第十三話 奪還と、戻れない一線と。
三日後。
俺たちはテオロッドを発った。
今回は機動性を優先し、馬車は使わない。
全員、馬での移動だ。
……とはいえ。
「どうやっても無理だべ……」
ミサキは、馬の横で肩を落としていた。
結局、何度挑戦しても上手く乗れず、
タツオの後ろに回ることになった。
その様子を見ていると、妙に安心する。
万能に見えるミサキにも、苦手なものがある。
それが分かると、もっと距離が縮まった気がした。
「ちなみに、確信犯じゃ、ないよな?」
俺は馬の準備をしているタツオに聞こえないように、
ミサキに冗談めかして言った。
「な、なに言ってるだべ!」
ミサキは即座に反論する。
「頑張ったべよ。でも、昔から運動は苦手なんだべ……」
知っている。
何度も振り落とされて、それでも諦めずに馬に跨ろうとする姿を、俺は見てきた。
きっと今頃、体のあちこちに痣ができているだろう。
「分かってるさ。冗談だよ」
俺は苦笑する。
「ここからは命を賭けた作戦だ。その前くらい、笑っててもいいだろ?」
ミサキは、少しだけ頬を膨らませてから、タツオの背にしがみついた。顔が少し赤らんでいる。
イエナはテリーズに任せ、
俺は一人で馬に跨る。
テリーズがいるだけで、隊の空気が引き締まる。
それでいて、不思議と安心感もあった。
タツオがミサキを守る。
テリーズがイエナを守る。
俺は全体を見渡し、穴があれば塞ぐ役だ。
役割は明確だった。
俺は作戦の流れを頭の中で確認する。
アークネイヴァーまでは、最短で半日。
夕方に出れば、深夜には到着する。
作戦の要は、ミサキだ。
アークネイヴァー到着後、まずアレクシオの探知。
ミサキはサイレスの指導のもと、探知の式を形にしていた。
範囲は広くない。
だが、一キロ圏内であれば、特定できる精度だ。
レオニスを仮想の対象にして、何度も訓練を重ねたらしい。
発見次第、潜入と奪還を始める。
ここは俺、タツオ、イエナで動く想定だ。
拘束場所が不透明である以上、
状況次第で、正解は変わる。
式の幅は広い方がいい。
臨機応変な判断が求められる場面だ。
テリーズには、建物外でミサキの護衛を頼んだ。
最悪の場合、撤退の判断も任せてある。
奪還後は、ミサキの幻惑が要になる。
可能な限り戦闘は避け、安全に逃げる。
とにかく——アレクシオを連れて帰る。
それだけだ。
「……上手くいくといいんだけどな」
俺は、誰にも聞こえないように呟き、手綱を強く握った。
馬が走り出す。
予定通り深夜にアークネイヴァーに到着すると、
闇に紛れ、王宮付近に近づいた。
巡回の薄い川沿いを進んでいると、
ちょうどいい茂みを発見した。
俺たちはそこで最後の簡単な確認をし、作戦を開始した。
「ミサキは、探知をはじめてくれ」
俺が言うと、ミサキは目を閉じて探知を開始した。
しばらく、アレクシオの気配を探っている。
「……いたべ。王宮近くの建物だ」
俺たちは少しずつ近くに移動する。
さらに、探知の精度を上げる。
「この建物だべ。中には、五人。
……意外と手薄だ。ユイト、幻惑で行けそうか?」
俺は頷く。
ミサキから、眠りの幻惑術を教わっていた。
実地訓練でミサキが使った、あの術だ。
ミサキほど紫の式は強くないが、
式術のないものや弱いものは眠らせることができた。
「ミサキは、さっきの茂みに戻って、逃走経路を確保しておいてくれ。
テリーズさん。ミサキの護衛をお願いします。
万が一交戦になったら、無理せず撤退してください」
テリーズは頷く。
「任せておけ。アレクシオを頼んだぞ」
ここからは、俺たちの仕事だ。
「イエナ。あれ、頼む」
俺が言うと、イエナは頷いた。
