12 潜入の策
1 リスク
「施設の場所、管理体制、警備状況。」
レムノスは、静かに言葉を紡いだ。
「エコー、お前ならどこまで調べられる?」
エコーのホログラムが、わずかに光を揺らす。
解析を開始する合図だった。
「リスクは多少あっても構わない。ここまで来て、安全に動けるとは思わない。」
レムノスの言葉に、エコーは小さく息をつくような動作をした。
「……まあ、そう言うと思った。」
「"ここまで来て、安全に動けるとは思わない"──な。」
どこか皮肉めいた口調。
しかし、それ以上の否定はしなかった。
「いいだろう。リスクを承知で動くなら、持てる限りの情報を出す。」
ホログラムが明滅し、淡い光のスクリーンが展開される。
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ノア・ラボの概要
所在地: シティ第4区・旧工業地区(公式には"バイオ技術研究施設"として登録)
施設構造: 地上5階、地下施設あり(詳細不明)
公式目的: 先端AI・バイオ融合技術の研究
実際の目的: 人格移植・記憶改変実験
管理体制と警備
管理者: ノア・システム社 第3研究部門(主任名不明)
警備システム:
外周警備: 民間セキュリティ企業による監視
内部警備: ノア・システム社直属の特殊警備部隊
監視システム: 高度なAI警戒網 / 24時間監視
出入り管理:
正面ゲート: ID認証 & バイオスキャン(外部者の侵入はほぼ不可能)
地下搬入エリア: 物資搬入ルートが存在する可能性
換気・メンテナンス用通路: 侵入経路として利用可能
内部構造(推測)
地上フロア
1階: 受付・警備チェックポイント
2~4階: 研究施設(AI・バイオ技術開発)
5階: 管理者フロア / サーバー室
地下施設(詳細不明)
実験室の存在が示唆される
"適性テストエリア"と呼ばれる空間がある可能性
潜入のリスク
最大の障害: AI監視システム(自律型警備システム)
ID認証の問題: 侵入者は即座に検知され、警備レベルが最上級に移行
AIの介入: 外部ハッキングは想定済みで、対策が強化されている
物理的ルートの選択: 隠密行動が必要
潜入プラン(リスク込み)
1. エコーのハッキングで警備レベルを下げる(リスク: 高)
2. 地下搬入ルートから隠密行動で侵入(リスク: 中)
3. メンテナンス通路を経由し、警備をかいくぐる(リスク: 中)
4. 正面突破(リスク: 極大 / ほぼ不可能)
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2 妙な確信
エコーは、ホログラムの光を揺らしながら言う。
「……以上が、現時点で知りうる情報だ。で、どのルートを選ぶ?
"俺のハッキングを頼るか"、"物理的なルートを使うか"、"他の方法を考えるか"。」
エコーは、レムノスの表情を探るように見つめた。
「どうする、レムノス?」
レムノスは、スクリーンに映る情報をじっくりと確認する。
「……すごいな。」
思わずそう呟く。
「ここまで詳細なデータが、取れるとは思わなかった。」
確かに、この情報があれば"なんとかなる"かもしれない。
「助かるよ、エコー。」
その言葉に、エコーのホログラムがわずかに明滅した。
"助かる"。
探偵が、何度も口にしてきた言葉だった。
そのたびにエコーは、軽口で返していた。
だが、今回は違った。
レムノスの声に、妙な"確信"があったから。
「メンテナンス通路を使おう。」
レムノスの声は、静かだが迷いがない。
「そこからなら、見つかっても誤魔化しが効く。」
合理的な判断。
エコーは、それが最も"成功率の高い"ルートであることを即座に計算した。
──だが、それだけではない。
レムノスの瞳の奥には、何かがあった。
エコーは、それを見逃さなかった。
何かを決意し、何かを隠している。
ホログラムの光が、淡く揺れる。
エコーは、それを察しながらも、あえて何も言わなかった。
レムノスが、次の言葉を口にするまでは。
「お前は来るな。」
──沈黙。
一瞬の間が、二人の間に漂う。
そして、エコーは低く呟いた。
「……"お前は来るな"?」
ホログラムの光が、微かに冷たく瞬く。
「おい、待て。
今の話の流れで、なんでそうなる?」
レムノスは"メンテナンス通路を選んだ"。
だが、それと"エコーが来るな"は関係がないはず。
サポートAIがいた方が、潜入成功率は確実に上がる。
それなのに、なぜ?
エコーのホログラムが、わずかに表情を動かしたように見えた。
「……何か、"知ってる"んだろ?」
探るような口調。
「"お前は来るな"って言うなら、それ相応の理由を言えよ、レムノス。
俺が納得できる理由をな。」
ホログラムがわずかに揺れる。
レムノスは、その視線を受けながら静かに言葉を紡ぐ。
「探偵ならこの場面、敵陣に潜入する場面でどうすると言うんだ?」
初めて。
レムノスは、エコーが思い描く"探偵"のことを、具体的に尋ねた。
少なくとも、この答えを聞くまでは、レムノスは自分の考えを明かすつもりはなかった。
エコーは、ホログラムの光を揺らしながら、しばし沈黙した。
──探偵なら、どうするか?
エコー自身にも、それは"問う価値のある"問いだった。