第十六話 ギター作りと、夜のお誕生日会と。
ミドルリッジを発つ予定だった朝、
街には少し雨が降っていた。
「山は、天候がかなり不安定です。道も険しいので、出発は明日にしたほうがいいかもしれません」
イエナの提案に、一同異論はなかった。
危険な山越えで、無理をする必要はない。
「じゃあ、今日は延泊だね」
タツオが欠伸混じりに言う。
ミサキは、俺の方をちらりと見た。
昨日の“作戦会議”を思い出したのだろう。
何も言わないが、視線だけで分かる。
──チャンスだべ。
「俺、食材探してくるよ。時間あるし」
俺は、なるべく自然を装って言った。
「食材?」
タツオが首を傾げる。
「この先、野営が続くだろ。保存できるもの探してくる」
それらしい理由を付けると、俺は一人森へ出発した。
ミサキは何も言わず、小さく親指を立ててきた。
ミドルリッジの北側には、なだらかな森が広がっている。
針葉樹と広葉樹が混じった、手入れされすぎていない森だ。
ギターに向いている木、
なんてそんな専門知識はない。
だが、触れば分かることもあるかもしれない。
硬すぎず、柔らかすぎず。
叩いた時に、乾いた音が返ってくる木。
俺は一本一本、幹に手を当てていった。
「……これだな」
少し細身の広葉樹。いい感じの音がする。
年輪が詰まっていて、割れも少ない。
式力を抑え、必要な分だけを切り出す。
緑の式を、回復以外で使うとは。
木の形を変えているからだろう。
少し、頭痛がしてくる。
やがて重心を失い、木は倒れる。
その音は、森に溶けていった。
場所を少し移し、森の中に簡易的な作業場を作る。
俺は、作業場でギターの材料を黙々と成型していった。
構造はそんなに難しいものじゃない。
だいたいわかる。
まずはボディ。そしてネック。
あとは繋げればいいはずだが……。
どのくらいの大きさの穴がいい音が鳴るのか?
そのあたりが全然分からない。
どうせなら、そのあたりきちんと調整してから繋げたい。
先ほどからの成型作業で、頭痛も激しくなってきている。
「……よし。一旦休憩して、あいつの力を借りるか」
俺は数学の天才を呼ぶことにした。
「で?なんでギターなんて作っているの?」
タツオは、形を見るなり、すぐに理解したらしい。
相変わらず察しがいいのか悪いのか分からない。
「理由はそのうち分かる。
──が、今は誰にも言うな。
ちゃんと良い音が鳴るギターの構造計算をしろ」
「うわっ、ひさしぶりのビーストモードだ……。
分かった、やってみるよ」
タツオは時折高圧的になる俺のことを、ビーストモードと呼んでいた。
食材集め、風呂作り。
俺は、自分がやると決めたことをやっているときは、
きわめて高圧的になるらしい。
タツオは材料を手に取り、しげしげと眺め始めた。
胴体を叩き、厚みを測り、穴の位置を確認する。
そして、紙とペンを使ってなにやら色々計算しはじめた。
——俺には何を計算しているのかさっぱりだ。
「音楽は数学だからね」
計算しながら、タツオは当たり前のことのようにそう言った。……意味がさっぱりわからない。
天才の考えることは、難しい。
「共鳴胴は、悪くないと思うよ。ネックも……うん、許容範囲じゃないかな。
このままでも音は鳴ると思うけど、ここを三ミリ削るとよくなると思う」
