ショートショートⅧ「君は太陽(見たことないけど)」
「あ~もうそこどいてよ~。ヒカリ、あんた明かりつけてないからどこにいるかわからなくて迷惑なのよ~。」
「くすくす。明かりをつけてないんじゃなくて、つけられないのよ。ヒカリって名前なのにね、可哀想な子~。」
周りの女子たちが、ヒカリと呼ばれる一人の女の子を囲み、口々に酷い言葉を投げかけている。
その者たちは皆頭から誘引突起というものが生えており、その先端は「エスカ」と言い、明るく光り輝いている。
そう、チョウチンアンコウのメスたちであった。
ヒカリもまたチョウチンアンコウなのだが、誘引突起はあるもののエスカの部分は光っていない。
ヒカリはうずくまり、わずかに涙を流していた。
すると突然、周りを囲んでいるうちの一人が、勢いよくヒカリに向かって泳いできた。
この女子たちを取りまとめる、大ボスだ。
「あんたなんかこの海の邪魔者なのよ!」
そう怒鳴りながら、右拳を振り上げた。
咄嗟にヒカリは両手で頭を覆い身を守ろうとした。
その時である。
ヒカリの目の前に小さな何者かが現れ、そのまま殴られて飛ばされてしまった。
ヒカリも大ボスも、何が起こったのかわからずしばらく立ち尽くしていた。
「イジメはやめろ!!」
飛ばされた小さな何かが、頑張って大声を上げている。
ヒカリは辺りを見渡した。
その声の主は、チョウチンアンコウのオスであった。
体はメスに比べてはるかに小さく、誘引突起も無い。
しかしそのオスは、殴られても負けじと女子たちの前に立ちはだかり、ヒカリをかばう姿勢をとって見せた。
「タイヨウくん…?」
そのタイヨウと呼ばれる小さな男子は、後ろを振り向き、ヒカリにニカッと笑って見せた。
「ヒカリ、俺が来たからにはもう大丈夫だ。俺に任せろ!」
すると、周りの女子たちが舌打ちをした。
「ケッ!あたいらより体の小さいオスなんかが出しゃばってくるんじゃないよ!あたいらメスがいないと生きていけないひも男どもが!」
「そうだそうだ!」
女子たちは一斉に罵声を浴びせている。
「第一、そんなエスカが光りもしない、狩りのできない奴のことなんかかばったところで、お前は生きていけないだろ?あたいらチョウチンアンコウは、光ってなんぼなのよ!」
太陽の光がほとんど届かないここ深海において、数多もの種類の魚たちが、生きていくために様々な進化を遂げてきた。
このチョウチンアンコウも、光を使い獲物をおびき寄せることで、捕食することが出来るという進化を遂げた。
だからこそ、誘引突起の先端のエスカが光らないのは、生きていく上で致命的なのである。
エスカが光らないために、獲物をうまく捕まえることが出来ないヒカリは、他の女子たちよりもひどく痩せ細っていた。
「いや、きっとヒカリのエスカは何か理由があって光らないんだ。でも絶対、光る時が来る!俺が光らせてやる!」
威勢よくそう言い放ったタイヨウに、ヒカリは少しドキッとした。
エスカが光らないことを理由に、ヒカリは今までずっとイジメられてきた。
そうしてヒカリは段々と心を閉ざしていき、生きる希望を失いつつあったのだ。
タイヨウとは幼なじみで、よくヒカリと遊んでいた。
ヒカリは、私なんかと遊んでいるとタイヨウくんもイジメられるよと言っていたが、タイヨウはそんなことはおかまいなしだった。
しばらく会えない日々が続いており、今日久しぶりに会えたと思ったら、イジメの現場に止めに入り、そんな心強い言葉を放ったのである。
「はんっ。どうやって光らせるんだ?どうやったってそいつのエスカは光らない!あいつはチョウチンアンコウなんかじゃない!」
先程タイヨウを殴った大ボスが、再びヒカリたちに接近してきた。また殴りかかろうとしているのかと、タイヨウは身構えた。
「あんたら変な者同士、どっか行っちまえ!!」
大ボスの拳が振りかざされる。
「やめろお!!!!」
タイヨウは叫びながら、殴られる前に大ボスの誘引突起を掴み、力強く握り潰した。
「痛い痛い!!痛すぎる!!」
「これがヒカリの心の痛みだ!!お前らにイジメられて、心が酷く傷付いたんだ!」
体の大きさはタイヨウと大ボスとではかなりの差があるのに、タイヨウは全く負けていなかった。
その必死なタイヨウの横顔に、ヒカリはまたしても心揺さぶられていた。
「お前のことも光らなくしてやって、ヒカリと同じ気持ちを味わわせてやってもいいんだぞ!!」
タイヨウが更に拳に力を入れながらそう言うと、大ボスは慌てて謝りだした。
「わかったから!ごめんなさい!だからもう離して!!」
そう言われ、タイヨウは握っていた誘引突起をパッと離した。
するとたちまち、大ボスは泣き出し、そのままどこかへと泳いで逃げていってしまった。
大ボスがいなくなったので、周りの取り巻き達も慌ててその場を後にした。
ヒカリとタイヨウの周りに、静けさが漂う。
ヒカリは全身の力が抜けてへにゃへにゃとへたりこんだ。
タイヨウがヒカリの元に近づき、へたりこんでいるヒカリの左手を取り、優しく握り締めた。
「ヒカリ、もう大丈夫だ。あいつらはおっ払った。仮にもしあいつらがまたヒカリをイジメに来ても、俺が必ず守るからな。」
ヒカリはまたしてもドキドキしてしまった。温かいタイヨウの手。
自分の中で、何かが動き始める音が聞こえてくるようだ。
「タイヨウくんありがとう…。でもどうしてこんな私のことを助けてくれたの…?」
タイヨウはヒカリの手を握ったまま優しく微笑んだ。
「君は、俺にとっての太陽なんだよ。まぁ本物の太陽なんて見たことないんだけど。」
タイヨウが頭上を見上げる。
深く暗い深海の世界だが、ごくわずかに、本当にかすかに、頭上には光が揺らめいでいるようである。
「凄いよなぁ。こんな深いところにも、わずかだけど光が届いてる。きっと太陽って、ものすごく明るいと思うんだ。」
ヒカリも頭上を見上げる。チョウチンアンコウの光よりも明るいって、想像がつかないなと思いながら。
タイヨウがヒカリをまっすぐに見つめた。
「ヒカリ、君は俺の心を明るく照らしてくれる太陽なんだ。」
ヒカリは、激しくなる自分の鼓動に気がついた。なんだか、何かこれまでには感じたことの無いような感覚。
「好きだ、大好きだヒカリ。だから、ずっと俺と一緒にいてほしい。」
ヒカリの中で、何かがボッと爆ぜた。
その瞬間、ヒカリの誘引突起の先端が、今まで一切光ることの無かったエスカが、明るく輝き始めたのだった。