第九話 旅のはじまりと、混入者と。
翌日。集合場所に集まったのは、
俺たちフォーリナー三人に、イエナを加えた四人だった。
ガルフが見送りに来たが、
「気をつけろよ」と一言だけ言った。
あれこれ言ってイエナに怒られたくないのだろう。
と、勝手に父親の気持ちを察した。
サイレスに教わった通り俺は馬車を動かし始める。
前部座席にはイエナとミサキ。
後部座席にはタツオ。
タツオが出発早々はしゃぎながら言った。
「ねえ、新しいチーム名どうする?」
「のんきでいいよな、お前は」
俺は手綱を握りながら答える。
「せっかく、国の未来を背負ったチームなんだから、カッコいいのにしたいよね」
タツオはやけに楽しそうだ。
「適当に考えとけ」
俺は、慣れない馬車の運転に気をつかっているのだ。
タツオに構っている暇はない。
「ノリが悪いなぁ」
タツオは不満そうに言った。
ぶっ飛ばしてやろうか、こいつ。
イエナとミサキは、女子たちらしく、お喋りに花を咲かせていた。気が合うか少し心配だったが、イエナが見事に聞き役に徹している。
「ミサキさんは、オウシュウ出身なんですよね。
雪が多いって聞いたことがあります。積もるんですか?」
イエナが聞く。
「冬はずっと、国中真っ白だべ。
雪遊び楽しいけど、雪かきはしんどいべ」
ミサキは答える。
「あと、仲間なんだから、敬語はやめてほしいべ。呼び方もミサキでいい。私も、イエナって呼ぶ」
それを聞くと、イエナは笑って言った。
「分かった。じゃあ、ミサキ、ね。
式術学校は楽しかった?」
「そうだな。こいつらの面倒みてると飽きなかったべ」
「おいミサキ」
俺がツッコむと、イエナがくすっと笑った。
「みんな仲良いんですね。うらやましいなぁ」
「誰も相手をしなかったから、仕方なく私が声かけてやったんだべな?」
ミサキは得意そうに言う。
最初は少し距離のあった二人だったが、イエナは上手だった。
質問の仕方が柔らかくて、相手を気持ちよく話させる。
いつの間にか、ミサキの方からも質問を返している。
よしよし。
なんとかこのチームもやっていけそうだ。
俺は前を向いたまま、一人頷いた。
車の運転中の父親って、こんな心境なのかな……。
そんなことを考えるながら、手綱を軽く引く。
タツオはというと、出発して三十分もしないうちに、
後部座席で完全に寝ていた。
規則正しい寝息が聞こえる。
予想通りではあるが、ここまで見事に自由にされると、腹が立つな。
……後でこきつかってやろう。
テオロッドを出て、二時間ほど経った頃。
イエナの提案で、小さな村で休憩を取ることにした。
「ユイトさんも疲れているでしょ?」
その気づかいが、胸に沁みる。
「もう着いたの?」と言いながら伸びをしているタツオは、ぜひイエナを見習っていただきたい。
この村は以前、特使として訪れたことのある村らしい。
村長や数人の大人たちが、馬車を見るなり駆け寄ってきた。
「これはこれは、イエナ様!」
「お元気そうで何よりです!」
イエナはにこやかに応じ、軽く会釈をする。
さすがの人身掌握である。
俺も馬車を降り、軽く体を伸ばした。
護衛クエストの時はテリーズに馬車を任せっきりで申し訳なかったなぁ、と思っていると。
——ゴトン。
積荷の樽の一つが、明らかに動いた。
一瞬で、体が硬直する。
アクアスライム……!?
反射的に、あの時の感触が蘇った。
俺は手を構え、イエナも半歩前に出る。
「……何かいる」
ミサキが幻惑の準備をする。
樽が、もう一度揺れた。
次の瞬間。
蓋が内側から押し上げられ、
中から——
人間の子供が、顔を出した。
「……っ!」
金髪。
見覚えのある顔。
あのクソガキ王子である。
「アレクシオ!?」
イエナが声を上げる。
樽から飛び出してきたのは、間違いなく王子だった。
「まさか……潜り込んだの!?」
イエナは驚きと同時に、すぐに説教モードに入った。
「我慢するの大変だったぜ」
アレクシオは体を伸ばしながら言った。
「勝手についてくるなんて……!
