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テオロッド戦記 —異世界転移に巻き込まれた俺—  作者: ヨダカカツキ
第二章

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第二十話 ポルト・オーリオと、イエナの想いと。

「あのじじい、自分が約束したくせに、全部俺に押し付けやがった」


湯煙の中、別の煙が立ち上がる。

ラグナは温泉を上がると、煙草を吸いながらそう言った。

文句を言いながらも、どこか楽しそうだ。


ブレイヴェンを出発する前日の夜。

俺とタツオは、ラグナの誘いで例の温泉にやってきた。

ラグナは、あれ以来温泉を気に入り、時間を見つけては来ているらしい。

王に就任後、即位式や業務の引き継ぎなど、

慌ただしい日々を過ごしているようだ。


「まあお前らには世話になったから、喜んで協力するけどな。この国やマルカドールの裏は、俺が一番よく知っている」

ラグナは言った。


「ラグナさんは、マルカドールの支配者を知っているんですよね」

俺は聞いた。


「ああ。ガレオン=ルクレール。

拝金主義の商人だ。金がすべてと思っている。

が、その分、判断基準がはっきりしている」


「判断基準?」


「俺が、闘技場で戦っていたのは言ったよな?

あそこの仕組みは、よくできている。

まず、基本的には闘士は保護されている。

衣食住はすべて闘技場持ち。

怪我をすれば、医務室ですぐに治療される」


闘技場と言えば、命をかけた殺し合い、というイメージがあった。

だが、マルカドールではそうではないらしい。


「なんでか分かるか?ガレオンにとって、

闘士は貴重な〝商品〟だからだ。

特にランクの高い闘士は人気商品として丁重に扱われる。

Sランクの闘士なんて、まるで貴族のような部屋が与えられるぜ」


「すごいですね」


「ガレオンって男は、金儲けの天才でもあるが、

人心掌握もうまい。

闘士の反乱が起きないように、成果に対してはきちんと報酬を与えるんだ。

実際、そこで稼いで自由を勝ち取る闘士もそれなりに多い。

——俺のようにな」


「どうやったら解放されるんですか?」


「解放条件は、シンプルだ。

闘って稼いで、自分を買えばいい。

──闘技場は、魔獣との闘いだ。

どこから集めてくるのか知らんが、色んな魔獣が出てくる。

俺は式術が使えないから、苦労したぜ。

勝てば報奨金が支払われ、負ければランクが下がる。

勝利が難しいと判断されると、すぐに闘士は撤退させられる。ある意味、過保護だな。

まだ戦えると思っても、負けにされちまうんだからな。

中には無理をして死んじまう奴もいたが……。

とにかく、勝てば勝つほどランクは上がる。

ランクが上がるほど報奨金は上がるが、出てくる魔獣も狂暴で大きいものになる。

俺が最後に戦ったのは、見たこともない肉食獣だった。

五メートルはある大型魔獣だ。それなのに、やたら素早かった。

あれはさすがに、死を覚悟したぜ。

最高ランクのSランクで十回くらい勝てば、解放金は貯まる」


「解放金はどれくらいかかるんでしょう」


「俺の時は一千万ソルだったな。俺は、余裕を持ってから出たから、

それを払っても五百万ソルくらい残ったが」


一千万ソル。概ね、八千五百万くらいか。

人ひとりの値段としてそれが安いのか、高いのか。

俺には分からなかった。


「ところで、お前ら、マルカドールに行く目的は何なんだ?

そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

ラグナは聞いた。

俺は少し迷ったが、ラグナには話をしてもいいかもしれない。


「闘技場にいる男を、解放しに行きます」


「ほう。──お前らの仲間か?」


「いえ。男の名は、シャイン=カムイ。

カムイ侵攻で捕虜となり、マルカドールに売り渡された王子です」


「そうか。カムイの王子様か。

——それはずいぶん重そうな仕事だな。

しかし…それはかなり難しいぞ」


「なぜです?」


「闘技場は、完全に管理されている。

闘士でいる間、外部との接触は一切できない。

つまり、その男と会う手段がない」


ふむ。つい数年前まで闘技場にいたラグナがそういうなら、

状況は大きく変わっていないだろう。

あとは、マルカドールで考えるしかない。


「そのあたりは、向こうで考えます。

他にも、知っていることを教えてもらえますか?」


「ああ。マルカドールは、まあ商業都市だな。

世界中から、色んなものが集まってくる。

首都のある島は、カジノ都市でもある」


「カジノ?」

この世界にも、ギャンブルがあるのか。


「一番人気の闘技場に始まり、テーブルゲームも盛んだ。

あちこちに賭場が立っている。

世界中から富裕層が集まってくる島だ。

金の匂いにひかれ、金の亡者が集まってくる。

あそこで一晩で使われる金があれば、

——貧民街のやつらは一生暮らせるだろうぜ」


ラグナは、持ってきた酒を飲み始めた。

「ところでお前ら。式術は使えるんだろう?ユイトのその白い頭は見たことないが……

タツオのその真っ赤な髪。赤の高位者だろう?

