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テオロッド戦記 —異世界転移に巻き込まれた俺—  作者: ヨダカカツキ
第二章

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第十七話 ブレイヴェンとレムナントと。

山を越えた先に、その国はあった。

ブレイヴェン。


切り立った山々に囲まれ、街は谷の底に張りつくように広がっている。


「この国を越えると、マルカドールの領土に入ります」


馬車の中で、イエナが地図を指しながら言った。

「マルカドールは商業都市であり——海上国家です。

首都には、船でしか行けませんし、

入国許可証がないと入れません」


「入国許可証……テオロッドの俺たちに、出るのか?」

俺は聞いた。


「おそらく、難しいでしょう。もはや、オルディア連邦内には、テオロッド国民の入国禁止が通達されているはずです。

——何らかの策を考えないと」

イエナは言った。


「ブレイヴェンなら、隣国として国交があるはずです。

何か、入る手段があるかもしれません」


「出たとこ勝負、ってことだな。まずはどこへ行く?」

俺は言った。


「まずは、王に接見しましょう。

この国はオルディア連邦に入っていない以上、

テオロッドからの使者も無下にはされないはずです」


ブレイヴェンに入ると、空気が変わった。


山に囲まれたこの国は、遠目には穏やかで、どこか素朴な印象を受ける。

だが、街の中へ一歩踏み込むと、その印象は簡単に裏切られた。


石畳はひび割れ、補修の跡もない。

建物は古く、壁には雨染みと煤がこびりついている。

乾いた風が吹くたび、土埃と、わずかに鼻を刺す臭いが舞い上がった。


「……思ったより、人が多いですね」

イエナが小さく言った。


人は確かに多い。だが、賑わいとは違う。

行き交う人々の足取りは重く、視線は低い。

誰もが前だけを見て歩き、他人に関心を向ける余裕がないようだった。


通りの脇では、子供たちが座り込んでいる。

裸足のまま、焦点の定まらない目で、こちらを見上げている。


「この辺りは、城下町になるはずですが……。

荒れていますね……」

イエナが言った。

「城の近くほど富裕層が住んでいる、という国は多いですが

……ここは、随分差がありそうですね」


一人の老人が、壁に背を預けて座っていた。

片足を引きずるように伸ばし、視線は宙を彷徨っている。


俺は、無意識に足を止めた。


「……国は手を打たないのかな」

思わず、そう聞いてしまう。


イエナは、わずかに首を振った。

「そこまでは、分かりませんが……。

この様子だと……対応しているように見えませんね」


「民を助けない国なんて……あるだべか」

ミサキが、ぽつりと呟いた。


さらに奥へ進むと、通りは一層狭くなった。

家と家の間には隙間がなく、日差しもほとんど届かない。

洗濯物が無秩序に吊るされ、どこからか子供の咳き込む音が聞こえてくる。


ふと、俺は気づく。


治安や、生活を守る者の姿が、どこにもない。

あるのは、ただ耐えるように生きる人々の姿だけだ。


路地の影で、数人の男たちがひそひそと話している。

こちらを見ると、会話を止め、すぐに視線を逸らした。


警戒ではなく、諦めに近い目だった。


王宮へと続く道は、ある所を境に急に整備されていた。

石畳は整えられ、建物も新しくなる。

境界線は、あまりにもはっきりしていた。


「同じ国、なんだよな」

俺は、独り言のように呟いた。


胸の奥がじくり、と重くなる。


王宮が見えてきた。

豪奢さより、守りを優先した実直な造りだ。


門をくぐり、身分を伝えると、

すぐに謁見の場へ案内された。


アルヴァルド=ブレイヴェン。

この国の王は、玉座に座っていた。


五十代ほど。

痩せすぎてもいないが、疲れが滲んでいる。

鋭い目——というよりは、優しい目をしていた。


「テオロッドから、遠路ご苦労」


王は、ゆっくりと言った。

イエナが一歩前に出る。


「テオロッド王国特使、イエナと申します。

ご多忙の折に急な訪問、失礼致します。

——失礼ですが、世界の現状はご存じでしょうか」


王は、静かに頷いた。

「もちろん把握している。アークネイヴァー、今はオルディアか。

——激動だな、あの国も。

ブレイヴェンにも、マルカドールを通じて、連邦入りの打診があった」


すでに、ノクスの手が回っていたのか。

俺たちは、警戒の色を強める。


「安心してくれ。オルディアの手先になるつもりはない。

あまりにも思想が極端だ。

断った。今は、な」

アルヴァルドは言った。


「……今は?」

俺は聞いた。


「少し、国の中で問題が起きていてな。

解決しなければ、連邦に入るしか……選択肢はないのかもしれん」


ブレイヴェンまで連邦に入ってしまっては、

さらに連邦の版図は広がることになってしまう。


「問題とは……なんですか?」

イエナが聞いた。


