ただいま
おじさんは楽しくないものだと思っていた。
仕事に追われるのに、毎日同じ電車で同じ会社に行かなければならない。そんなの学校と変わらないというのに、やることはつまらない地味な仕事を休憩挟んで長い時間している。
そう思っていたのだ。
それのどこが楽しいのか。
何が嬉しくて、その仕事に就いているのか。
家族が出来て、その家族と暮らす家から通いやすいまだマシなところへ勤めているのか。
それが、自分にも訪れる将来の日々なのかと。そう思っては落ち込んでいた。しっかりテストの成績にも響いた。
夕方も黄昏るようになっていた自分の姿が電車の窓に映る。
その姿が見たくなくて目を背けるようになった。
三者面談の言葉も右から左に流れていく。ていのいい言葉を返して終わる。
何事もなく無事に済ます。
自分もスマートフォンで音楽を聴いたり、ゲームをしたりする。連絡だってもちろん取る。
それは、電車で一緒の車両に乗り合わせた周りのおじさんも、おじさんだけじゃないおばさんも一緒だ。
ある日、隣り合わせたおじさんが自分のスマートフォンの画面を見たのかぼそりと言った。
「それ、俺もしてたな若い頃」
ハッとしておじさんを見ると、立ち上がって下車していった。眺めることしかできなかった。
いや、声をかけても何を話すんだ。
頭の中で自分を俺と名乗っていて、隣に座るおじさんにこういっている。
―「おじさん。おじさんって楽しい? 何を楽しみに生きているの?」
扉が閉まり出発案内のアナウンスが流れる。警告音が響き渡る。閉まりだす扉、空気の圧を感じるような音が耳に響く。優しくでも確実に閉まる扉に安堵すら覚える。
わずかに浮いていたお尻を下ろし。しっかりと座りなおす。
若干こちらの動きが気になった隣の人の視線を感じたが、気にする余裕もなくひと息つく。
見るともなしに視界に入った向いの席の乗客は目が合わないように視線を動かして俯いてスマートフォンを見る。
やっぱり大人は……。そんな言葉も浮かぶものの何をそんなに他人に期待しているのか。
―「かっこいい!」
幼い少年の声が頭に響いた。思い浮かぶその姿は、いつかの自分の幼い姿だった。
何か見せてくれようと対応してくれた仕事をしていたおじさん。その優しさが嬉しくってはしゃいだ。
お礼を言う親の声もよみがえってくるようだ。
去り際の挨拶を自分がおじさんと先にする。おじさんは親とも挨拶をしていた。嬉しさと暖かさをくれたおじさんに「かっこいい」と呟いた。
自分の中での大人という人物はこういうものなんだと強く印象に残ったのだった。
そんな憧れを抱いた過去の自分が問う。
―「お前はあんなにかっこいい大人になれるのか?」
今まで考えてきた将来のことが頭の中を駆け巡る。
この質問に縛られて、あれもダメこれもダメって思って落ち込んみふさぎ込んだんじゃないか。
大人は憧れたおじさんだけじゃなく、親だって教師だって、周りにいたんじゃないのか。
その大人たちにも自分は何を見て何を思った?
―あの疲れたおじさんの基崩された服の感じ。いやだ。
―肌がくすんできてしわが出来ていて、動画を一身に見て集中してる。あーはなりたくない。猫背だし。体痛くないのか。
―何か口元はぶつぶつ呟いているようで動いている。視線も何を見ているのだろうか。少なくとも広告は見てなさそうだ。
―先生はこういう時、どういう反応や対応をするんだろう。なるほど。先生ってああなんだ。
数え出したらキリがない。
この数か月だけでもたくさんある。
毎日そんなことをおじさんやおばさんを見かけるたびに思って、自分はそうはなりたくないと考えるのに、そのための行動を、何かするわけじゃない。
最低だ。
親の言葉や教師が勧めてくれた進路や親の言葉へのフォローが思い出される。
―そんな大人になりたい。
職種でも職業でもない。大きな将来の夢に苦笑いが口元をゆがませた。
次の駅のアナウンスの声が自分を現実へと引き戻させた。
急に恥ずかしくなり、ぎゅっと目をつぶる。
急いでスマートフォンを取り出して、画面を表示させて時計の数字を見つめる。
顔の筋肉が緊張して、なかなか緩められない。仕方がないので、咳払いをした後、顔の筋肉を動かしストレッチをする。当然、咳払いの時に手で口元を隠した形そのままにして口元のストレッチを終える。終えると同時に手を下ろす。
次の停車駅が自分の降りる駅。
なんて有難い。
前もって、扉の前まで移動する。
もう、自分の視界に移る大人の姿は、排他的に嫌なものではなくなった。
今日の夕飯は何だろう。
親の顔を思い出す。
「お腹すいた」
下車する人の流れの邪魔にならないように移動する。足の運びが徐々に思うように動き始める。
いつもよりも軽い足取り。
前を向いて歩く姿。
跳ねる髪の毛。
自転車の音も車の音もなんだか新鮮に聞こえる。
今日は顔を見て「ただいま」って言おう。




