第三話 式術学校と、生活改善と。
テオロッド式術学校の門は、式術研究所の裏手にあった。
石造りの門は高く、装飾らしい装飾はない。
だがそれが厳かな雰囲気を作り出している。
ここは、力を持つ者だけが入れる場所だ。
そう言っているように、俺には見えた。
俺たちはサイレスからの推薦、という形だったが、
「試験は免除されない」とはっきり言われた。
つまり、これから俺たちは入学試験を受けなければならない。
中に入ると、敷地は思いの外広かった。
式術学校は、俺が想像していた「学園」とは少しイメージが違う。
中央にそびえる校舎は立派な造りだが、どこか軍施設じみている。
広い敷地の大半は建物ではなく、森、川、岩場といった自然環境で占められていた。
訓練を目的として造られているのが、よく分かる。
式術学校は、全寮制。
生徒募集は随時行われていて、基本カリキュラムは三ヶ月。学校というより、集中講座や予備校に近いのかもしれない。
卒業の目安は「主式五式相当」。
それを超えられず、途中で離脱するものも少なくないと言う。
既に五式をはるかに超えているタツオは大丈夫だろうが、
そもそも主式が正体不明な俺はどうしたらいいんだろうか。
入学試験の説明を受けると、俺たちは早速試験場に案内された。
入学試験なんて、高校入試以来だ。
なんだか少し緊張する。
会場を見渡すと、ざっと五十人くらい集まっている。
意外と受験者が多いんだな、と思った。
説明によると、試験は全部で三つ。
・身体測定
・式位測定
・主式出力試験
まずは身体測定だ。
怪我の有無や基本的な運動能力の確認だが、ここでも、数名が落とされていた。
「中級以上の式術は体への負担が大きい。体力も求められる」と試験監督は言っていた。
俺はまだしも、タツオは大丈夫か?
と心配していたが、見た目に反して俊敏な動きを見せていた。
いちいちギャップの激しいやつである。
次に式位測定。
主式の色、および式位の測定。
これについては、
俺たちはサイレスのところで既に行っている。
タツオは文句なし、赤の二式。
それ以外の式は、すべて十式。
主式の式位の高さに、会場がどよめいた。
「君…入学する必要ないんじゃないかね?」
試験官の気持ちも分かるが——
入学希望理由は、すぐに判明することになる。
俺は——予想はしていたが、測定不能。
試験官は故障か…?と困っている。
それはそうだ。測定できなければ判断のしようがない。
俺は仕方ないので、
右手から水を出したり、
左手からコップを出したりして、
青と茶が使えることを証明した。
…まるで、手品だな。
そして最後が、主式出力試験。
「主式の力がどれだけ出せるかを見る、
単純な試験だ。
まずは、赤が主式の者から」
監督役の教師が淡々と告げる。
タツオは迷いなく赤へ向かった。
他にも、十名ほどの受験生が赤を選択した。
基本色だけに、適性者も多いのだろう。
赤の試験は、シンプルだった。
式の力を使った火を耐火防壁に向かって打つ、というものだった。
順に、火を放つ。
あるものは耐火防壁に火を遮られ、
あるものは少し焦げさせることに成功して喜んでいた。
タツオの出番がやってくる。
俺は、一言声をかける。
「やりすぎるなよ」
タツオは、親指を立てて、試験に向かった。
嫌な予感しかしない。
試験監督の号令に合わせ、タツオが手をかざすと、炎は一瞬で膨れ上がった。
「……あ。やばい」
本人の小さな声に反するように、炎は大きくなっていく。
慌てて収束させようとした結果、逆に一点へと凝縮され、
——次の瞬間。
炎の砲撃が壁に向かって放たれた。
ドン、という大きな音とともに、耐火防壁には大きな穴が空いていた。
その後、音を立てて崩れる壁。
試験場が、一瞬で静まり返る。
「やっちゃった」
こちらに戻ってくると、タツオは気まずそうに首をすくめた。
「制御って難しいねぇ」
試験場は騒然とし、何人かの赤の受験者は逃げるように会場を出て行った。
出ていった受験者の中には、
先ほど壁を焦がして嬉しがっていたものもいた。
試験監督たちは前例がないであろう事態にあれやこれや協議をしていたが、結果は合格。
式力の高さは卒業どころか教員より遥かに上。
式力の制御は子供並み。
とのことで、相当判断に迷ったらしい。
合格はしたものの、「要観察」の条件がついた。
うん。タツオは監視下に置いておくべきだ。
次は青の式の番。
俺はここに参加することにした。
式らしきものは使えるようになったものの、
依然、主式は謎のままだ。
消去法で、青を選んだ。
青の試験は、校舎裏を流れる川にある滝壺で行われた。
見上げるほど高い位置から、滝が流れ込んでいる。
まさか、異世界に来て滝行にチャレンジするとは思わなかった。
自然豊かなこの学校の造りの意味を理解する。
「水と一体になるイメージだ」
言われた通り、滝壺の前に立つ。
他の受験者は、赤より多く、十人以上いた。
皆、近づくにつれて顔が強張る。
思ったより勢いが激しい。
首がもげるんじゃないか…?