 王は、わずかに視線を伏せて、言った。

「この国で、最近勢力を拡大している反体制派組織がある。

名を——レムナントという。

奴らは貧民を抱え込み、貴族を狙って強盗を繰り返している。

国の治安は、荒れ放題だ。

残念ながら、それを止めるだけの武力もない。

マルカドールや、オルディアの力を借りるしかないのかもしれん」


「それがなくなったら、連邦入りは避けられるんですか?」

俺は聞いた。


「すぐに連邦入り、ということにはならないだろう。

正直、他にも問題は山積みだがな。

そうだな、もしあなた方が彼らの活動を止めてくれたら……マルカドールへの入国を手伝おう」


俺たちの目的を見抜いたように、王は言った。

俺は、少し身構える。


「そう、構えるな。テオロッドの使者が遠路はるばるやってきて、この〝何もない国〟に立ち寄るとしたら……

それくらいしか理由はなかろう」


自らの国を何もない、と王が言う。

それは、謙遜なのか、諦観なのか。

俺には判断ができなかった。


タツオが、率直に聞いた。

「そのレムナントをやっつければいいの?」


王は首を振った。


「——いや。手荒な真似は望んでいない。

ただ……犯罪がなくなれば、それでいい」


その声は、弱かった。

まるで、自分に言い聞かせているような。


「頼めるか?テオロッドの方々よ。

——これ以上、国が荒れるのを止めたいのだ」


「この場では判断できません……。

考えた上で、回答させてください」

俺は言った。

——謁見は、それで終わった。


反体制派がある、ということは、

やはりこの国は問題を抱えているのだろう。


それを確認せずに、王の依頼を受けるわけにはいかない。


まずは、レムナントの情報が必要だな。

そう考えながら城を出ると、

一人の女性に声をかけられた。


「……少し、よろしいですか?」

振り返ると、女性が立っていた。

年は、俺たちより少し上くらいだろうか。

整った顔立ち。気品のある佇まい。


「私は、フィオラ。——アルヴァルド王の姪です」

王の姪。イエナと同じ立場だ。

俺たちに、何の用だろうか。

彼女は、周囲を気にしながら、声を落とした。


「……レムナントについて、詳しく知りたくありませんか?」


先ほど聞いたばかりの反体制派組織の名前が、王族の口から出た。


「これから、レムナントについて調べようと思っていました。何か、ご存知なんですか?」

俺は聞いた。


俺が言うと、フィオラは小さく頷いた。


「レムナントのリーダー、ラグナ=ローランドが、

あなたたちと話をしたがっています。

この場所に、行ってもらえますか」

そう言うと、地図の書かれた紙を渡した。


「……なぜ、王族のあなたが、レムナントと繋がっているんですか?」


彼女は、真っ直ぐこちらを見た。


「レムナントは、反体制派ですが、反乱軍ではありません。

彼らは——この国を壊したいのではなく、救おうとしています。詳しくは——ラグナから聞いてください」



地図に記された場所へ、俺たちは向かった。

城から少し離れた場所。古い建物の地下だった。


そこに、ラグナはいた。

取り巻きが何人かいたが、

俺たちが入るや否や、全員を別の部屋に下がらせた。


大柄な男だ。傷だらけの体。

だが、目は静かだった。

「よう。テオロッドからのお客さん」

ラグナは言った。


「回りくどくてすまんな。俺は、城には入れないもんでな」

そう言うと、煙草に火をつけた。


「レムナントについて、教えてもらえますか」

俺は、ラグナに聞いた。


ラグナは、少しだけ目を細め、煙をはき出して答えた。

「王から、レムナントをつぶせ、とでも言われたか?」


「いえ。ただ、活動を止めてほしい、と。

レムナントは、何の活動をしているんですか?」


「ふん。相変わらずぬるい王だ。

……貧民街を見たか?」


俺は頷く。


「ひどいもんだっただろう?

俺たちレムナントの目的は、二つ。

貧富の格差をなくすことと、

——奴隷貿易の廃止だ」


「奴隷貿易?」

聞き慣れない言葉だった。

俺は思わず聞き返した。


「この国は、マルカドールへ奴隷を輸出している。

奴隷は犯罪者と……貧民街の民だ」


俺は言葉を失った。


「俺は元奴隷だ。マルカドールの闘技場で使われていた。

……少し長いが、聞くか?」


俺は、頷く。


「俺は、両親を早くに亡くした。俺が、十六歳の時。

今から八年前だ。二つ下の、双子の妹がいた。

マリアと、ダリアと言う。

俺たちは三人で何とか貧民街で生き延びていた。

生きるのは苦しかったが、幸せに暮らしていた。

俺は、マリアとダリアを幸せにするために、

ひたすらに働いた。

どんな仕事でも、死ぬ気でやった。

少しずつ周りからも認められ、やっと家を借りられるほどの金が貯まった時だった。


俺は、仕事帰りに貧民街で乱暴されかけている女を見つけた。

——迷わず助けた。

考えるより先に、体が動いた。

そんなもの、見捨てちゃおけない。

誰だって、そうだろう?