ユイトさん。すぐ戻りましょう」
そう言ってイエナは俺を見る。
「ダメだよ!」
アレクシオはそれを制した。
「俺がイエナを守るんだ。こいつらだけには任せておかない」
アレクシオは、真剣な顔で言った。
並々ならない気迫を感じる。
場が、一瞬静まる。
その沈黙を破ったのは、寝起きのタツオだった。
「ま、いいんじゃない?」
あくび混じりに言う。
「え?」
ミサキが振り返る。
「一人増えるだけでしょ。本人が行きたいならいいんじゃない。自分の命くらい、自分で守れる自信があるんでしょ?」
口調は柔らかいが、明らかに——脅しである。
タツオなりに、説得しようとしているのかもしれない。
アレクシオは一瞬口をつぐむ。
「……当たり前だろ!お前ら全員、俺が守ってやるよ」
「ふーん。頼もしいね。ドラゴンにびっくりして、おもらしとかしないでよ?」
タツオはバカにするように言った。
「するかよ!おもらしなんて、もう二年もしてないぞ!」
「へぇ。二年前までしてたんだ。今何歳?」
「十一歳だ!……あのな、俺は王族だぞ!それに、お前より、俺の方が先に式術学校卒業してるんだぞ!先輩だぞ!」
「残念ながら僕はテオロッド国民じゃないので王族に興味はないし、君は二式?だっけ?僕は一式。
テオロッドではどっちが偉いの?」
「……っ!!うるさい!!」
「口で負けて叫ぶなんて、まるで赤ちゃんだね。あやしてあげようか?」
いつのまにか、精神年齢同レベルの舌戦が始まっている。
こんなに生き生きしているタツオは初めて見た。
しかしどうしたものか。
俺は頭を抱える。
面倒くさい。
しかし、ここから引き返してまたここまで来る時間を考えると、先を急いだ方がいいだろう。
こうしている間にも、ドラゴンの被害が拡大しているかもしれない。
「もういい、分かった」
俺は一度、深く息を吐いた。
「条件付きで同行を認める」
俺がそう言うと、アレクシオの目が輝く。
「さすがリーダーだな。俺の力を分かってるじゃないか」
「ただし」
俺は続ける。
「前線には出ない。絶対にだ。
戦闘が始まったら、俺たちの後ろから一歩も動くな。
破ったら、即座に縛って村に送り返す」
アレクシオは、不満そうな顔をする。
「まぁいいか。連れてってくれるなら。おい、お前。
ユイトだっけ?ほめてやろう。いつか家臣にしてやるからな」
——やっぱりクソガキだ。
今すぐ樽に戻して放り出してやろうか、と思ったが、
イエナの目線があるのでやめておいた。
村での小休止を終え出発準備を整えていると、ミサキがそっと俺に近づいてきて、耳打ちする。
「……ライバル連れてっていいんだべか?」
「……は?」
俺は、言葉の意味を理解するのに一拍かかった。
どういう意味だ?