おそるおそる滝に向かう。
頭から激流をくらう。
気を抜くと、滝壺に沈みそうだ。
冷たい。
そして、痛い。
呼吸も難しい。
俺は、ミドルリッジで水を出した時の感覚を思い出す。
右手から水を流し、形を整えた、あの感触。
滝が落ちてくる直前、頭部の上に意識を集中させる。
すると——。
激流が、頭を避けて流れるようになった。
完全に止めたわけじゃない。
だが、先ほどまでの叩きつけられる感覚はなく、
流れに包まれているだけになった。
「……ほう」
監督役の男が頷く。
「青の七式相当だな。合格だ」
タツオと比べれば、どう考えても地味である。
だが。七式相当と言われて、心の底でガッツポーズしたのはここだけの話だ。
試験が終わった。
後で聞くところによると、
総受験者四十六名、
合格者十八名だったとのことだ。
合格率は四割弱と言ったところか。
——赤は、三人しか残らなかったらしいが。
合格者の中には、テオロッド以外の国から来た留学生もいるとのことだ。
果たして、この中で卒業できるのは何人なんだろうか。
簡素な入学式で、校長が言った。
「君たちは、すでに式を使える者ばかりだ。しかし、それを“職業”として扱うには、精神的にも、経験的にもまだ未熟だ。
ここでは、心構え、知識、そして実践を学んでもらう。
短い期間だが、徹底的に叩き込んでいただきたい」
校長の話は長いもの、というのが相場だが、ここの校長は簡潔で分かりやすい。
良い学校なのかもしれない、と思った。
入学式後、学費の支払いと今後の履修科目についての説明があった。
学費は、寮の費用と合わせて一人三万ソル。
日本円で二十五万円くらいか?
三食寝床付きと考えると、意外と良心的なのかもしれない。
俺はクエスト報酬から二人分を支払った。
なぜか俺は、最初のクエスト報酬からずっと、
財布係を任されている。
授業は必修科目と選択科目に分かれていた。
日本の大学に近いシステム。
選択科目は、それぞれの課題に合わせて選ぶことにした。
俺は、式力の強化。
タツオは、式力の制御。
強化に関しては、とにかく自然に触れることが大切らしい。
自然の力を借りて発現する式は、自然に愛されるほど強くなるとか。
青の式なら、水と仲良くなる。
赤の式なら、火と仲良くなる。
とすると——タツオは、元の世界で消防士でもやってたのか?
元の世界の生活とこちらの式の関係性は、良く分からないままだ。
選択科目で選んだのは、青の強化と、茶の強化。
青の強化では、滝行を行った川で、川を泳いで登る訓練をやった。要はスパルタ水泳。
想像以上に体育会系である。
茶の訓練は、式力で土を掘り、ブロック型に成型し積み上げる訓練。
訓練場には、まるで工事中かの如くテープが貼ってある。
…これは労働力の搾取では?
現場監督みたいな人が積み上げる場所を指示だししている。
午前中、二つの授業を終えると、もう体はへとへとだった。
午後の必修は座学とのことで、助かる。
例の如くまずーい昼食の後、少しの昼休みを挟んで午後の授業に入る。
必修の歴史の授業では、式術の成り立ちを学んだ。
「式力が人々に発現し始めたのは、およそ三百年前。
当時は少数派だった式者たちを集め、制度として体系化したのが、アウレオ=テオロッド。この国の祖だ。
現国王は、祖から数えて十五代目にあたる」
ん?平均即位年数二十年くらい?
