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ツーバイフォーの角材をそのまま縮小したようなつまらない形の人参を食べていると、卓上にあるオートフォンが鳴った。
グラスの中に残っていた水で飲み込んでから応答すると、オートフォンの相手は兄の死を告げた。病院からの電話だった。「所持品からあなたを見つけるのが大変でしたよ」と職員が愚痴を漏らした。
オートフォンを切ってからツーバイフォーの人参をもうひとつ噛んだ。
兄とはここ何年も会っていない。兄弟も同級生も一定期間を共にするだけで、離れてしまえば特に会う理由も無いし、保険や壺を売りたいなんて事でもなければ連絡をすることもない。
だから兄が死んだと他人に聞かされたところで特に動揺する事もなかった。他人の中でも比較的近い他人が死んだだけの話だ。そして少しだけ世界が歪になっていく、それだけだ。
不貞腐れた幼児が塗りたくった様な投げやりな青空が広がっている。天気予報は見ていないが、たぶん雨は大丈夫だろう。五月は気象局の職員が休みを取るから、人工雨が降るとしても大した量じゃない。休めなかった職員の憂さ晴らし程度だろう。
胡乱な光を返すアスファルトの歩道は汚れひとつない。行政は良くやっている。いや、実際には行政が買ったマシンが清掃をしているに過ぎないが、それにしても綺麗だ。いつだって敷きたての様に見える。
かつては歩道に黒いシミ(誰かが吐き捨てたチューインガムらしい)や茶色い物体(紙巻きタバコの内容物)だとか、そのほかのガソリン自動車の油汚れ、人間の吐瀉物、動物の糞尿で汚かったと言う話を聞いた事がある。
今では汚れた瞬間に清掃マシンが飛んできて、あっという間に綺麗にしてしまう。真っ直ぐに伸びる綺麗な歩道、ヒステリックな美しさで世界は歪んでしまっている。
兄の死因は事故死だそうだ。事故死と言ってもほぼ自殺みたいなもので、オートバイに乗ってそのまま崖から飛んだと言う話だった。ブレーキをかけた形跡が無いので自殺として処理しますよ、たまたま同席していた警察は顔も見ずに言った。
兄の遺体は破損が酷く、目視の確認は勧めないと言われた。ただ体細胞から兄である事は間違いがないので、と病院職員が小さな声で付け足した。
そのまま遺体の処理とバイクの処分をそれぞれに頼んだ。彼の部屋にある荷物やその家賃、それらについてはまた連絡がくるだろうと考えて今は何もしない事に決めた。
カーブを曲がりたくなかった兄は加速し続けるオートバイの上で何を考えていたのだろうか。兄が見た空の色はどんな色だったんだろうか。最後に見えたのは茶色い崖なのだろうか。または彼が過ごした日々なのだろうか。
工場で生産されたツーバイフォーの人参を噛む。常に一定の味がする。期待以下でもないし期待を超える事もない。いつだって同じ味だ。
野菜が土から離れて久しい。工場で栄養や光を管理された野菜は常に一定の成長をして、一定の味に到達する。不必要なものが無いからだと言う。つまり土には不必要なものが多く含まれていて、それが不安定要素を生み出していた訳だ。
社会の殆どがオートメーション化されてしばらく経つ。それらのシステム管理に必要な最低限の人間以外は労働をしない。学習をするものもいるがあまり多くは無い。
人類は発展のピークを迎えた。そして衰退していった。人類がこの地球に不必要なものとなり、次第にその存在は排除されていった。生殖による生命の数珠は途切れることになる。街は常に一定の美しさを放つ。
兄の見た景色。兄と見た景色。兄と過ごした日々。何も分からない。何も覚えていない。何も思い出せない。兄の顔も声も何ひとつ記憶に無い。果たして兄は存在したのか。兄は誰かにとって必要な存在だった事があるのだろうか。
ツーバイフォーの人参を噛む。味もしなければ音もしない。ツーバイフォーの人参を飲み込む。喉はなんの感触も示さない。ツーバイフォーの人参が胃に落ちていく。それは兄ではないだろうか?身体の中でゆっくりと溶けていく兄を想像してみたが、すぐにやめてしまった。
カーブを曲がりたくないなと思った。明日はオートバイを買いに行こうと思う。