ミサキは、アゴをくいっ、と動かし、俺の視線に指示をする。
前を見ると、アレクシオはイエナの隣にぴったり張り付いている。
得意げな顔で、何やら話しかけていた。
……ああ、なるほど。
どうやら、ミサキは中々鋭いようだ。
俺の気持ちに気づいている。
言われっぱなしも癪なので、俺はミサキに耳打ちした。
「お前こそ、タツオとどうなんだ?」
「なななな、なんの話だべ!?」
ミサキは顔を真っ赤にして馬車に逃げ込んだ。
俺は、馬車に乗り込み一同声をかけた。
村を出発してしばらくすると、空がゆっくりと茜色に染まり始めた。
夜の道中は魔獣が活発化するため、無理はしない。
見晴らしのいい小高い場所を見つけ、そこで野営をすることにした。
近くには森と川があり、水も焚き火用の木材も十分に確保できる。場所としては申し分ない。
俺は、夕食の準備に取り掛かる。
道中、運良くリーフボアの群れに遭遇し、数匹仕留めておいた。今日はローディンと作りあげたリーフボアのソテーである。
俺は手際よく下処理をし、シンプルに塩焼きにする。
手際に関してはローディンには到底及ばないが、
味に大差はでないはずだ。
焼き上がった肉を配ると——
「……おいしい」
イエナが目を丸くした。
「こんな料理、祝祭でも食べられないです」
「男子寮は、こんなの食べてたんだべか……」
ミサキも驚いた顔で肉を見つめている。
ふふふ。そうだろう。
俺とローディンで魂込めて作り上げたレシピだ。
充分に堪能するがいい。
「うん。悪くない」
アレクシオが腕を組んで言う。
「が、もう少し甘さが欲しいな」
クソガキが。
俺は何も言わず、肉を一切れ減らしてやった。
食事が終わる頃には、すっかり日も落ちていた。
焚き火の火が心地よく、体の芯まで温まる。
だが、歩き通しだったこともあり、汗が気になった。
うん、風呂、入りたい。
寮で実践したクオリティオブライフの向上により、俺は贅沢な身体になってしまったようだ。
幸い、すぐ横に川はある。
つまり、水もある。
素材をそのまま使う分には頭痛も起きない。
問題は——器だ。
「おい、タツオ。仕事だ」
俺は立ち上がり、タツオを連れて少し焚き火から離れた場所へ向かった。
地面の土を掘り、形を整える。
簡易的なバスタブを作り、タツオに声をかける。
「ここ、焼いてくれ」
「了解」
タツオが赤の式で一気に焼成する。
土は硬化し、十分な強度を持った。
さらに周囲を土壁で囲い、視線を遮る。
即席だが、立派な浴場ができあがる。
青の術式で水を張り、
そこにタツオが慎重に熱を加える。
「……よし」
最後に、おまけで風呂桶も作っておく。
完璧だ。
俺とタツオは焚き火に戻り、
念のため持参していた石鹸をイエナに手渡した。
「俺の国の文化を堪能してくれ」
イエナは少し驚いたあと、微笑んで受け取った。
俺は、入浴の手順を簡単に説明する。
イエナとミサキは頷き、浴場の方へ向かっていった。
「裸になるなんて、なんか恥ずかしいね」
などと話している。
やめてくれ。想像してしまう。
その背中を見送りながら、
男三人で焚き火を囲む。
いや、正確には男二人とクソガキ一人だ。
タツオとアレクシオは、チーム名問題について議論している。出てくる名前は、タツオアベンジャーズとか、アレクシオンとか、自分主体の名前ばかりだ。
くだらすぎて参戦する気の起きない議論だった。
——そろそろ、上がる頃か。そんな風に思っていると。
「……遅いな」
アレクシオが立ち上がって言った。
「心配だから、様子を見てくる」
「ダメだ」
俺は即座に首根っこを掴んだ。
「離せ!」
「ダメなものはダメだ」
俺は低い声で言う。
「お前の考えなどお見通しだぞ」
そう。俺も同じことを一瞬考えた。
だが、大人として人道を裏切るわけにはいかない。
分かるか、少年よ。
アレクシオは口を尖らせた。
「し、心配してるだけだ!」
「それは俺の役目だ」
アレクシオは不満そうにしながらも、渋々座り直した。
俺はため息をつき、焚き火に薪を足した。
少しすると、イエナとミサキが再び目を輝かせながら帰ってきた。だいぶ高評価のようだ。
ほんのり、石鹸の香りがただよう。
俺と同じ石鹸のはずなのに、香りが違うように感じるのは何故なんだろうか。