オートヒール——自動回復の術をかける。
俺たち、木々、イエナが繋がる。
この状態を保てば、一定時間自動で回復が可能だ。
木々の力で、身体能力も向上する。
タツオによる概念指導とサイレスによる言語化で、
イエナは新たな技を身につけることに成功していた。
タツオ命名、オートヒールだ。
自然、式者、対象者を繋ぎ、自動で送力する方式は、
元の世界の通信技術をヒントにしたとタツオは言っていた。
プロセスはどうあれ、
実現できたのであればなんでもいい。
これで、多少のダメージは耐えられるだろう。
準備が終わると、
俺は、タツオとイエナに声をかける。
「さぁ、行こう」
建物は、王宮が見える、すぐ近くにある。
恐らく、近くに兵も備えているだろう。
手薄な深夜のうちに、なるべく素早く作戦を終えたい。
俺はまず、建物入り口にいた兵を眠らせる。
紫の霞が、兵を包む。
すぐに兵は昏倒し、その場に倒れ込んだ。
よし、上手くいったぞ。
入口の鍵は、開いていた。
俺は、ドアを開ける。
そのまま、建物の中に入ると、
紫の式を発動しながらゆっくりと進む。
一人、また一人。
兵を昏倒させていく。
——いいぞ。順調だ。
地下に進むと、兵が一人立っている牢があった。
たしか、残り人数は一人。
——恐らく、あそこにアレクシオがいる。
少し、体が汗ばむ。
俺は、遠距離からその兵を昏倒させ、
牢に近づいた。
牢の中には、金髪の少年が眠っていた。
——アレクシオ。
無事で、良かった。
拷問を受けた様子もなく、ぐっすりと眠っている。
俺は、兵から鍵を奪い、牢を開けた。
小声で、アレクシオを起こす。
アレクシオは、寝ぼけているのか、
少し事態を飲み込めずにいたが、
俺の顔を見て、ユイト!と言った。
俺は慌ててその口を手で閉じる。
「静かに。無事でよかった。
ここから脱出するぞ。走れるな?」
俺が小声でそう言うと、アレクシオは、小さく頷いた。
俺たちは先ほどの建物を、できるだけ音を立てずに出た。
よし。あとはテリーズ、ミサキと合流するだけだ。
上手くいっている。
——その時だった。
建物の前に、一人の女が立っているのに気がつく。
白と黒の髪。
口布。
あの女だ。
俺は、咄嗟に幻惑をかける。
しかし……女はまるで様子を変えず、
じっとこちらを見ている。
刹那。
人影が、俺の目の前に移動する。
瞬間移動……!
女は無表情のまま、俺の腹にナイフを突き刺した。
痛みと焼けるような熱さが同時に襲いかかる。
「お前ら、なかなか頑張った。でも、ここまで」
女はナイフを突き刺したまま、冷たい声で言った。
「みんな……逃げろっ……!」
俺は必死に声を絞り出した。
タツオは、即座に火力を凝縮する。
「フレアレイ!」
敵に狙いを定めた火線を放った。
見たことのない技だ……。
俺に当たるのを避けたのだろう。
レーザービームのような火線が、女に向かった。
しかし、女はそれを難なく回避する。
数メートル離れた場所に立っている。
くそっ……。
俺はその場に倒れ込む。
今度は、女はタツオに向かって近づいていく。
その隙に、イエナとアレクシオが、俺に駆け寄る。
イエナはすぐさまヒーリングをかける。
「ユイトさん……!平気ですか?」
「あぁ。オートヒールのおかげか、何とか平気みたいだ……
それより……逃げてくれ」
「ユイトさんを置いていけるわけありません!
——戦いましょう。
アレクシオ、しっかりして」
アレクシオは、震えている。
目の前で人が刺されている。
無理もない。
すぐ近くで、タツオがフレアショットを連発している。
しかし、白黒の女はその間隙をぬって確実にタツオに迫っている。
——危ない……!
