。
それより、報酬と、アークネイヴァーに興味がある」
報酬?意外だった。
どちらか言えば、金に無頓着なやつだと思っていた。
「文明が発展しているなら、PC作りのヒントがあるかもしれない。報酬は、材料を買ったり集めたりする上で使えるかもしれない」
確かに……!
すっかりこの世界に馴染んでしまったが、俺たちにはまだ帰る可能性が残されている。
少なくともタツオが生きている限り。
しかし、なおさら危険なクエストは避けた方がいいんじゃないか?
タツオに万が一があったら、帰る手段は完全になくなる。
俺たちがこそこそ話していると、レオニスがしびれを切らして言った。
「本当は君たちが受けてくれたら伝えようと思っていたが……
危険なクエストなので、回復役も同行するつもりだ。こちらへ」
レオニスが手招きすると……
——緑の髪をした天使が姿を現した。
イエナだ。
「受けます」
俺は即答した。
「フォーリナーの皆さん、よろしくお願いします」
そう言って、イエナは笑いかける。
こちらこそ、よろしくお願いします。
俺は一気にテンションが上がった。
その様子を、ミサキがいぶかしげに見ている。
俺は慌てて表情を取り繕った。
「俺も行くぞ!」
場にそぐわない甲高い声が響き、
イエナの横から、子供が顔を出した。
身長は百四十センチくらい。
頭は完全な金髪だ。
誰だ、この子は。
「アレクシオ、お前は無理だ」
レオニスが言う。
「父上、俺は黄の二色だよ!式術学校だって、
一年前に卒業してる。こいつらより先輩だ!」
アレクシオと呼ばれた子供は、駄々をこねる。
ん?父上……?てことは。
こいつ、王子か。
「アレクシオ、あなたは立場を考えて。
討伐は私たちに任せて」
イエナが優しく諭す。
「やだ!イエナと一緒に行く!」
完全に子供である。
「ほら見ろ。完全に子供じゃないか。
お前はもう少し自覚を持て。冒険はそれからだ」
レオニスが一喝する。
アレクシオは唇を噛み締め、どこかへ走っていった。
「すまんな。息子だ。式術の才能はあるんだが、
精神面がまだ未熟でな。許してくれ」
レオニスが言った。
まぁ、確かにクソガキ臭はたっぷり醸し出していた。
でも、見たところまだ十歳そこらだろう。
俺もその頃はあんな感じだった気がするし、
目くじらを立てるほどではない。
俺は、寛容な心で頷いた。
話をしていると、後ろの扉が開いて、
男が入ってきた。
髭面、青みがかった髪。
とてつもなく凶悪な顔。
ガルフだ。
「レオニス!俺はイエナの同行を許可した覚えはないぞ!」
いきなり王を怒鳴りつける。
確か、レオニスは義兄だったはずだ。
レオニスは首をすくめる。
「私ではないよ。本人の希望だ」
そう言ってイエナの方を見る。
ガルフは、イエナに向かって言う。
「俺は断固反対だ。こんな危険なクエストに、お前を行かせるわけにはいかない」
「お父さん。過保護すぎます。私はもう十七歳ですよ?
