第二十一話 海上商業都市と、闘技場と。
蒸気帆船が、ゆっくりと減速した。
低い振動が足元から消えていき、代わりに波の音が強くなる。
船が接岸すると、俺たちはその島に降り立った。
──海洋商業都市、マルカドール。その首都。
港は、異様な活気に満ちていた。
荷を運ぶ労働者。大声で客引きをする商人。
豪奢な衣装の貴族風の男。
宝石をこれでもかと身につけた女。
──世界中の金が、ここに集まっているみたいだ。
潮の匂いの中に、香水と酒と肉の匂いが混じる。
「さて、まずはどうする?」
タツオが言った。
「まずは……あそこに行こう」
俺は、港からも見える、大きな円形の建物を指して言った。
闘技場。
シャイン=カムイがいる場所。
港から、幅広い大通りを歩いていく。
両側に並ぶ石造りの建物は三階、四階建てが当たり前。
窓ガラスは大きく、陽光を反射して眩しい。
通りの中央には馬車専用レーン。
脇には歩行者用の石畳が敷かれている。
「テオロッドよりも……都会だべ」
ミサキが言いながら、周りを見渡している。
通りには露店が並び、果物、香辛料、装飾品、武具、酒が売られている。
ここで、すべてのものが手に入りそうだ。
そして──あちこちには、旗が掲げられている。
旗には、波と金貨を組み合わせた紋章が刺繍してある。
国の紋章か、あるいはガレオンの紋章か。
街のいたるところでその権威を主張している。
俺たちは、通りを歩いていく。
闘技場は、近づくにつれてその大きさを実感させた。
巨大な円形外壁。無数のアーチ。
外周には興行用の宣伝ポスターと、
ランク別の闘士の名前が貼られていた。
まるで、相撲の番付表のようだ。
黒い板に、闘士の名が刻まれている。
ラグナから聞いていた通り、ランクは五段階あった。
S~Eまで。名前を探すと、Sランクのところに、
シャインの名前があった。
姓はなく、通り名だろうか、「不殺のシャイン」と書かれている。
俺たちがそれを眺めていると——。
歓声が闘技場の中から響いてきた。
地鳴りのような音。
「もう試合が始まってるみたいですね」
イエナが言った。
「行ってみましょう」
闘技場の入り口に行くと、入場料を求められた。
「今日は、〝不殺〟のシャインが出るからね。特別料金だよ」
受付の老女が、そう言った。
俺たちは、四人分の入場料を払う。
“不殺”のシャインと呼ばれたその闘士は、
恐らく俺たちの目的の人物だろう。
シャイン=カムイ。
彼をこの街から解放することが、俺たちの目的だ。
——闘技場に入場すると、その大きさに改めて驚かされる。
石造りの観客席は三層構造。
中央の円形舞台は、直径百メートルはあるだろう。
観客は満員に近い。酒を持ち、金貨を握り、叫んでいる。
ちょうど、誰かの戦いが終わったようだ。
大型魔獣が、血を出して中央に倒れている。
戦った闘士も傷を負ったようだが、剣を掲げ、歓声に応えている。
観客席につくと、周りの客の会話が聞こえてくる。
「まさか、ダンの野郎、勝つとはな」
「そうだな。負けの方に賭けちまったよ。ちくしょう」
「これであいつもAランクか?さすがにAランクは厳しいんじゃないか」
「まあ、剣だけで上位ランクに行くやつは少ないからな」
この闘技場はただの見世物ではなく、賭けが行われているようだ。
これも、ラグナの言っていた通りだ。
「次はSランク──“不殺”のシャイン!」
高台に立った口上役が、腹の底から声を張り上げる。
その声は、石壁に反響し、観客席を何重にも巡っていった。
その名前が上がった瞬間、空気が変わった。
観客が、ひときわ大きな歓声を上げた。
「すごい聞こえるな、マイクもないのに」
俺はタツオに耳打ちする。
「闘技場の造りが、響きやすいようになってるんだね。
石と石で囲うと、声は思ったより遠くまで届くんだよ」
タツオは答える。
そんなもんなのか。
相変わらず博識な男だ。
同時に、円形舞台にあった檻が持ち上げられる。
現れたのは、巨大な魔獣。見たことがない。
全長は十メートルはあるだろうか。
毛皮に覆われた、狼のような四足歩行の生物。
——グラスハウンドとは、比べ物にならない大きさだ。
「ブラッドガルム……!