俺は、回復を受けながら、
土と水の力を使い、女の足場を沼に変える。
女は少し足踏みするが、
その場から一瞬で抜け出した。
反転し、今度は、こちらに向かってくる。
くっ……。
灰の式の瞬間移動。
回復が追いついていない。
このままでは——やられる。
女は、両手を前に出し、〝影〟を作り出した。
人型の影が俺とイエナの背後に回り込んでくる。
実態のない影が、俺とイエナを羽交締めにする。
震えるアレクシオはそのまま放置されている。
——二体までしか出せないのか?
しかし、拘束を抜け出す術がない。
「……くそっ、厄介な式だ」
「お前ら、後で、殺す。まず、あいつから」
女は呟くと、タツオの元へ駆け出した。
女は一瞬でタツオの眼前に迫っている。
タツオに向かってナイフを振り上げる。
まずい、何か式を——
その瞬間。
辺りに閃光が走り、
ナイフに、雷が落ちた。
女は、全身が痺れ、その場に倒れる。
俺の横で、アレクシオが式を放っていた。
「アレクシオ!」
俺は声を出す。
「雷は金属に集まるんだろ……?」
震えながら、アレクシオは呟いた。
女が倒れると同時に、影が消え、拘束が解ける。
雷を受けた女は——もう立ちあがろうとしている。
せっかくアレクシオが作ったチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は女の内臓、血の流れをイメージし、共振を放つ。
「レゾナンスシェイク!」
体の中を〝揺らす〟。
女はその場に再び昏倒する。
「邪魔、するな」
こちらを睨みながら、すぐに動き出す。
——たたみかける。
俺は即座に女の下の土を動かし、大きな穴にする。
女は足を取られ、地面に沈んでいく。
最後は——火力だ。
「……タツオ!撃ってくれ……!」
俺は声をだす。
タツオは、少し躊躇ったように見えたが、
すぐに覚悟を決めた顔をした。
一瞬目を閉じると、右手に火力を集め始める。
「フレアバースト」
いつもより、少し冷たく感じたその声が聞こえると、
火球が轟音を立てながら穴に向かっていく。
着弾。
穴の中から火炎が立ち上る。
「熱い……」
呟く声が聞こえ——やがて甲高い女の悲鳴が聞こえる。
肉が焼ける匂いが、否応なく俺たちを襲う。
やがて、悲鳴は途絶え、
——女は息絶えた。
タツオは、その亡骸を黙って見ている。
何を思っているのか——。
表情からは読み取れない。
俺は、茫然としていた。
——人を殺す、という一線を超えてしまった。
その事実を俺は実感する。
しかし、呆けている時間はない。
この音で、兵たちも異変に気がつくはずだ。
テリーズとミサキに合流しなければ。
俺は、腹の傷が塞がると、立ち上がり、声を上げる。
「合流しよう。行くぞ!」
俺たちは集合場所の茂みに向かって走り出す。
案の定、騒ぎを聞きつけた兵たちが、
兵舎からこちらに集まってきている。
くっ……数が多い。
幻惑で動きを遅らせるが、足止めにすぎない。
さきほどの茂みに到着する。
しかし、テリーズとミサキはいなかった。
いない……!なぜ?
あたりを見回す。
「ミサキ!テリーズさん!」
俺は叫んだが、反応はない。
二人を置いていくわけにはいかない。
——どうする。
直後、闇の向こうから一人の男が近づいてくるのが見えた。
グラディオ。
執政官と名乗った男だ。
ゆっくりと肩から剣を抜き、こちらへ近づいてくる。
そして、その後ろには。
——ドラゴンが二体、並んでいた。
「エイルを倒すとは、想定外だな。
まぁ、どうせここで死ぬことになるが」
グラディオは、あの丁寧な口調ではなくなっていた。
こちらが本来の話し方なのだろう。
「お前は——。
っ……!ミサキを、テリーズさんをどうした?」
「お仲間なら、私の部下が相手しているさ。
今頃、死んでいるかもな。
バルガス——騎兵団副長が相手だからな」
後ろからは、兵隊が集まってくる声が聞こえる。
完全に前後を挟まれている。
このままでは袋小路だ。
「……なぜドラゴンがここに……」
イエナが呟いた。
「あぁ。——このドラゴンは、従順なペットだ。
神獣の遺伝子から作り出した。
もっとも、一体はお前らに殺されてしまったがな」
「作り出した……バイオテクノロジー?