——レオニス王が即位した年齢です。
自分のことは、自分で決めます」
イエナはいつになく強い口調で言った。
ガルフは、その様子に驚いたようだ。
「心配してくれるのは嬉しい。でも、私も特使として色んな国を回っています。危険を避ける術も、身につけました。
この国の平和のために、
——王族だからこそ私が行くべきです」
ガルフは言い返す。
「……テリーズも遠征で不在だ。同行できないんだぞ」
「大丈夫です。フォーリナーの皆さんがいます。
私は、皆さんがもし傷ついた時に、命を守る役目です。
それとも、他国の方だけにテオロッドの命運を預けろと言うのですか?」
イエナが、ガルフを論破している。
ガルフは、その意志の強さに折れたようだ。
分かった、と呟き、俺の方を向いた。
「……イエナを頼む。そして、お前らも。
——必ず無事で帰れ」
それだけ言うと、部屋を出ていった。
まるで嵐のようだ。
「さて、色々申し訳ないね。
——王族とはいえども、中身は普通の家庭と一緒さ。
子供の心配もするし、子供の成長に喜んだりもする。
イエナ、王族を代表させて申し訳ないが、彼らの安全を守ってくれ」
レオニスは、そう言ってイエナに一礼した。
イエナは、はい、と言って頷く。
その後、レオニスからこのクエストの段取りを聞いた。
ドラゴン出没の国境まで馬車で一日くらい。
討伐は、命最優先。危険と感じたらすぐに撤退すること。
討伐に成功した場合、証跡を持ってそのままアークネイヴァーへ向かってほしいこと。
斥候を待機させてあるので、状況は逐次報告させるとのこと。
「急で申し訳ないが、周辺被害の甚大さを踏まえると、明日にでも出発してほしい。馬車は準備してある。食糧や着替えなどは、明日までに準備させる」
とレオニスは言った。
「馬車の操縦は、誰がするんですか?
テリーズさんは、いないって話でしたけど」
俺は聞いた。
「それは、リーダーの仕事だろう」
レオニスは、そう言って俺を指差した。
その後。
俺はサイレスが先生役となり、馬車の操縦を叩き込まれた。
とはいえ、馬はよく調教されているのだろう。
そんなに難しいものではなかった。
サイレスからは、筋が良い、と褒められたが、
あまり嬉しくはない。
実際、一番損な役回りだ。
俺が馬車を動かす間、
きっとタツオは寝ているんだろうな……。
本音を言えば、俺も後ろでイエナとおしゃべりがしたかった。
数時間の訓練を終えると、俺はサイレスと共に風呂に向かった。汗を流すと、二人でサウナに入る。
「すまないな。大変な仕事を任せてしまって。本当は、王や私が行くべきなんだろうが」
サイレスが言った。
「いえ。レオニス王やサイレスさんに何かあったら、この国が大変なことになるのは分かってるので。
俺たち冒険者が何とかできるなら、それが一番いいと思います」
俺は答える。
「実はな、ユイト。レオニス王は、もう長くないんだ」
サイレスが言った。
「……え?まだ、お若いですが……病気ですか?」
俺は驚いて言った。
「やはり、君はまだ知らなかったか。
テオロッド王家は、建国の祖アウレオ=テオロッドから代々——短命の家系だ。
平均寿命は四十歳前後。
レオニスは、三十八歳。
あと何年生きるか分からない」
俺は、その言葉を聞いて、式術学校の座学を思い出した。
建国から三百年で十五代目。
平均在位年数二十年。
そう言うことだったのか。
若くして在任し、若くして死ぬ。
「かくいう私も三十四歳。残された時間は少ない。
生きているうちに、この呪いを解く鍵を見つけたかったのだが」
「呪いを解く鍵?」
「……長くなる。ここで話しているとのぼせてしまう。
外で話そう」
そう言うとサイレスは立ち上がり、サウナ室を出た。
服を着て、焚き火を作った。
サイレスが淹れたお茶を飲みながら、
俺はサイレスと向き合っていた。
間にある炎が、パチパチと音を立てながらゆっくりと揺れている。
「私が、白の式を研究してきた理由にも繋がる話だ。
どこから話そうか」
そう言うと少し考えてから、サイレスは話し始めた。
「この国の民なら、王族が短命であることは、
皆知っている。
それも、黄の力が強ければ強いほど、短命であることを。
建国以来、最高の天才式者と呼ばれた者は、七年前に死んだ」
サイレスは続ける。
「彼女の名は、セレフィア=テオロッド。
