第十四話 心の澱と、新たな宿命と。
テオロッドへの帰路。
俺はずっと考えていた。
人を殺してしまったこと。
——タツオに人を殺させてしまったこと。
俺はただ、戦局に合わせて指示を出していただけだ。
他に手段はなかったのだろうか。
戦争だから仕方ない、で終わらせるのは……
——違う気がする。
異世界。
戦争。
正当防衛。
色んな言い訳が浮かんでは、心に澱を残していく。
結果、アレクシオを救うことができた。
皆、生きて帰ることができた。
だが——もしも。
取り返しのつかないことが起きていたら。
——この中の誰かを失っていたら、
俺はどうなっていたのだろうか。
テオロッドに着くと、
俺たちは歓喜の声に迎えられた。
その祝福の雰囲気と、心の折り合いがうまくつけられず、
それがまた深い澱となっていく。
アレクシオは、あの失神以来、
ずっと塞ぎ込んでいる。
——死の恐怖。
そして、目の前で見た——死そのもの。
十一歳の子供が受け止めるには、
あまりにも重すぎる。
レオニスは、アレクシオと出会うと、
何も言わず深く抱きしめた。
アレクシオは、泣きながら、ごめんなさい、と、言った。
溜まっていたものが、溢れ出たように見えた。
ガルフは、イエナを見るなり、
優しく微笑んだ。
そして、俺のところへやってきて、
「ありがとう」と言った。
俺は、軽く会釈で返すことしかできなかった。
サイレスは、アークネイヴァーでの出来事を聞きたそうだったが、俺の様子を見て、やめたようだ。
俺は、とにかく疲れていた。
早く休みたい。
——何も考えたくない。
簡単な報告を終えると、俺とタツオはまだ使ったままの寮の部屋に帰った。
報告は、ほとんどイエナが行ってくれた。
俺の様子を察してくれたのだろう。
その気丈さがありがたくもあったが、
それ以上に自分の弱さを痛感させた。
タツオと並んで歩く。
いつもなら軽口が出てくるのだが、
そんな気にもならなかった。
俺は一言だけ、タツオに言った。
「なぁ。タツオ。お前にだけ、
背負わせるつもりはないからな」
「……なんのこと?」
「……人を、殺したことだ」
俺が絞るようにそう言うと、
タツオは笑った。
「ユイトは、何も背負わなくていい。
そのほうが、元の世界に戻った時、
ユイトのままでいられる。
僕なら大丈夫。
元の世界でも、変わり者だったしね。
ユイトは、きれいなままでいてよ」
タツオのその言葉が、胸に沁みる。
俺は、涙をこらえ、小さく言った。
「……ずるいな、お前」
王宮へ呼び出されたのは、
それから五日ほどたった後だった。
俺は、何もする気が起きず、ただ寝ていた。
身も心も、疲れ切っていた。
重い腰を上げ、タツオと共に寮を出る。
王宮に到着すると、すぐに会議の間に通された。
中には、前回の会議のメンバーが集められていた。
「療養中のところ、すまない」
レオニスが言った。
「アークネイヴァーの状況について、気になる情報が入った」
俺は、アークネイヴァーという名前を聞いて、
あの夜を思い出す。
できれば思い出したくない、あの夜。
少しだけ息が苦しくなる。
「皆には共有しておくべきだ、とイエナが判断した。
これから説明する」
イエナは、あれからもう働いていたのか。
その気丈さに驚くとともに、自分が情けなくなった。
「結論からいえば、
——アークネイヴァーという国家は今は存在しない。
名前が変わった。
現在はオルディアと名乗っている」
レオニスは続けた。
「君たちが倒した執政官グラディオは、アークネイヴァーの元となった国、ネイヴァルドの出自だったようだ。
百五十年ほど前、分家だったアークネイヴァー家に政争で負けて主権を奪われて以来、ネイヴァルド家は、王権奪取の機会を狙っていたらしい」
イエナは、頷く。
この短期間で、情報を集めたのか。
これが、特使の力か。
「カイゼル王がグラディオに討たれ、グラディオは死んだ。ここ数日、国は大きく揺れていた。
カイゼルの血族が継ぐのが筋だが、世論は王政への反対意見も多かった。
混乱の中、科学主義を掲げ指導者となった男がいる。
——科学長官、ノクスだ」
レオニスは続けた。
俺は、晩餐会で会った、あの頬のこけた男を思い出す。
お世辞にも、指導者の印象はなかった。
「ノクスは、グラディオと手を組み、