相手の男は、殺しちゃいないさ。

ただ少し、痛めつけただけだ。


だが、運が悪いことに——その男は貴族だった。

俺は、憲兵に捕まり、有罪となった。

そして、選ばされることになった。

犯罪者として牢獄に入るか、奴隷として売られるか。

理不尽な国だと思った。

悪いことをした貴族はお咎めなしで、

それを正した貧民の俺は犯罪者だ。

笑えるだろう?

しかし、俺が犯罪者となれば、

マリアとダリアが生きていく上で、大きな枷になる。

俺は、奴隷に落ちることを選んだ。

——選ぶしかなかった」


恐ろしい、話だ。

正しいことをしたものが、罪を背負わされる。

そんなことが、まかり通る世界。

ラグナの独白は続いた。


「俺は、奴隷としてマルカドールに売られた。

買ったのは、ガレオンという名の商人だった。

——今、マルカドールの支配者になっている、拝金主義のジジイだ。

俺は、ガレオンが運営する闘技場で、魔獣と戦う闘士となった。

来る日も、来る日も戦った。

ガレオンは、金のためだけに生きる男だが、一つだけいい仕組みを作っていた。

それは、奴隷身分でも自分を買い戻せる、という仕組みだ。

簡単ではないが、金を稼げば、自由をやる、ということだ。

俺は、自由を目指して戦い続けた。

多くの闘士の仲間が魔獣と戦い、傷ついた。

死んだやつもいた。


俺が自分を買い戻し、この国に戻ったのは、二年前だった。

闘士として、俺は六年もの時を過ごしてしまった。


俺はまずマリアとダリアを貧民街で探した。

しかし、どれだけ探しても——見つからなかった。

途方に暮れていた俺は、ある日貧民街の墓場で、見つけてしまった。

……マリアとダリアの名前が書かれた墓石を。

俺は、何のために戦ってきたのか、分からなくなった」


重すぎるラグナの過去に、俺たちは何もいえずにいた。


俺は、拳を握った。感情の矛先が、どこにも定まらない。

ただ黙って聞くしかなかった。


ラグナは、新しい煙草に火をつけた。


「俺はマルカドールの闘技場で稼いだ金で、飲み歩く日々を送っていた。酒を飲み、絡まれ、喧嘩する。

地獄みたいな日常だ。

そんな時、一人の女が俺に話しかけてきた。

貧民街に似合わない、きれいな服を着ていた。

——よく見ると、あの時助けた女だった。

女は、自分の名前をフィオラと名乗った」


貴族に襲われていたのは——フィオラだったのか。


「女は、俺の汚い服もお構いなしに、

俺に抱きついて泣いていた。

よかった。あなたを探していました、とな。

俺は、もうどうでもよかった。

生きていくのが面倒になっていた。

俺は、フィオラから逃げるように歩いたが……。

フィオラはついてきた。

その時だ。俺は、会ってはいけないやつに会ってしまった。

——あの時の、貴族だ。

偶然ってのは恐ろしいな。

六年前のことをすっかり忘れて、

そいつはフィオラに声をかけてきた。

フィオラの顔を見て、何かを思い出したようだが、もう遅かった。

俺は全ての怒りを、やるせなさを、その貴族にぶつけた。

こいつがいなければ。

……マリアもダリアも、死ぬことはなかった。

俺がこの街にいれば、俺が守れたのに。


気がつくと俺は、その貴族を半殺しにしていた。


我に帰ると、フィオラが俺の体に抱きつき、必死に止めていた。

多分、フィオラが止めなければ、俺はそいつを殺していただろう。

俺は駆けつけた憲兵に捕まり、

牢屋に入った。


このままこの牢屋で死んでしまえば、楽になるだろう。

そう思っていたが、同時に別のことを考えていた。


なぜ俺たち貧民街の人間だけが苦しみ、貴族が何も考えずに楽な暮らしをしているのだろう。


悪いのは仕組みだ。

なら、仕組みを変えてしまえばいい。


牢からは、なぜかすぐに釈放された。

フィオラがかけ合ってくれたんだと思う。


俺はそれから、貧民街で同志を集めた。

貧民街の皆を、この国の無能な貴族たちから救うために。


同志たちは、今や百人以上に膨れ上がった。

レムナントは、その集団だ。

貧民から搾取を繰り返す悪徳貴族を狙って、富を奪い、

貧民街に再配分しているだけさ。

特に、奴隷貿易に関わっている貴族は、根こそぎ奪い取ってやるつもりだ。


——どうだ?止める気になったか?」


そこまで話すと、ラグナは俺たちに問いかけた。


俺たちは、言葉に詰まる。


ラグナは、反体制ではあるが——

正しい正義を持っている気がする。


強盗は褒められたものではない。

ただ、彼らは私腹を肥やしたいわけではない。

義賊として、強い信念を持っている。


考えても、答えは出なかった。


俺たちは、ラグナのアジトを出る。

出際にラグナから言われた言葉が、重くのしかかる。


「次に会うときは敵か味方か、どっちだろうな」



「どうするべ。なんだか、レムナント、悪くない気がしてきたべ」

ミサキが俺に聞いた。

「うん。……とりあえず、もう一度王に会おう。

王の真意を確かめたい」


俺たちは、再び城へ向かった。

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