現代でもそんなこと成功していないのに……」
タツオは言った。
確かに……。
蒸気機関の文明と、クローン技術。
激しい違和感がある。
「あのドラゴンも、お前らの自作自演だったのか……!
それが、アークネイヴァーのやり方か。
王は……何が目的なんだ」
俺は言った。
「王?あの無能で卑劣な男のことか?
とっくの昔から、この国を動かしていたのは、王ではない。
カイゼルは死んだ。この国の王は——俺だ」
……黒幕は、王ではない?
この、グラディオということか。
「王を、殺した……?」
「ああ。俺が殺した。
民を捨て、逃げようとした愚かな君主だ。
顔中を涙でぐしゃぐしゃにして命乞いをしていたよ」
っ……!!
グラディオは、クーデターを起こしていた。
「まぁ、お前らもすぐに会えるさ。
あの世でな。さて、お喋りはもういいだろう。
——死ね」
そういうと、俺に向かって走り出す。
俺はまず後ろに大きな水たまりを作った。
「アレクシオ!電流を流せ!
兵を足止めできるはずだ!」
アレクシオは恐怖のあまり泣いている。
それでも、震えながら水たまりに雷を放つ。
追いかけてきた兵士たちが、電流を浴び、身悶える。
すぐに振り向くと、俺は土の防御壁を目の前に作り出し、
グラディオの攻撃を防ぐ。
剣が、土の壁を切り裂く。
……っ!!
なんて破壊力だ……!
俺は、土の壁を連続で作りながら後退し、
指示を出す。
「タツオ!お前はドラゴンを頼む!」
タツオは、ドラゴンたちに向かって火を放つ。
しかし——あの時と同じように、炎で相殺される。
くそっ……
考えろ、頭を使え。
使わなければ……
——死ぬ。
グラディオは土の壁を次々と破壊していく。
「器用なものだな。しかし——
式術など、剣の前では、子供騙しだ」
このままでは、らちがあかない。
俺は、グラディオに向かって眠りの幻術をかける。
しかし——効果がない。
……化け物か。
眠りが効かないなら、目隠しを——。
俺は全力で紫の霧を出し、退避する。
「くだらんな。かくれんぼか?
いいだろう、少し付き合ってやる」
俺は、イエナの元へ駆け寄った。
アレクシオは、懸命に雷を撃っている。
が、疲労が見えてきている。
このままでは、持たない。
「イエナ。一か八かだ。
オートヒールの要領で、
ドラゴンとあの川を繋げられるか?」
俺は、思いつきの作戦を実行することにした。
イエナは、全力で青の式を発動する。
髪が少し青みがかる。
川とイエナ、ドラゴンが、青い線で繋がっていく。
すると、ドラゴンの全身に、水がしたたり始める。
「タツオ、こっちへ来い!交代だ!
アレクシオ!最後に全力でドラゴンにぶち込め!」
俺は、兵の足止めをしているアレクシオに指示をだす。
アレクシオは、向き直り、ドラゴンに雷を放った。
二体のドラゴンが、身悶える。
水分を全身に含んだドラゴンは、
全身に電流を浴び、その場に倒れた。
こちらにやってきたタツオが、
兵の集団に向かってフレアショットを放つ。
——もう、躊躇いはなかった。
兵たちは悲鳴を上げながら、燃えていく。
肉の焼ける匂い。
悲鳴。
——人が、死んでいく。
俺は、ぐっと吐き気をおさえる。
考えるな。
ここは、戦場だ。
式の効果が薄れ、紫の霧が晴れていく。
その中心に、グラディオは立っていた。
剣を肩に担ぎ、ゆっくりとあたりを見回す。
俺たちは、半円を描くように距離を取る。
まだ、油断はできない。
「……形勢逆転、か?」
俺は強がりの言葉を放った。
グラディオは喉を鳴らして笑った。
「勘違いするな」
低く、腹の底から響く声。
「俺がどれだけの死線を越えてきたと思っている。
ネイヴァルドの剣を——なめるなよ」
剣先が、わずかに下がる。
「この俺が、子供の集まりに負けると思うか?」
次の瞬間、グラディオは剣を振りかざす。
俺に向かって斬りかかる。
「フレアバースト!!」
タツオが、咄嗟に火球を放つ。
グラディオは、剣を切り返し、
——火球を斬った。
火はグラディオの前で割れ、遠くの地面に着弾する。
「子供騙しはもういいか?
