第十話 焼け跡と、神獣の咆哮と。
翌朝。半日ほど旅を続けると、目的地付近に到着した。
国境付近。
領域に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
それまで続いていた草原は、ところどころ黒く焦げつき、
木々は途中からへし折られ、無残に炭化している。
「……焼け跡、増えてきたな」
俺の呟きに、誰も答えなかった。
全員、同じことを感じている。
——これが、神獣の通り道。
被害の規模が、その恐ろしさを際立たせていた。
さらに進むと、鼻を刺す焦げ臭い匂いが強くなる。
灰が舞い、地面はところどころガラス状に溶けていた。
その時だ。
——ォオオオオオオオオオッ!!
腹の底を揺さぶる咆哮が、空気を震わせた。
直後、甲高い悲鳴が重なる。
「……村だ」
俺は即座に馬車を止め、飛び降りた。
「行くぞ!」
全員が頷き、走り出す。
「アレクシオ!ここに残れ!」
俺は振り返りざまに叫んだ。
「いやだ!俺も行く!」
即答だった。
——ォオオオオオッ!!
再び咆哮。
時間がない。
「……っ!」
説得している余裕はない。
「いいか、イエナのそばを離れるなよ!」
俺はそう言い捨て、前を向き走り出した。
現場に辿り着いた瞬間、言葉を失った。
そこにいたのは——
十メートルはあろうかという、巨大な龍。
黒曜石のような鱗に覆われた胴体。
翼は村の家屋を押し潰し、
開いた口から、灼熱の炎が吐き出される。
村は、すでに半壊していた。
逃げ遅れた人々が悲鳴を上げ、
家々は次々と燃え上がっている。
まるで——
タツオのフレアバースト級。
いや、それ以上かもしれない。
俺たちは村外れの広場に陣取った。
「布陣!」
俺は叫んだ。
戦闘の中心にタツオ。
その左右に俺とミサキ。
後衛にイエナとアレクシオ。
「まずは様子見——」
俺が指示を出そうとすると、
「様子見いらないでしょ」
タツオが一歩踏み出して、言った。
「火力勝負だ」
次の瞬間。
「——フレアバースト!!」
紅蓮の奔流が、一直線にドラゴンへ放たれる。
だが。
ドラゴンは咆哮と共に、巨大な火球を吐き出した。
——ドォンッ!!
二つの炎が正面衝突し、
爆風が辺り一帯を吹き飛ばす。
「……相殺?」
俺は思わず漏らす。
マジかよ……。あのタツオの極悪技を。
同時に思った。
あの火力を食らったら、俺たちは一瞬で焼け死ぬ。
「ダメだ。火力を溜める時間が必要だ。
ユイト、時間を稼げる?」
タツオが言う。
「了解。——ミサキ!」
俺はミサキを呼ぶ。
「分かってるべ!」
ミサキが即座に術式を展開する。
紫の光が揺らぎ、ドラゴンの視界を覆った。
「幻惑成功!」
「今だ!」
俺は地面に手をつき、土の式術を展開する。
地面が崩れ、
龍の足元が一気に沈み込んだ。
「よし、タツオ、もう一度——」
だが。
ドラゴンは、見えていないはずなのに。
その首が、ゆっくりと回る。
視線の先は——
イエナと、アレクシオ。
ドラゴンは、まるで見えているかのように。
真っ直ぐに見据えて、口を大きく開けた。
「……イエナ!退避!!」
俺は叫んだ。
次の瞬間。
火球。
俺は反射的に、ドラゴンとイエナの間に入り込み、
土の壁を生成した。
——ドォン!!
壁は砕け、熱風が突き抜ける。
「くっ……!」
完全には防ぎきれない。
体に熱が走った。
瞬時に、水を自らに浴びせて消火する。
「ユイトさん!」
イエナの声と同時に、
緑の光が身体を包む。
火傷が、即座に癒えていく。
「アレクシオ!」
俺は叫んだ。
振り返ると、
アレクシオはその場に立ち尽くし、震えていた。
「しっかりしろ!」
アレクシオの肩を掴み、俺は怒鳴る。
「アレクシオっ!震えるな!お前の雷を——ぶち込め!!」
アレクシオは歯を食いしばり、
震える手を前に突き出した。
「……っ、うおおおおおお!!」
雷鳴。
白と紫の稲妻が、一直線に走る。
雷はドラゴンに直撃し、
全身を貫いた。
——ギャアアアアアッ!!
ドラゴンが苦悶の声を上げ、暴れる。
しかし、致命傷にはなっていない。
その直後。ドラゴンの背後から、タツオの声が聞こえた。
「上出来だよ、アレクシオ」
タツオが、静かに言う。
両手を掲げ、
赤の式が限界まで膨れ上がる。
これまででも、最大級だ。
タツオの赤い髪が、熱風で逆立っている。
「フレアバースト!!」
今度は、逃げ場はない。
爆炎が、ドラゴンの全身を包み込む。
炎は天を焦がし、
村一帯を昼のように照らした。
ドラゴンはもだえ、
暴れ——
そして。
——ズゥン。
巨体が、地面に崩れ落ちた。
静寂。
ただ、炎の燃える音だけが残った。
俺は、ゆっくりと息を吐き、呟いた。
「……討伐、完了だな」
誰も、すぐには声を出せなかった。
アレクシオは、膝をついたまま、
呆然とドラゴンを見つめている。
その肩を、イエナがそっと抱いた。
「……よく、頑張ったね」
アレクシオは、震える声で答えた。
「……俺、戦えた?」
「やるじゃん、アレクシオ」
タツオが笑って言った。
俺たちは、ドラゴンの討伐の証拠として、
角と鱗を剥ぎ取っていた。
馬車に乗り込むと、イエナが呟く。
「あのドラゴン……何か変です。
私が知っている神獣とは、何かが違う」
「……何がおかしいんだ?」
俺は聞いた。
「普通、魔獣は自らを攻撃してくるものを狙います。
生物の本能的に。
さっきのドラゴンは……明らかに〝私たち〟を狙っていました。
遠くにいて、傍観していた私たちを。
幻惑で目が見えていないはずなのに。
知性があるのか、あるいは……」
確かに、本能の動きとしてはおかしい。
俺たちの戦闘力を測れるわけもないし、
仮に測れたとしても、狙うべきは最初に交戦したタツオになるんじゃないだろうか。
アレクシオは、まだ震えがおさまらないのか、
毛布に包まっている。
無理もない。
俺だって、怖かった。
咄嗟に、身体が動いた。
考えるより先にイエナの前に立っていたが…
一歩間違えれば死んでいた。
改めて、死と隣り合わせの世界であることを実感する。
……これで、ドラゴンの脅威はおさまったはずなのに、
俺はなぜか、これからもっと大きな脅威が待ち受けているように感じた。
「アークネイヴァー、楽しみだね」
タツオだけが、まるで遠足に来ている子供のようにはしゃいでいる。
いつもはわずらわしいその無邪気さも、
暗いムードになっていた馬車の中ではありがたかった。
俺は、黙って馬車を目的地へ走らせる。
アークネイヴァー。
〝寛容なる隣人〟として始まったその国は、
今や科学都市国家として世界に君臨している。
式術のない、文明の国。
そこで、待ち受けるものを、俺たちはまだ知らなかった。