タツオはそういうと、細かい指示を俺に出し始めた。
なんで分かるんだよ。
俺はタツオの指示通り微調整を続けた。
概ね、ギターの骨格ができあがった。
木材集めから成型。かなりの時間がかかった。
気がつけばもう、昼を過ぎている。
しかし、ギター作りはこれで終わらない。
俺が言う前に、タツオが言った。
「で、一番の問題は——」
そう言って、ギターを弾くジェスチャーをした。
「弦、だね」
やっぱりそこか。
「金属は無理だし、何か代替案ないか?」
俺は聞いた。
タツオは少し考え込み、顎に手を当てる。
「金属じゃなくてもいいんじゃないかな。
振動して、張力に耐えられれば」
「つまり?」
タツオは、あっさり言った。
「動物の腸でいいんじゃない?」
言われてみれば。
俺はアコースティックギターの金属弦を
イメージしていたが、要するに振動すればいい。
「じゃあ、集めに行きますかね」
タツオは言った。
午後、俺たちは森に入った。
狙いは、以前食材としても使った魔獣──リーフボア。
サイズも手頃で、数もいる。なにより、腸が太い。
口実に使った食材探しもできるし、一石二鳥だ。
討伐自体は、あっけなかった。
俺が動きを止め、タツオが火力で仕留める。
連携も、もう慣れたものだ。
しかし、解体作業だけは、正直慣れない。
やはり血を見るのは、好きではない。
「……これ、本当に弦になるのか?」
タツオが、袋に入ったそれを見て呟く。
詳しい描写は避けるが、見た目的にはまあまあエグい。
「なる。たぶん」
腸を洗い、余分な脂を取り、細く裂く。
式術で水分を抜き、繊維を整え、均一に撚る。
何本も失敗した。
切れたり、太さが揃わなかったり。
「張力が足りない」
「撚りが甘い」
「ここ、太さ違う」
横で、タツオが容赦なく指摘してくる。
「…お前、いつになく厳しくない?」
「計算させられましたから。
妥協は許しません」
最終的に、六本。
太さの違う弦が揃った。
タツオの人間ドライヤーで乾燥させ、ギターに張る。
タツオが計算した張力通りに、慎重に締めていく。
そして──。
俺は、そっと弦を弾いた。
まず鳴らしたのは、王道のコード、Cコード。
ポン、と。
澄んだ音が、部屋に響いた。
思った以上に、ちゃんとした音だった。
なんなら、家にあったギターよりいい音がしている気がする。
タツオは、満足そうにうなずいている。
「計算ばっちりだね」
俺は、完成したギターを抱え直した。
木と、動物と、式術と、数学でできた楽器。
これで、準備は整った。
あとは、本番でうまく弾けるかどうかだ。
俺は仕事を果たして満足そうなタツオを宿に帰し、
一人で少し練習をすることにした。
久しぶりの弦に、指が少しだけ痛む。
練習が終わると、それをこっそり馬車の積み荷に隠した。
宿に帰ると、もう夜は更けていた。
俺は簡単な食事だけ済ませると、ベッドに入った。
本番は明日の夜にしよう。
──喜んでくれるといいが。
その日は、いつもより少し寝つきが悪かった。
翌日。空は快晴だった。
今日は、予定通り出発することになった。
どことなく、イエナの機嫌が悪そうに見える。
いつもなら“おはようございます”と言って笑顔をくれるのだが……。
作戦……大丈夫か?
