表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

16 邂逅

1 静寂の部屋で


ほんの一瞬の隙。

散り散りに移動するスタッフたちに紛れ込むようにして、彼は目的の部屋へと滑り込んだ。


そこはまるで**"思考を沈める"**ために作られたかのような無機質な空間だった。

壁は淡いグレーで統一され、視覚的刺激を排除するように計算されている。

温度は一定に保たれ、外界の気配を感じさせない。

ただ、無音の冷気が静かに支配しているだけだった。


部屋の奥。


椅子に座り、中空をぼんやりと見つめる探偵の姿があった。


薬物催眠状態──それは、ひと目で分かった。


呼吸は一定で、身体は拘束されていない。

だが、その目は焦点を結ばず、虚空を漂うように揺れている。

意識がどこか遠くへ置き去りにされたような状態だった。


思わず舌打ちする。


だが、同時に安堵もした。


拘束がないということは、まだ本格的な実験が行われていないという証拠だ。

今なら、まだ間に合う。


彼は静かに探偵の肩に手を置き、慎重に声をかけた。


「……聞こえるか、探偵?」


しかし、返事はない。


手のひら越しに伝わる微かな体温。

それが、彼がここに"存在している"という唯一の証だった。


だが、探偵の意識はこの部屋にない。


「……おい、聞こえるか?」


もう一度呼びかけ、探偵の手を握る。


すると、探偵の指がわずかに動いた。


──反応がある。


ほんの微細な動きだが、確かに"触覚刺激"に対して応じている。

完全に意識を失っているわけではない。


―――

2 エコーの分析


ホログラムの光が静かに揺れる。

エコーは探偵の周囲をスキャンし、即座に状況を分析した。


「……まずいな。」


その声には、これまでにないほどの冷静さが宿っていた。


「探偵は完全に薬物催眠状態にある。下手に刺激を与えれば、かえって精神が不安定になる可能性がある。」


エコーの解析が続く。


「薬の成分は特定できないが、強力な精神安定剤か、催眠誘導剤の類いだろう。

おそらく、深層記憶や潜在意識を探るために使用されている。」


エコーの言葉は静かに響く。


「今は無理に覚醒させるよりも、少しずつ刺激を与え、意識を回復させるのがいい。」


それが、最適な手順。

しかし──


「選択の余地はない。」


彼は、探偵のIDを首にかけ、自分が着ていた白衣を彼に羽織らせる。


「ここから離れることが最優先だ。スタッフが戻る前に動くぞ。」


―――

3 撤退準備


探偵の手を取り、肩を支える。


「さあ、立て。俺と一緒に来るんだ。」


──ゆっくりと、探偵が立ち上がる。


しかし、その動きは"自発的なもの"ではない。

膝がガクンと折れ、体が揺れる。


「……っ!」


反射的に彼は探偵の腕を引き、倒れるのを防ぐ。

探偵はかろうじて立っている。

だが、まだ"ここがどこかも理解していない"。


唇が微かに動く。

しかし、その声はあまりに小さく、何を言っているのかは聞き取れなかった。


"まだ夢の中にいる"。


エコーのホログラムが、静かに光を揺らしていた。

普段の軽口はない。

代わりに、わずかにため息のようなノイズが響く。


「……これは"歩ける"とは言えねえな。」


探偵の意識はまだ曖昧だ。

完全に回復するまでは、まともに歩くことすら難しい。

今は"支えながら移動する"しかない。


「……だが、時間がねえ。移動ルート、探すぞ。」


エコーは即座に施設のハッキングを継続する。

ドアロックの状態、警備の動き、スタッフの移動経路──すべてを分析する。


そして、一つの答えを導き出した。


「聞け。」


エコーの声が、いつになく真剣だった。


「"現時点で、一番安全に出られるルート"を見つけた。」



―――

4 唯一の脱出経路


それは、地下搬入エリアを経由し、外部の搬出用シャトルに紛れ込むルート。

スタッフの移動によって警戒が分散している今なら、ギリギリ抜けられる可能性がある。


「だが……お前、"探偵を運べるか?"」


エコーのホログラムが、淡く明滅する。


探偵の意識はまだ戻らず、移動のたびにバランスを崩す可能性が高い。

ここから抜け出すには、"探偵の負担を最小限にする方法"を考えなければならない。


エコーのホログラムがわずかに揺れ、低く呟く。


「……こっちでサポートできることがあれば、言え。」


その声には、わずかに焦燥が滲んでいた。


探偵を連れて、ここを脱出する。

それが、今の最優先事項だ。


時間はない。

選択もない。


「行くぞ。」


彼は探偵の腕をしっかりと支えながら、足を踏み出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