まずは、誰から行こうか。
そうだな。テオロッドの王子からにするか」
そう言うと、グラディオは地面を蹴った。
——速い。
まずい、間に合わない……!
「まずは一人目」
その刹那。
「アレクシオ!!」
タツオが、アレクシオの前に躍り出た。
鈍い音。
剣が、タツオの背中を深く裂く。
「タツオ!!」
血が、噴き出した。
アレクシオは、その鮮血を顔に浴び、
声も出せず、その場で失神した。
タツオはその場に倒れ込む。
……くそ。
間に合わなかった。
グラディオは、鼻で笑う。
「邪魔をするな。弱者らしく大人しくしておけ」
グラディオは、タツオに向かって再度剣を振り上げる。
その時だった。
周りの空気が、歪む。
辺り一帯が、濃い紫に染まる。
グラディオを瞬間眠気が襲い、動きが止まる。
「くっ。……なんだ?」
「誰に、なにしてるべ」
怒りに震えた、聞き慣れた声。
「ミサキ……!」
木陰から現れたミサキの両目は、完全に据わっていた。
紫の式、眠りの霧がグラディオを包み込む。
しかし、グラディオは剣を掲げると——
その霧を斬り裂き、その場を脱出した。
式を斬る——それを、当たり前のようにやっている。
そんなことが……できるのか。
「なんなんだべ……こいつ」
ミサキは驚き、後ずさった。
晴れた霧の中から、静かに、一人の剣士が現れる。
剣を、真っ直ぐに構え、グラディオを見据えている。
——テリーズだった。
「久しぶりだな、グラディオ」
グラディオは、歯を剥いた。
「貴様……なぜ。バルガスは、どうした?」
「バルガス……師匠なら私が討った」
テリーズは、感情を乗せずに言う。
「剣士らしい、立派な最期だった。
お前は今、剣士か?
それとも——ただの悪漢か?
グラディオ。
テオロッド騎士団長として——私が相手しよう」
「生意気だな」
グラディオは、声を上げテリーズに斬りかかった。
ギイィィン、と激しい金属音が響く。
テリーズは、それを剣で防いだ。
「ふん……!あの時の小娘が、立派になったものだな。
——だが」
——重い剣が、激しくぶつかり合う。
「まだ剣が甘い!」
グラディオは、連撃を続ける。
テリーズは、それを剣で防ぐ。
金属音が、夜に響き続ける。
速さも、技も、互角に見える。
だが——
「……っ!」
テリーズの足が、わずかに揺れた。
力の差が、技術を上回る。
「どうした、そんなものか?」
グラディオが嗤う。
「バルガスに勝って勘違いしたようだが……
俺はこの国——、いやこの世界一の剣士だぞ。
小娘に、負けるわけがない」
一閃。
テリーズの肩が、切り裂かれる。
血が舞う。
「テリーズ!!」
イエナが悲鳴を上げる。
「急所を避けたか……。
見苦しいぞ。潔く死ね。
次は外さん」
グラディオは、勝ちを確信した顔で剣を振り上げる。
その時。グラディオの背後に、火が着弾する。
後ろを振り向く。
タツオだ。
「まだ生きていたか。死に損ないが」
「……はぁ」
小さな、ため息。
——異様な気配。
「さっきのはさ……」
血にまみれたまま、タツオが立ち上がる。
背中を押さえながら、
それでも、いつもの調子で話す。
タツオの下には、おびただしい血が流れている。
「結構、痛かったぞ」
炎が、集束する。
火球が、両手に浮かび上がる。
——空気が、震える。
グラディオは、目を見開いてその火球を見た。
どんどん大きくなっていく。
「な……!?」
グラディオの顔から、笑みが完全に消えた。
危険を感じたグラディオは、タツオに向かって駆け出す。
ここで止めないと……タツオに届く。
「行かせるかっ!」
土の式が発動し、グラディオの走る足元の土が、崩れ落ちる。
一瞬足を取られるが——そのままタツオに向かっていく。
くっ……速すぎる!