計画に暗雲が立ちこめる。
俺たちが向かったのはブレイヴェンという国だった。
地図上で見た位置的には、長野県あたりだろうか。
途中、山を越えるのに一日かかるため、おのずと今日は野宿になる。
タツオと交代で馬車を走らせ、街道を進んだ。
途中、獣を倒して食事にしたが、その時もイエナの機嫌は少し悪そうだった。
夜。作戦の実行時間が近づくと、俺は少し緊張しはじめた。
大丈夫。うまくやれる。
日が沈むと、俺たちは焚火を起こした。
火の音が、静かな山の夜に溶けていく。
ぱち、ぱち、と小さく爆ぜる薪の音。
遠くで、虫の声だけが規則正しく続いている。
食事を終え、それぞれが思い思いに休もうとしていた頃。
俺は、そっと立ち上がった。
「イエナ、ちょっといいかな」
俺は、まだ暗い顔をしているイエナに声をかけた。
イエナは、不思議そうな顔を浮かべる。
俺は馬車に隠していたギターを取り出し、膝の上に置いた。
布を外すと、即席とは思えないほど整った形の楽器が現れる。
「それは……?」
イエナは、目を丸くしている。
「俺の国の楽器。ギターって言うんだ」
「弦楽器ですか?見たことがないですね」
「そりゃそうだな」
俺は苦笑して、弦に指を置く。
「今から、俺の国の歌を歌います。誕生日を祝う歌」
——厳密には違う。確かアメリカの歌だ。
だが、その方がこの場では説明しやすいだろう。
前置きしてから、軽く息を吸った。
——ポロン。
夜の空気を震わせる、柔らかな音。
焚き火の赤が、イエナの横顔を照らす。
彼女は、瞬きもせずこちらを見ていた。
♪ Happy birthday to you
♪ Happy birthday to you
歌い出すと、タツオが自然にハモってくる。
計算されたように、完璧な和音。
──うますぎる。
なんだこいつ。一体どれだけ隠し玉を持っているんだ…
その瞬間、イエナの肩が小さく揺れた。
♪ Happy birthday dear ——
最後のフレーズを歌い終え、余韻が夜に溶けていく。
歌い終えると、イエナが両手で口元を覆い、
小さく、息を吸った。
「……ありがとうございます」
声が、少し震えている。
「……誕生日は、昨日だったんです」
「え?」
ミサキ…もう少し正確に教えてくれよ。
「実は少し……期待してました」
焚き火を見つめたまま、イエナは言った。
「ミドルリッジに一日延泊したのも、天気だけじゃなくて、
ちょっと期待してたからなんですけど……。
ユイトさんも、タツオさんも、ずっといなくて」
なるほど……。
だから朝から機嫌が悪かったのか。
「……なので昨日は、ミサキと二人でご飯を食べてました。
……二人がどこにいったのか、文句を言ってました」
イエナは、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
焚き火の向こうで、ミサキが何も言わずに親指を立てる。
ナイスフォローだ。
俺たちの不在をカバーしてくれたのだろう。
頼りになるやつだ。
イエナは、ゆっくりこちらに向き直った。
「これを準備してくれてたんですね。嬉しいです」
その視線が、真っ直ぐすぎて、胸が痛くなる。
「昨日は、何もなかったから。
——本当は少しだけ、寂しかったんです」
イエナはそう言っておどけた。
「……ごめん」
思わず、そう言った。
「許します」
そう言って、少し躊躇ってから。
イエナは、そっと俺の袖を掴んだ。
「ユイトさん」
その仕草に、俺の心臓は飛び跳ねる。
「……な、なに?」
「この歌、すごく良かったです。
ユイトさんの国の言葉ですか?」
そうか。
英語は、微妙に伝わらないのか。
英語由来の言葉がめちゃくちゃ多い世界なんだけどな。
言語の伝達や発展の方式も、元の世界とちょっと違うのか……?
「いや、まあ……うん。イエナには、きっとそのうち全部話すよ」
俺は言った。
「なんですか、それ」
そう言うと、イエナはいつものように笑顔を見せてくれた。
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「その……」
俺は、少しだけ距離を詰めた。
「改めて、誕生日、おめでとう!」
イエナは一瞬きょとんとして。
それから、ゆっくり笑った。
「はい」
その笑顔は、今まで見たどんな表情よりも、柔らかかった。
ミサキはイエナに見えないように、
俺に何かをけしかけてくる。
きっと、このチャンスを生かせ、
ということなんだろうが……。
今の俺にはこれで十分だ。
重く、辛い出来事が続いていた。
これからの旅で、また起きるかもしれない。
そんな時は、この時を、イエナと、皆の笑顔を思い出そう。
こんな平和な日々が、続いていけばいいのに。
心から、そう思った。




