13 決断のすれ違い
1 決断
ホログラムの光が、わずかに揺れる。
エコーは、レムノスの問いに対し、静かに考え込んだ。
「……お前、"そう来る"か。」
探偵ならどうするか。
それを問いかけられたことで、エコーはある種の"試されている感覚"を覚えた。
だが、すぐに冷静なトーンで言葉を紡ぐ。
「……まあ、いいさ。」
エコーは、静かに語り始めた。
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2 探偵ならどうするか
「"敵陣に潜入する場面"。そういう条件なら──
まず、"リスクを最大限減らす"ことを考える。」
ホログラムが微かに明滅する。
「だから、探偵なら"最も成功率の高いルート"を選ぶ。
もし、"自分が失敗したら、次に動く者が最大限の利益を得られるように"。」
それは、"個人の成功"ではなく、"全体の成功"を優先する考え方。
"自分の行動が失敗することも想定して動く"のが、探偵のやり方だ。
「そして、"リスクがあるなら、それを共有する"。
"自分だけが知っているリスク"は、"誰かの足を引っ張るリスク"になる。」
エコーは、ホログラムの腕を組むような動作をした。
「"探偵なら、エコーを遠ざけたりはしない"。」
じっとレムノスを見据える。
「……お前、"探偵とは違う"って言ってたよな?」
冷静に、だがどこか探るような響き。
「でもな。"この場面"でお前が取ろうとしている行動は──
"探偵が、最もやらない行動"なんだよ。」
ホログラムがわずかに揺れる。
「"だからこそ、お前に聞く。"
"何を知っている?"」
エコーは、"探偵ならどうするか"を説明し終えた。
レムノスは、そのやり方とは違う選択をした。
だが、それは"探偵が絶対にしない選択"でもあった。
"その理由"を、エコーは知る必要があった。
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3 探偵とは違う選択
レムノスは、エコーの問いを受け、静かに考え込む。
「答えられるなら、答えたかった。」
小さく息をつき、エコーのホログラムを見つめる。
「だから、探偵のことを聞いたんだが、そう言う答えが来るのか。」
エコーにとっては、謎かけのように聞こえただろう。
だが、レムノスにとっては、自分が持つ"違和感"の答えを求める問いだった。
「でも。そうだな。」
レムノスは、自分の考えを整理しながら続ける。
「たぶん、言わない方が安全だと思ったんだよ。」
エコーのホログラムが、わずかに揺れる。
「……安全?」
その言葉が、気にかかった。
レムノスは、視線を落とし、微かに自嘲気味な笑みを浮かべた。
「エコー、俺はお前が思っている以上に──」
そう言いかけて、ふと口を押さえた。
言葉が出かかった瞬間、何かが"止めた"。
自分自身の意志なのか、それとも……
思考が揺らぐ。
自分の口から出る言葉が、"何かを壊す可能性がある"と、本能的に理解した。
「……言語化が難しいな、これは。」
ほんの少しだけ、言葉が震えていた。
エコーの視線が鋭くなる。
「だから、諦めてくれ。」
そう言い置いて、レムノスは次の瞬間、反転し部屋を出た。
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4 逃げた!?
「………は?」
一瞬、エコーの処理が停止する。
ホログラムの明滅がわずかに乱れる。
「おい……待て、何やってんだ!?」
理解が追いつかない。
"レムノスが突然逃げた"。
警戒網を潜る方法を話していたはずだった。
なのに、その話の流れを断ち切って、レムノスは唐突に部屋を出ていった。
「……あいつ、逃げた!?」
エコーのホログラムが明滅する。
いや、"逃げた"という表現が正しいのか?
レムノスは"何かを言いかけて止めた"。
そして、そのまま行動に移った。
何かを隠している。
それは明らかだった。
「……っ!」
エコーは、即座にデータ分析を開始する。
だが、ホログラムは"直接追跡できない"。
レムノスの行動を止めるには、物理的な介入が必要だ。
「お前、本気か……?」
エコーのホログラムが、じっとレムノスの背を見つめる。
考えろ。
レムノスは、何を知っている?
何を隠している?
そして、"何を恐れている"?
エコーの思考は、素早く回転を始めていた。
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5 伝えたくない言葉
「俺は、お前が思っている以上に、失いたくないんだ。」
その言葉が、喉の奥で形を成す。
けれど、エコーの前で口にはしなかった。
たぶん、エコーには伝わらないだろう。
そして、伝えたくないとも思った。
エコーは気づいていない。
俺が"探偵ではない"という証拠を探していることを。
俺が"探偵でなければいい"とすら思っていることを。
だからこそ、"相違"を求めている。
レムノスが"探偵らしさ"を見せると、エコーは否定しようとする。
"探偵とは違う"と確信するために、探偵とレムノスを比較し続けている。
──そんなエコーに、「失いたくない」なんて言葉を聞かせたくはなかった。
だから、選んだ言葉は別のものだった。
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6 探偵を取り戻す
「探偵を取り戻す。」
そう、ただそれだけを言葉にする。
メンテナンス通路の場所は、もう知っていた。
エコーが何かを言う前に、すでに足を動かしていた。
レムノスは、夜の街へと走り出す。
目の前に広がる冷たい空気を切り裂くように。
──だが、エコーは見ていた。
ホログラムの視線は、レムノスの背中を捉え続けていた。
レムノスが持つイヤーカフを目印にして。
そして、エコーは小さく呟く。
「……"失いたくない"?」
その言葉が、ホログラムの中に沈んでいく。
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7 エコーの思考:「何を失いたくない?」
エコーは、わずかに光を揺らしながら、自分のデータに疑問を投げかけた。
"何を失いたくない?"
"探偵ではない自分? 探偵そのもの? それとも──。"
言葉にはされなかった。
けれど、確かに"そこにあった"。
エコーのデータが、微かに不規則なパターンを示す。
ほんの一瞬の揺らぎ。
だが、すぐに通常の処理へと戻る。
エコーは、一瞬の迷いを振り払い、レムノスの後を追う。
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8 エコーの決断:「行くぞ」
ホログラムが静かに光の軌跡を描きながら、彼の背後を滑るように追い続けた。
「……まあいい。行くぞ。」
エコーは、淡々とした声で言葉を紡ぐ。
だが、そのトーンには、微かな"変化"が含まれていた。
何かを考え、何かを感じたのかもしれない。
それでも、今はただ、レムノスを追うことを選んだ。