…代替わり、早くないか?
俺は思ったが、周りの生徒は普通に授業を聞いている。
…この世界では、早めに隠居するのが普通なのかな?
俺はそんな風に考えていた。
翌日から、それぞれのカリキュラムに合わせた授業が本格化する。
青の基礎訓練は、川での実習が中心だった。
水の流れを操り、水球を作り、模擬戦を行う。
式の操作は得意なのか、俺は連続で球を作り投げることができた。
頭痛もない。
もしかしたら、頭痛は何かを集めたり、成型するときに発生するのか?
試しにやってみたら、土の壁も作ることが出来た。
こちらも頭痛はない。
完全な防御ができあがる。
今の所、頭痛の条件はこういうことになる。
木から水を集めると、左の頭が痛む。
土から陶器を作ると、右の頭が痛む。
「そこにあるもの」を使う時は痛みがないことを考えると、
性質を変化させると痛むのだろうか。
テリーズにも言われたように、今後頭痛がする時は注意しよう。
雪合戦ならぬ、水合戦において、
連続弾+土の壁を兼ね備えた俺は、
完全無双状態だった。
この世界に来て初めての俺TUEEEである。
しばらく優越感に浸っていたのだが、やりすぎた。
ちなみに、土の壁は相手チームからのクレームにより、
使用禁止になった。
そんなこんなで日々を過ごしていた。
授業はそれなりに楽しめたが、
どうしても耐えられないものが二つあった。
一つは、寮での食事である。
パッサパサのパンと、薄いスープ。生野菜。
朝昼晩、ほとんど変わり映えがない。
これだったら、グラスハウンド肉の塩と香草炒めの方がよっぽどマシである。
これが三ヶ月続くと思うと、
とてもやっていける気がしない。
タツオは、黙々と食べている。
「……平気なのか?」
「おいしくはないけどね。まぁ、栄養は足りてそうだから」
コイツ、やっぱり感覚が合わない。
俺は心に決めた。この寮の食事を早急に改善してやろうと。
寮生活三日目は、授業のない休日だった。
俺は眠いと騒ぐタツオを叩き起こし、ギルドに引き連れて行った。
そして、「おいしく食べられる魔獣」について聞き込みを行った。
どうやら、リーフボアという魔獣が食材としても流通しているようだ。特徴を聞く限り、豚に近い魔獣のようだ。
脂が乗っていて旨いらしい。
想像するだけで、ヨダレが出てくる。
俺はクエストを受注すると、タツオを引っ張り、
リーフボアの生息地に向かった。
そして、こう指示を出す。
「いいか、タツオ。丸焼きにするな。外側だけを焼け」
タツオは俺の勢いに押されるまま、必死に式を制御し、
それを実現した。
十匹程度の狩猟に成功。俺はギルドから借りたリアカーに獲物を乗せる。
次は、調味料だ。
塩については、コツコツ仕込んだストックがある。
単に塩焼きにしてもそれなりに旨いのかもしれない。
しかし。
豚といえば、理想はあの料理。
そう。生姜焼きだ。
俺は、生姜の味を頭に思い浮かべながら、川沿いを散策する。
手のひらを、まるでレーダーのように研ぎ澄ませながら。
小一時間ほど散策すると、俺の手元に見慣れたあの形が飛び込んできた。
…生姜だ…
飛んできた元を探ると、自生している生姜を発見する。
そうだ、ここは日本なんだ。
あって当たり前だ。
なぜこんなところで、誰にも見つからずに放っておかれていたんだ。
俺は、生姜にほおずりをした。
後でタツオから聞くと、
あの時のユイトは「狂気そのもの」だった。
とのことだ。
ここまで来ると醤油が欲しくなるが、そこまでの時間はない。俺は翌日、授業の前に、寮の調理室に乗り込んだ。
「シェフを、じゃなかった。料理長を呼んでください」
そういうと、怪訝な顔つきで、四十代くらいの男がやってくる。男は料理長のローディンだ、と名乗った。
俺は、その男に、リーフボア十頭、生姜約百個、そして塩を渡す。