闘技場でも式者はいたが、そんな鮮やかな色は見たことがない。せっかくだ。なにか見せてくれないか?」


そういってタツオの方を見た。

タツオは、それを聞くと、うーん、どうしよう。と言った。

そして、空を見上げる。

空は、すっかり暗くなり、星々が見える。

周りには、木々もない。


「じゃあ、空を見てて」


そう言うと、両手に火の球を作り始めた。

うわ、こいつ、最大火力を出すつもりだ。

タツオはその球を合わせると、

「インフェルノ」タツオが言った。


火の玉は空に向かって飛んでいく。

着地点がないそれは上空ではじけ、散った。


まるで花火のようだ。

なんだか、懐かしさを感じる。


「……すさまじいな。こんなの食らったら、すぐにお陀仏だ」

ラグナは言った。


「そう。だから、僕を怒らせない方がいいよ」

と冗談っぽく言って、タツオは笑った。


俺は、その炎が一人の人間を焼き尽くしたことを思い出していた。

あれから、タツオはどう思っているんだろうか。

この火力はつまり、人を簡単に殺せる。

タツオがその気になれば、

——国を壊せる。


タツオはこの力をどう使い、どう生きていくのが正しいのだろうか。

俺は、空に広がる火を見ながら、そんなことを考えていた。



翌日。

ブレイヴェンを出発する時が来た。

ラグナは、俺たちに偽造の入国許可証を用意してくれていた。

これがあれば、マルカドール国境も、

そこから首都への船旅も問題なく行けるはずだ、

とラグナは言った。


見送りには、ラグナと——フィオラも来てくれた。

彼女には、王とラグナの間を繋ぐ上で、とても世話になった。


「皆様、お気をつけて。皆さまからは、

——本当に多くのものを頂きました。

無事仕事が終わったら、ブレイヴェンに寄ってください」

フィオラはそう言った。

アルヴァルドにも会いたかったが、見送りにはこなかった。


「じじいは、今日は釣りに行ってくるってよ。

まったく、面倒くさい仕事を押し付けて、

自分は隠居生活だ。気楽なもんだ。

——まあ、しばらくはゆっくりさせてやるさ」

ラグナは毒づくが、笑っていた。


ここからは、まずマルカドール国境まで二日、

そこから船で首都まで一日程度の旅だ。

山道が続くが、あと少し。

目的地は、もうすぐだ。


二日後。


山を抜けた先に、海の匂いが混じり始めた。

道は広くなり、荷馬車の数も増える。

交易路だ。


やがて、石造りの巨大な門が見えてきた。

ここが、ブレイヴェンとマルカドールの国境。

〝ポルト・オーリオ〟と呼ばれる、

マルカドール領の玄関口。


豪奢な門の上には、波と金貨を組み合わせた紋章が掲げられている。

マルカドールの紋章だろうか。


「止まれ」


槍を持った衛兵が近づく。


「入国証の提示を」


ラグナが用意した、偽造許可証を差し出す。

少しだけ、緊張するが、平静を装う。


衛兵は無言で確認する。

紙質、刻印、封蝋。


そして俺の顔を見る。


「目的は?」


「観光です」

イエナが自然に答える。


衛兵の視線が、タツオの赤髪に止まる。


「……式術者か」


「はい。護衛です」


短い沈黙。


衛兵は頷いた。


「許可証は確認できた。通れ」


門が開く。


ふう。やはり、後ろめたいことをすると緊張するな。


門を抜けると、そこは潮の匂いのする、港町だった。


海沿いには倉庫が並び、

石炭の匂いと潮風が混ざる。


港には帆船が並んでいた。

そして、その隣に——黒煙を上げる船。


「蒸気船だ……」


タツオが目を細める。


帆を備えながら、中央に太い煙突を持つ大型船。

ゆっくりと煙を吐き出している。


「無事、入国できましたね。

次はいよいよ、船で首都に出発です」

イエナが言った。


マルカドールの位置は、地図で見ると、

北陸地方、新潟あたりだった。

首都とされた場所は、能登半島あたりだったはずだが、

この世界では海で隔たれた島となっている。

——長い時の中で、地形が変わったのだろうか。


いずれにしても、マルカドールは海に囲まれた天然の要塞となっている。


船着き場は人で溢れていた。


商人、貴族風の男、豪奢な衣装の女。

皆、首都を目指すのだろう。


——金の匂いが、ここから始まっている。


「そういえば、この馬車どうするの?」


タツオが手綱を引きながら言う。


確かに、このまま船に乗れるわけがない。

同じような馬車が向かう先についていくと、

港の手前に大きな建物が見えた。


石造りの二階建て。

看板には金色の文字。


港湾交易厩舎・保管所


「なるほど。皆ここに預けていくみたいですね」

イエナが小さく頷く。


中に入ると、驚くほど整然としていた。


広い馬房。

干し草は新しい。

水桶も清潔。


受付にはきちんとした身なりの男が座っている。


「保管ですか?期間は?」


「えーっと……一ヶ月くらいですかね」

俺は答えた。


どれくらいかかるか検討もつかないが、

現地での調査、解放までの動きを考えると、それくらいは覚悟した方がいいだろう。


男は帳簿をめくり、さらりと言った。

「一日二百ソルですが、一ヶ月なら割引で五千ソルになります。別途、保険に入る場合五百ソルが追加でかかります」

合計、五千五百ソル。


まあまあなお値段である。

しかし、馬車は生命線だ。

背に腹は変えられない。


俺の表情を察したのか、男は続けた。

「安全と信用は、金で買うものです。

ここで預けた馬が盗まれたことは一度もありませんし、

万が一があっても補償があります」


その自信。さすが商売の国、マルカドール。


俺が頷くと、イエナが金貨を出した。

「じゃあ、一ヶ月、お願いします」


男は丁寧に一礼する。

「責任を持ってお預かりします」


別れ際に、馬の頭を撫でる。

「悪いな。少し待っていてくれ」


ここまでの旅路を共にした相棒だ。

ここに置いていくのは少し寂しかったが、

施設は信用できそうだ。


金のためなら信用を守る。

ガレオン=ルクレールの思想は、