「ミサキ!!」
俺は叫ぶ。
ミサキが全開で式を解放する。
ツインテールが逆立つ。
「今度こそ——眠るべ!!」
再び紫の式がグラディオを包む。
——が。グラディオは、難なく降りかかる霧を斬り裂いていく。
ダメか……!
全ての式が、通用しない。
グラディオが大きく跳び、剣を振り上げる。
その瞬間——その剣に、雷が落ちる。
アレクシオ!?
いや——威力が弱い。
俺の視線の先に立っていたのは
——イエナだった。
失神したアレクシオの手を握っている。
髪が、黄色くなっている。
剣を通じて雷を受けたグラディオの膝が、一瞬落ちる。
だが、その一瞬で充分だった。
タツオは、二つの火球を合わせ、
一気に収束させる。
小さくなったそれは、とてつもないエネルギーを内包し、
——グラディオに放たれた。
「インフェルノ」
タツオが呟く。
炎が、グラディオを呑み込む。
全身を燃やし尽くす、業火。
——炎は、もう止まらない。
グラディオの最後は、静かだった。
断末魔の叫びも、抵抗もなかった。
まるで、そうなることが分かっていたかのように。
焼け落ちる中、どこか遠くを見ていた。
「グライス……」
最後にグラディオが呟いた声は、何だったのだろうか。
炎はやがて燃料を失い——消えた。
残っていたのは、焼け跡だけだった。
溶けた剣が、地に落ちる。
誰も、動かなかった。
——動けなかった。
静寂。
タツオは、ふっと力が抜けたように膝をついた。
「……さすがに」
息が荒い。
「痛いな、これは」
背中の傷口から、まだ血が滲んでいる。
オートヒールでも回復が間に合っていない。
「タツオ!」
ミサキが駆け寄り、迷いなくその背に手を当てた。
「じっとしてるべ!」
緑の光が、淡く広がる。
自然と、ミサキと、タツオが繋がる。
集まってきていた兵たちは、タツオの火力を見て、散り散り退散していった。
——もう、追ってはこないだろう。
テリーズが、ゆっくりと剣を下ろした。
肩からは血が出ている。
イエナが駆け寄り、治療を施す。
代わりに俺は、アレクシオの元へ向かった。
額には汗と土が、まみれている。
——頑張ったな、お前。
こんな場面は、もうたくさんだ。
見せたくないし——見たくもない。
俺は失神するアレクシオの頭を撫でた。
傷がふさがると、テリーズは、焼け跡に歩き出した。
焼け落ちたグラディオの剣を拾い、それを黙って見ていた。
俺とアレクシオの元へ、皆集まってくる。
「……イエナの雷がなかったら……危なかったな。
黄の式、使えたんだな」
俺は聞いた。
「いえ……必死で。何かしなきゃと思ったあの瞬間、
アレクシオの力が、流れてきたように感じます。
どうやったのか、覚えてません」
イエナが答える。
「……ギリギリだったってことだな。
でも……アレクシオは戻った」
俺は、アレクシオを抱きかかえ立ち上がる。
「帰ろう。テオロッドへ」
皆は、ゆっくりと歩き出す。
ミサキは、タツオにヒーリングを続けている。
無言だった。
この夜。
俺たち、世界が動き出すのを感じていた。
そして、戻れない一線を越えてしまったことも。