「これは…塩!?こんな貴重なもの…いいのかい?」
俺は誇らしげに言う。
「いいんです。その代わり、これから俺が言う手順をきっちり覚えてください。そしてそれを、今日の夕食のメニューにしてください」
夜。薄く切られた豚肉に、生姜の香りと塩で味つけられたリーフボアのソテーは、涙が出るほど美味かった。
いつか必ず、醤油も作ろう。
そして…米も見つけよう。
俺は、再び心に誓った。
耐えられないものの二つ目。
前も少し触れたであろう、風呂問題である。
案の定、寮に風呂場はない。
やはり、文化レベルで入浴概念がないのだろう。
一週間ほどは我慢したが、もう耐えられない。
温泉の湧き出るこの国に生まれて、
一体テオロッドの民は何をしているのか。
俺は怒りに近い感情を覚えていた。
俺は、数日後の休みの日、またタツオを連れ出した。
そして、訓練場である川沿いの、人目がつかない場所を探した。
「このあたりならちょうどいいだろう」
そう言って俺は土の式力を全開で発揮する。
イメージするのは、浴槽。
みるみるうちに陶器の浴槽が出来上がる。
「僕は、何したらいいのさ」
無理やり連れてこられたタツオは不満そうにしている。
「お前は、あの川からこの浴槽に水を引っ張る方法を考えろ。水圧を踏まえて、必要な道具を考えろ。計算しろ。
やれ、数学オリンピック日本代表」
「ユイト、キャラが変わってる…」
「うるさい。俺は怒っているんだ。この世界にも、そこに連れてきたお前にも。許して欲しければ今日中に風呂を作る覚悟を見せろ」
後でタツオから聞くには、
あの時のユイトは「狂気の向こう側にいた」とのことだった。
タツオの構造計算と俺の式術DIYで、秘密の風呂は完成した。
タツオの火力で沸かした風呂に入り、
タツオに成分を説明させ作り出した石鹸で頭を洗い、
陶器で作ったシャワーで頭を流す。
まるで心まで洗われるようだった。
俺は、土の式力を上げ、いつか温泉を掘り当てようと誓った。
話を、学校生活に戻そう。
そんなこんなで、入学して二週間くらいが経った頃。
僕らの前に一人の人物が現れた。
その日も寮から授業へ向かう途中だった。
次の食材は何にしよう、などと考えていると、突然声をかけられた。
「あんたら、今月の入学生だべ?」
背後から、なんだか懐かしい訛りが飛んできた。
振り返ると、小柄な少女が立っている。
両手を腰に当て、やけに偉そうだ。
髪の色は紫。
初めて見る色だった。
ツインテールに結ばれた髪が、揺れる。
すれ違った他の生徒が、髪の色を見て足を止めている。
紫の生徒は、他に見たことがない。
「…どちら様ですか?」
俺は聞き返す。
少女は顔を赤くして言った。
「なっ…!私を知らないんだべか!
オウシュウから来た天才。ミサキ=オイカワだ!
今回の入試で、首席合格だべ!」
なるほど。
留学生がいる、という話を聞いたが、
この子のことなのかもしれない。
髪の色から判別するに、紫の式なのだろう。
その鮮やかな色は、高位者なのかもしれない。
「私は十六歳。歳も近そうだし、仲良くしてやってもいいべ」
ミサキは言った。
随分ズケズケ来る子だな。だが、何故か嫌な気はしない。
「ねえ、その話し方、方言?オウシュウってどの辺?」
タツオは、平気でそんなことを聞き始めた。
ミサキと名乗った少女は更に顔を紅潮させる。
「なっ…!!デリカシーのない男だべ!テオロッドの男も、ろくでもねえな!」
そう言って、どこかへ行ってしまった。
「僕、なんか悪いことした?」
タツオはキョトンとして言う。
「うん。まぁ、そういうところだな」
俺は答える。
人にはコンプレックスがあることを、無邪気な好奇心が人を傷つけることもあることを、どうやってこの男に教えたらいいんだろう。
小さくため息をつく。
三ヶ月の学校生活も、どうやら、退屈はしなそうだ。