海の向こうからポルト・オーリオまで浸透しているようだった。


馬車を預けると、出発まで時間があったため、俺たちは港に向かう前に腹ごしらえをした。


どの店も身なりのいい客でごった返している。

できるだけすいている店を選び、俺たちはそこに入った。

俺たちは、マルカドール名物という

マルカドールシチューと、

トレド、と呼ばれる香草焼きの平たいパンを注文した。

シチューは水っぽく、パンは固かった。

この国も小麦が主食のようだ。

テオロッドよりも味はマシだったが、正直うまくはない。


そして、やはりこの生活に慣れた今でも恋しくなる。

──米が。


日本人としての誇り。

生きがい。

ノーライス、ノーライフだ。

しかし、ないものをねだっても仕方ない。


ブレイヴェンで、そばを作ることができたんだ。

いつか、米を食べられる日が来るかもしれない。


──その日を信じて生きていこう。

俺はそう心に決めた。


食事を終えると、船着き場に向かった。

「首都行きはあれみたいだべ」

ミサキが、港の奥、ひときわ大きな蒸気帆船を指す。


船体側面に、金の装飾。

船尾にはマルカドールの紋章が飾ってある。


「乗船証の確認を」


船員が名簿を照合する。


入国許可証と合わせて、乗船証も偽造してある。

ラグナの仕事にぬかりはない。


再び視線がタツオの髪に向く。


「随分高位の式者のようだな。闘技場に出るつもりか?」

船員が冗談っぽく言った。


「まさか、観戦ですよ」

タツオに代わり、俺は答える。


「だろうな。あそこは、奴隷専門だ。楽しんでくるといい」

そう言うと、船員は俺たちの次の乗客に目を向けた。


板を渡り、船に乗る。

甲板は広く、貨物も積まれている。


船底から、低い振動。

蒸気機関の鼓動。


「すごいですね」

イエナが言った。

その雰囲気に、少しテンションが上がっているように見える。


「これも……オルディアの科学技術なんだべ?」

ミサキが続ける。


そうだ。その驚異的な進歩の謎は分からないままだが、

オルディア、ノクス=ルミナスが作り上げた科学は、

確実に世界を変えている。


俺たちは、それをどうしたいのだろうか。

止めるのか、それとも──。


深くは考えないことにする。


汽笛が鳴り、蒸気が噴き出た。


船がゆっくりと岸を離れていく。


ポルト・オーリオの港が遠ざかっていく。


海に出ると、風が強まった。


帆が張られ、蒸気と風が同時に船を押した。

速度が上がっていく。


「さすが、蒸気機関だね」

タツオが柵にもたれる。


「科学は、こんなにも生活を変えるんですね」

イエナが呟いた。


それから俺たちは、船室で仮眠をとることにした。

続く野宿で、疲れが溜まっていた。

タツオは、すぐに熟睡している。

まったく、うらやましい限りだ。

俺は、揺れる船内でうまく寝られず、外へ出た。


すると、甲板に人影があった。先客だろうか。


「ユイトさん。眠れないんですか?」


イエナだった。


「イエナこそ……疲れているだろ?」


「ちょっと、考えごとをしていて」


「どうしたの?」

俺が聞くと、イエナは少し悩んでから、言った。


「オルディアは、もしかしたら間違っていないのかもしれない、

って考えていました。彼らの技術で、世界は確実に発展しています。

テオロッドは、式術を守ってきただけです。

人々の暮らしを豊かにするのは

──オルディアなんじゃないかって」


「科学は、確かに便利だ。

──でも、オルディアの進め方は、違う。

魔獣を使い、アレクシオを誘拐したことも、

カムイを一方的に制圧することも、間違っている」

俺は言ってから、少し言い方が強すぎた、と後悔した。


「……そうですね。私もそう思います。

でも……この世界で、テオロッドはなにができるのでしょう。

人々に、どんな価値を与えてあげられるでしょうか」


王族として、民を守る立場の悩みだ。

俺には、簡単に踏み込める話ではない。

だが、これだけは言える。


「俺は、テオロッドの人たちが好きだ。

皆、他国から来た俺たちを受け入れてくれたし、

優しかった。

自然も豊かだし、皆、幸せそうに暮らしている。

それは、国が民を大切にしてきた結果なんじゃないかな」

俺は言った。

「科学は生活を豊かにする一方で、人々を危険にさらすこともある。

俺たちは俺たちらしく生きていけばいいんじゃないか?」


イエナは、それを聞くと、やっと笑って言った。

「そうですね。考えすぎているのかもしれません。

私も、テオロッドの人々は好きです。

これからも守っていきたい、そう思っています。

ところで、ユイトさん。

──〝俺たち〟って、すっかりテオロッドの人になっちゃいましたね。

でも……嬉しいです」


あ。気が付かなかった。

でも、仮に俺たちが最初にアークネイヴァー、オルディアに転移していたとしても。

──きっと今と同じ選択をしたのだと思う。


俺とイエナは、少しだけ話をした後、それぞれの部屋に戻った。


ベッドに入り目を閉じると、この世界に来てからの出来事が浮かんでくる。


式術学校。

そして、アークネイヴァーでの戦い。

一生忘れることはないだろう。

俺は──俺たちは、この世界で、何を見つけるんだろうか。


考えているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。


珍しく寝起きのいいタツオに呼ばれると、俺は甲板へ出た。

朝日が昇ると、遠く、水平線の先に影が浮かんできた。


朝日を背に、大きな島が姿を現す。


マルカドール首都。海に浮かぶ、金の都だ。


「……着いたね」

タツオが呟く。


俺たちにできることは、そんなに多くはない。

でも、オルディアの暴走を止められるのも、きっと俺たちだけだ。


できることを、一つずつやっていこう。


シャイン=カムイを、救い出す。

俺は、改めて覚悟を決めた。

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