その後、俺たちも風呂に入った。
アレクシオは嫌がっていたが、強制連行した。
男には裸の付き合いも大切である。
嫌がっていた割に、湯船に浸かるとアレクシオは感動していた。広めに作っておいてよかった。
三人入っても、足が伸ばせる。
やはり、風呂は最高だ。
タツオとアレクシオも口喧嘩もなく、
ゆっくりと風呂を堪能していた。
全員風呂から上がると、俺はお茶を淹れた。
サイレス仕込みである。
湯上がりの体に、苦味が沁みる。
皆も同じ気持ちのようだ。
馬車、食事、風呂の世話まで俺担当。
もはやリーダーというより保護者である。
夜も深くなり、そろそろ交代で睡眠をとりたい。
ここまで来ると、寝る場所にもこだわりたくなる。
どうにかならないか。
素材に変化を加えることもできそうだが、
例の頭痛も心配だ。
ましてやサイレスの話を聞いた後だ。
寿命を削る可能性もある。
今ある素材で、どう寝床を作るか。
俺はとりあえず、先ほどの風呂を再利用することにした。
水を抜き、そこに森から集めた枯葉を集めに敷く。
その上に馬車の荷台に積まれていた帆布を広げた。
完璧とは言えないが、地面に直接寝るよりはずっとマシだ。
試しに寝転がってみる。
うん。良い感じ。
木の根を枕にして、首を痛めることはなさそうだ。
焚き火の音が一定のリズムになり、
森のざわめきも、昼間のそれとは別物に変わっていく。
俺とアレクシオは、それを挟んで向かい合っていた。
「……なんで俺とお前なんだよ」
アレクシオが、恨めしそうに言った。
「お前、雷の二式だろ」
俺は焚き火から目を離さずに言う。
「タツオは赤の一式。
火力担当は分けた方がいい。
皆を守ってくれるんだろ?」
「……ふん。まぁ、そうだな!」
「魔獣が来たら、頼むぞ」
「当たり前だ!任せておけ!」
アレクシオは、細い胸板をドン、と叩いた。
もちろん、建前である。
本音はもちろん、
お前をイエナの横に置く気はない、である。
所詮まだ子供。
御しやすく、可愛いもんだ。
「なぁ。それ、カッコいいな」
アレクシオは俺の頭を指して言った。
イエナと一緒に買った、鉢金だ。
「これか?ハーラッド商会で買ったんだ」
「俺も欲しい」
「いや……お前はやめといたほうがいいんじゃないか?」
「なんでだよ!」
「雷は、金属に集まるだろ?
これつけてたら、お前の式の邪魔になるかも」
「あ……そうか。じゃあ俺は何つけたらいいんだよ……」
「麦わら帽子でも買ってやろうか?」
「バカにするなよ!」
くだらないやり取りをして、時間を潰す。
だが、しばらくするとアレクシオはこう言った。
「……なぁ」
「ん?」
「俺、ちょっと眠くなってきた……」
そう言いながら、
アレクシオは自然な動作で立ち上がり——
そのまま、イエナの寝ている寝床の方へ向かおうとした。
「ダメだ」
俺は再び、首根っこを掴んだ。
「なにすんだよ!」
「戻れ」
「子供は寝る時間なんだぞ!」
「都合のいい時だけ子供を出すな!
お前は今、夜番だ。責任を持て」
「……ちぇ」
俺はアレクシオを引きずり、元の位置へ戻した。
そんなやりとりをしていると、
なんだか生意気な弟のように思えてきた。
交代の時間になった。
「交代だ」
俺がそう言うと、
タツオは寝ぼけた顔で立ち上がり、
イエナも静かに頷く。
その時。
ミサキが、
なぜか目を真っ赤にして、俺の袖を引いた。
「……ユイト」
「ん?」
顔を近づけると、
ミサキは小声で、しかし真剣に言った。
「次の夜番、私とタツオを分けてくれ」
「……は?」
「分かってるべ!?……眠れないべ」
理由を聞く前に、
俺は、はっとした。
あ。そう言えば。
うっかり、
ミサキとタツオを横にしてしまった。
俺は、配慮不足を反省する。
しかし……となるとチーム分けが難しいな。
タツオとミサキが離れるかつ、
火力分散も考えると、
俺、タツオ、イエナの選択肢しかないか。
「分かった。俺はこのまま起きてるから、アレクシオと寝てくれ。なんだかんだ眠そうだし。ミサキも寝られてないんだろ?俺は、次でいい」
ミサキは頷くと、目を擦るアレクシオを連れて寝床に戻った。
夜はまだまだ、長くなりそうだ。
焚き火の火が、パチっと小さく爆ぜた。