魔獣を人工的に創り出していました。
自作自演のクエストのドラゴンも、
グラディオの横にいたドラゴンも。
すべて、ノクスが関与していると思います」
イエナが補足する。
「ノクスは、カイゼル王の殺害も、グラディオの殺害も、
〝全てテオロッドの策略だ〟と喧伝しています。
そして〝今こそ科学の力で世界を一つにすべきだ〟と」
恐ろしいプロパガンダだ。
事実をねじまげ、自国を正義に変えようとしている。
「つまり、このままではテオロッドは世界から取り残されてしまう。
アークネイヴァー……今はオルディアだな。
ノクス=ルミナスをのさばらせておけば
……世界はやつらの思うままになってしまう」
レオニスは、苦しげな表情をした。
「……なにか、手はないんですか?」
俺は聞いた。
久しぶりに喋った気がする。
低い声は、自分の声じゃないみたいだった。
「テオロッドには同盟国がいくつかあるが、
まずは世界に対して〝オルディアの悪意と悪事〟を証明したい。
あの国には、避けられない汚名がある。
——カムイ事変だ」
俺は、サイレスの説明とグラディオの侵攻理由を思い出した。
科学の進歩を止めるように進言があったから侵攻した——。
客観的に見れば、〝制圧〟に他ならない。
「その際に、旧アークネイヴァーはカムイの王子を捕虜にしている。
あくまで、政治材料として。
その王子を解放すれば、少なくともカムイと、
それに賛同する国は我々に味方してくれるだろう」
レオニスは言った。
「カムイの王子——シャイン=カムイは、
マルカドールに囲われていると聞きました。
彼の解放を、テオロッドの手で実現すること。それが、次の私たちの目的です」
再び、イエナが補足する。
——話の流れが、見えてきた。
これは、俺たちの出番なのだろう。
あまり、気乗りがしない。
これ以上、戦争に巻き込まれるのは……
——タツオに手を汚させるのは、嫌だ。
しかし、俺の意に反してタツオが答えた。
「じゃあ、マルカドールに行って、
取り返せばいいんだね。ユイト、行こう」
「タツオ、お前——」
「どのみち、僕らはそうするしかない」
タツオは、真剣な表情で俺に言った。
タツオの言うとおりだ。
どのみち、には俺たちにしか分からない意図が込められている。
元の世界に戻るか。
ここで生きていくか。
科学の力を借り、元の世界に戻るにしても、その叡智は敵国に集まっている。
オルディアを、ノクスを倒さなければ、俺たちはその叡智の答えに辿り着けないだろう。
ここで生きていくにしても、俺たちはテオロッドに深く関わりすぎている。
他の国では、生きていけないだろう。
俺は覚悟を決めた。
「レオニス王。分かりました。
ただし、アレクシオは、連れて行きません。
——この国の、未来のためにも」
俺が言うと、レオニスは苦笑した。
「……大丈夫だ。アレクシオは、あれから塞ぎ込んでいて、食事もろくに取らない。
とても、連れて行ける状態ではない。
まぁ、それはこっちでなんとかする。
パーティーは、ユイト、タツオ。
それと、イエナに頼みたいと思っている」
すると、ミサキが言った。
「……私は?」
「君には、オウシュウとの同盟交渉を頼みたいと思っている。友好国家だが、明確な締結がほしい。
——それとも、マルカドールに一緒に行きたいか?」
ミサキは少し考えると、
紙とペン、それとナイフを貸して欲しい、と言った。
ミサキはペンで書状をしたためると、
自分の指をナイフで切り、血判を押した。
その血判に、式の力を込める。
赤い血判は、紫に色を変えた。
「これを持っていけば、私からの依頼という証明になるべ。
——私は、皆と一緒に行きたい」
ミサキは言った。
「……分かった。こちらの書状は、ありがたく受け取ろう。
オウシュウとの交渉は、テリーズとガルフに任せる。
サイレス、お前はイエナに代わって諜報活動を引き継いでくれ。
——しばらく、世界情勢は目まぐるしく動きそうだ」
レオニスは、そういうと少しだけ表情を和らげた。
「それと、タツオの免許の件だが」
レオニスが言いかけると、タツオが遮る。
「とりあえず、世界が平和になったらでいいよ。
どのみち使い道ないし。
それより、旅の軍資金と準備、よろしくね」
「……もちろんだ」
レオニスは笑って答えた。