私の姉であり、イエナの母だ」
言葉が出なかった。
イエナから母の話を聞いたことがなかったが、亡くなっていたのか。
「セレフィア……姉は、黄の零式だった。
他の式は全く発動しなかった。副式すらなかった。
ただ、彼女は雷を元に、天候さえも操れた。
そして、その力ゆえに、死んだ」
「……何があったんですか」
「九年前。この国を神獣が襲った。……ドラゴンだ。
討伐に参加したのは騎士団と、選りすぐりの式術者たち。
ガルフや、まだ十六歳だったテリーズも参戦していた。
私は、式者たちをまとめ、後方支援を指揮していた。
しかし、ドラゴンの鱗は硬く、物理攻撃はほとんど通らない。式術での攻撃に切り替えても、ダメージを与えられない。せいぜい、その場で足止めすることくらいしかできなかった。
それをただの一撃で討伐したのが、
——セレフィアの雷だった」
サイレスは続ける。
「本来、セレフィアは家でまだ小さいイエナを守る役割だった。戦いに参加する予定はなかった。
だが、苦戦の情報を聞いた彼女は、イエナを侍女に預け、戦場へやってきた。
零式の雷は、凄まじかった。
その雷鳴は、国中に響いたとも言われている。
彼女は国を救った英雄となった。
……ただし、自らの生命力と引き換えに。
ドラゴンを倒した後その場で倒れ込んだ彼女を、
私は連れて帰った。
しかし、代償は大きかった。
彼女はそれから少しずつ衰弱していった。
私は、様々な文献を読み漁り、治療を試みた。
しかし、どれも効果はなかった。
彼女はそれから二年後、死んだ。
まだ、三十歳だった」
サイレスは、そこまで話すと、お茶を飲んだ。
「強すぎる式力には、代償がある。
過去の王家の寿命と、式力の強さは完全に相関があった。
私は、式力そのものを消してしまえば、この呪いは解けるのではないか、と仮説を立てた。
そこで発見したのが、白の式者についての文献だ。
かなり昔の文献だった。
テオロッド王国ができるより、はるか昔の。
そこにはこう書いてあった。
この世界には、白の式と黒の式がある。
それは、すべての式のはじまりでもあり、終わりでもある。
白と黒は表裏一体。
全てを染め、全てを飲み込む黒。
全てを包み、全てを消し去る白。
白は全ての色に変わることができる。
黒は全ての色を塗りつぶすことができる。
私はそれをこう解釈した。
全ての式を極めれば、白の式へと進化するのではないか、と。
元々、王家には珍しい万能型であった私であれば、白の式を発動できるかもしれない。
そうすれば、王族の式の呪いを消し去ることができるかもしれない。
しかし、ダメだった。
これ以上、黄以外の式力は上がらなかった。
私は、残りの人生で白の式を発動させることを諦め、研究成果を文献に残し、後進に託そうとしていた。
その時。ユイト、君が現れた」
俺は、長い物語を黙って聞いていた。
王族の呪い。イエナの過去。
サイレスの苦悩と覚悟。
そして諦観。
「イエナも……短命なんですか?」
俺は聞いた。
「これまでの記録では、短命だったのは王家で生まれた黄の一族だけだ。イエナは、ガルフから青を継いだのか、緑に生まれた。恐らく、あてはまらないだろう。
あてはまるのは、レオニス、私、そして。
アレクシオだ」
俺は、昼間にあった子供を思い出した。
あの、まだ声変わりもしていない王子。
彼は、恐らくその運命を知っているのだろう。
そして、父親があと少しで死んでしまうことも。
あまりに残酷で、あまりに悲しすぎる。
「アレクシオの母は、出産の時に亡くなっている。
母を知らずに育ち、父も早くに亡くすのは、いくら一族の運命とは言え、不憫すぎる。
私は、レオニスとアレクシオの命が伸びるなら…
自分の命など、どうでもいい。
ユイト、協力してくれないか」
サイレスは今まで見たことのない弱々しい顔で俺を見ている。俺は、重たすぎる話をゆっくりと飲みこまながら答えた。
「はい。と言いたいところですが……。
——ダメです。
サイレスさんも、生きましょう。
これからもずっと、一緒にサウナに入りましょう。
俺は、白の式の謎を解いて、王家の呪いも解きます。
そのために。
もっと色々教えてください」
俺は、心に決めた。
テオロッドを、呪いから解放しよう。
元の世界に帰るのは、その後だ。