おかしいですね。あの魔獣は、
南方にしか生息しないはずです。
それに……大きすぎる」
イエナが呟く。
口からは、地響きのような唸り声。
牙は腕ほどの長さ。
「来たぞ、ブラッドガルム!」
「頼むぞ!〝不殺〟のシャイン!」
周りの観客が、また盛り上がる。
程なくして、反対側の門が開き、
一人の男がゆっくりと入ってくる。
観客が一斉に立ち上がる。
細身の長身。
青と白のグラデーションのような髪の色。
氷のように静かな瞳。
──シャイン=カムイ。
会場が爆発したように沸いた。
だが、シャインは一度も観客を見ない。
ただ、静かにブラッドガルムを見つめていた。
敵の登場を認識すると、魔獣は、咆哮と共にシャインに突進した。
石床が砕ける。
その体躯に似合わない、異常な速度だ。
シャインは、半歩だけ動いた。
牙が頬をかすめたように見えたが
──傷一つない。
遅れて風圧。
魔獣は、追撃をかけるように尾を振るう。
シャインは跳ぶ。
空中で体をひねる。
その瞬間。
魔獣の足元から、氷が広がった。
パキッ——地面が凍る。
魔獣の脚がとられ、体勢を崩す。
その隙に、シャインは距離を取った。
二度目の突進。今度は跳躍。
巨大な影が飛び掛かる。
シャインはそれに対し両手をかざした。
空中から、つららのような氷塊が、魔獣に向かっていく。
魔獣は、氷塊に襲われ、体に無数の切り傷ができる。
激高した魔獣は右前足を上げ、シャインに向かって振り下ろす。
──が。それは、氷の壁に塞がれた。
攻防の度に湧きあがる観客席。
しかし、シャインは表情を変えない。
今度は魔獣の前に、細かい霧のような、氷の粒が現れる。
視界を遮られ、魔獣はシャインを見失う。
その間にシャインは距離をとり、両手を伸ばした。
手のひらを地面に向け──力を溜める。
「終わりだね」
とタツオが言った。
シャインが両手を上げると、地面から氷が魔獣の四足を覆い、魔獣を地面に張り付けにした。
身動きがとれなくなった魔獣を後に、シャインは、下がっていく。
「シャイン!今日こそ殺してくれよ!」
「もう終わりかよ!」
歓声とも、野次ともとれる声が、闘技場を埋め尽くす。
シャインは、それに応えることなく檻の中へ戻って行った。
「勝者、〝不殺〟のシャイン!」
そうアナウンスが響いた。
俺たちは、闘技場を出ると、近くにあった公園で会議を行った。
「あの人、強かったね」
タツオは、途中で買ったパンを頬張っている。
「そうだな。鮮やかな戦いだった」
俺は答える。
「でも……戦いたいようには見えませんでした。
むしろ、嫌がっているようにも見えました」
イエナが言う。
「でも、なんで殺さないんだべ。あれだけ強かったら、その方が楽な気がするべ」
ミサキは、ちゃっかりタツオの横をキープし、同じパンを食べている。
距離が近い。
うん、いい傾向だ。頑張っているな。
「そればっかりは本人に聞いてみないと分からないが……
いかんせん、接触手段がない。
闘技場の受付にも聞いたが、
闘士は解放されるまで外部接触できないみたいだ」
俺は言った。
ラグナが危惧していた通り、
接触という入り口からつまづいてしまっている。
どうしたものか。
「アークネイヴァーの時みたいに、私が全員眠らせるべか?」
ミサキが言う。
「いや、仮にうまくいってシャインに会えたとしても、
本人に脱出する意志があるのか分からない。
アレクシオの時とは勝手が違う。
シャインと話をし、ここから出るように説得しないと。
——だが、話をする手段がない」
俺が悩んでいると、ミサキが言った。
「ふーん。でも、そんなの簡単だべ」
「ん?何か良いアイデアがあるのか?」
「闘士になって、闘技場の中に入ればいいべ」
「ん……?闘士になるって……誰が?」
俺がそう言うと、ミサキは俺を指さした。
「なんで俺なんだよ!火力だったら、タツオだろう!」
俺はそう言った。
「倒すだけなら僕でもいいけど、シャインを説得しなきゃいけないんでしょ。
——それだったら、適任はユイトだ」
タツオは、まだパンを食べながら言った。
「そうですね。危険かもしれないですが……それしかないのかもしれません」
イエナまで、同意する。
──おいおい、マジかよ。
こうして俺は、遠い異世界の異国の地で、闘士としてデビューする羽目になった。
闘技場に戻り確認すると、闘士の申し込みは、随時行っているようだった。
闘士の受付に向かう。
これまでの闘士の記録だろうか。
後ろの棚には、分厚い帳簿が、並んでいる。
「新規登録ですか?」
受付の女性が、俺に聞いた。
「はい。あの、〝不殺〟のシャインと話をしたいんですが……闘士になったら会えますか?」
「闘技場内の部屋はランク毎に区切られているので、Sランクになれば会えると思いますが……Aランク以下の闘士はそもそも階層が異なります」
なんと……闘技場に入るだけで会えると思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。
「ちなみに、ランクってどうやったら上がるんですかね」
「最初はEランクからスタートです。
五勝したら、次のランクに上がります。
負けたら、一勝分マイナスになります。
最短、二十五連勝でSランクになりますが、
それを達成したのは、過去シャイン=カムイだけです」
うーん。中々時間がかかりそうな話だ。
「試合のペースってどれくらいですかね?」
「人によりますが、大体一週間に一度くらいですかね」
最短、二十五週……?
それを待っていたら、半年経ってしまう。
そんな時間はない。
「あの、いきなりSランクとかいけないですか?」
「例外はないこともないですが……
あなたは自由市民なので釈放金は必要ないですが、
本来ランクを上げるにもお金はかかります。
それを支払えるのであれば、あるいは」
「いくらくらいですか?」
「通常、こちらの表の通りです」
そういうと、受付から紙を渡される。
Eランク勝利報酬 五千ソル
昇格金 二万五千ソル
Dランク勝利報酬 一万ソル
昇格金 五万ソル
Cランク勝利報酬 二万ソル
昇格金 十万ソル
Bランク勝利報酬 五万ソル
昇格金 二十五万ソル
Aランク勝利報酬 二十万ソル
昇格金 百万ソル
Sランク勝利報酬 百万ソル
※奴隷闘士の解放金 一千万ソル
「えっと……百万ソルを払えば、いきなりSでいけます?」
「Aランクはかなり危険なので、闘士の経験がない方だと、許可しているのは、Bランクからなんですが……」
Bランクからだと、最短十勝。
十週間も時間をかけていられない。
「なんとかなりませんか?」
俺が受付に交渉していると、
小太りで立派な髭を蓄えた初老の男が受付に声をかけた。
すると、受付は、助かった、という表情で言った。
「あ……ガレオン議長。こちらの方が、飛び級で開始したいとおっしゃってまして……」
ガレオン?まさか。
その男は、俺の髪を見ながら言った。
「ほう。珍しい髪の色をしているな。
それは地毛か?」
「はい。あの……ガレオン=ルクレール議長……ですか?」
俺は聞いた。
「いかにも。シャインの試合があるので、今日はこちらに顔を出したが……自由市民の闘士志願者など珍しいな。
どこのものだ?」
ガレオンは、訝しそうに言ってくる。
ここは、うまく誤魔化すしかない。
「ブレイヴェンです。
自分を鍛えるために、この闘技場の噂を聞いてやってきました」
「ほう……ブレイヴェン。ラグナ=ローランドの知り合いか?」
「はい。彼から、この闘技場で強くなったと聞きました」
半分は、嘘ではない。
「ラグナは、人気だったからな。解放は惜しかったが……
ルールは守らねばならない。商売は信用が命だからな。
で、お主も、剣を使うのか?」
「いえ、俺は……式術を使います」
俺がそう言うと、ガレオンはもう一度俺の頭を見た。
「式術、と言っても、何の色もないようだが……?」
「ちょっと特殊な体質でして……使う時だけ、色が変わるんです。お許しを頂けるのであれば、実演を」
俺は、ガレオンを上目遣いで見ながら言った。
「やってみろ」
よし。興味をひけたようだ。
俺は、安全な式術を選ぶことにした。
まずは、幻惑。
あたりに軽い紫の霧をはる。
そのあとは、水と器。
右手から水を出し、左手から出した陶器の器に入れる。
少し頭痛がする。
ガレオンは式術と、それに合わせて変化する俺の頭を見て、興味が湧いたようだ。
「面白い。まるで奇術だな。いいだろう。
何ランクからがお望みだ?」
「できれば、Sランクからがいいんですが」
「それは無理だ。この闘技場で死人を出すわけにはいかない。そのため、最高でもBランクからにしているのだ」
「ちなみに……Aランクはどういう魔獣が出ますか?」
「その時の調達状況によるが……サヴァンレオが多いな」
「サヴァンレオなら、何度か倒しています。
よろしければ、一度テストしていただけませんか?
もちろん、報酬はいりません。
無事倒せたら……Aランクからスタート、ということでどうでしょう?」
厳密には、サヴァンレオと戦ったのは一回だけだし、
倒したのはタツオだ。
俺はほぼ、見ていただけだ。
だが、あれから俺も戦いを乗り越えてきた。
なんとかなるはずだ。
俺は自分に言い聞かせ、ハッタリを言った。
「わしに賭けを挑むか。——分かった。
では、準備させよう。危険を感じたら、すぐに撤退させるからな」
ガレオンはそう言うと、早速近くにいた従者に指示を始めた。俺は、その後闘士の控え室につれていかれ、戦闘準備をするように言われた。
もうすごいスピード感だ。
さすが、商売人である。
金の匂いを感じたら、即断即決。
ここでガレオンに会えたのは、運が良かったのかもしれない。
——しかし、サヴァンレオか。
俺は、はじめてタツオと受注したクエストを思い出す。
まるでライオンのような、獰猛な獣。
果たして、俺は倒せるのだろうか。
緊張で、体が汗をかき、冷える。
しかしここを乗り換えなければ、
シャインと会うこともできない。
俺は大きく息を吸い込み、吐き出した。
檻の向こうの舞台から、アナウンスの声が聞こえてくる。
「本日の追加試合はユイト=カタギリ。
なんと、Aランクから挑戦のルーキーです!
皆様、期待の拍手を!」




