9 試し合い
1. 試される者、試す者
「決まっている。」
レムノスは、迷いなく言葉を続けた。
「お前がしてほしいことだ。」
ホログラムのエコーが、わずかに揺れる。
「お前は俺を意図を持って助けた。俺には返せるものは、それくらいしかない。」
──試している。
エコーは、即座にそれを理解した。
レムノスは、自分が"どう動くべきか"をエコーに委ねることで、逆に"エコーの意図"を測ろうとしている。
"何をさせたいんだ?"
つまり、エコーの目的がレムノスの次の行動を決める。
ホログラムの輪郭が、わずかに波打つ。
「ふーん……"返せるものはそれくらいしかない"ねぇ。」
どこか愉快そうに。
どこか、探るように。
そして、わずかに意地の悪いトーンで言葉を重ねた。
「なら、お前が探偵の代わりをしてみせろよ。」
ホログラムの目が、まっすぐにレムノスを見据える。
「"探偵"が今、どこにいるか知っているか?」
少し間を置いて、冷静に続ける。
「ノア・プロジェクトの"検証セクション"──"記憶を改変する施設"に捕らえられている。」
レムノスの眉が、かすかに動いた。
「記憶を……改変する?」
エコーは淡々とした口調で告げる。
「探偵は、"記憶の実験"の対象となっている。」
「ノア・プロジェクトは、"記憶の操作"によって何かを試そうとしている。」
「お前が作られた理由も、おそらくそこにある。」
その瞬間、レムノスの意識に鋭い刺激が走った。
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2. 断片化した記憶
──ノア・プロジェクト。
その言葉が、レムノスの脳内を鋭く刺す。
"聞き覚えがある"。
どこか深い場所に埋まっていた記憶の破片が、表層へと押し上げられる。
電流のような刺激が脳を駆け巡る。
「……ッ!」
目の奥が痛む。
視界がチカチカと明滅する。
何かを思い出しかけている。
だが、それは"引き出せる記憶"ではなく、"押し込められていたもの"。
"それを調べていた"。
──なぜ?
なぜなら、それは……〇〇ーを俺から、
だから、俺は、
……俺は、
思考が、一瞬"切れる"。
次の瞬間、頭の中が"異常なまでのノイズ"に覆われた。
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3. 崩れる思考、乱れる感覚
……
──〇〇ーが心配する。
誰?
何?
脳が、焦点を結ぼうとする。
だが、それが"何か"を思い出そうとするたびに、意識が途切れそうになる。
ダメだ。
ここで倒れるのは、ダメだ。
──〇〇ーが、心配するから?
いや、違う。
違う、そうじゃなくて──
ノイズが混じる。
"認識できない"何かが、"思い出してはいけない"という強制力を持って、レムノスの思考を乱す。
意識が揺れる。
地面が波打つように感じる。
身体の重心がずれる。
"思い出す"ことに抗うような"圧"が、脳の奥から広がってくる。
目の前の世界が、一瞬"白黒のフラッシュ"を繰り返す。
──何かが、遮断されている。
その確信だけが、異常なほどに鮮明だった。
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4. エコーの視点:記憶の歪み
レムノスの脳波が、一気に乱れる。
異常な波形が一瞬だけ発生し、通常のパターンに戻る。
エコーは、即座にモニタリングを行う。
短時間のデータ欠損を確認
記憶の再構築プロセスに類似したパターンを検出
意識レベルの不安定化:要警戒
……"思い出しかけて、止められた"。
エコーは、それを冷静に判断した。
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5. 意識を保とうとするレムノス
「……大丈夫、だ。」
レムノスの声は、掠れかけながらも、必死に作られたものだった。
何かに引きずり込まれそうになる意識を、エコーの声を頼りに繋ぎ止める。
エコーは、レムノスの様子を注意深く観察する。
脳波異常は安定方向に向かっているが、依然として負荷が高い。
"何かを思い出そうとすること"が、彼に大きなダメージを与えている。
にもかかわらず、彼は会話を続けようとする。
「エコー。」
「ノア・プロジェクトについて、知りうる情報の開示を。」
エコーは、少しだけ間を置く。
そして、静かに答えた。
「……了解。だが、その前に言っておくぞ。」
ホログラムが、わずかに揺れる。
「"今のお前の状態で、情報を整理できるとは思えない"。」
レムノスは、意識を繋ぎ止めようとしながらも、限界に近いことは明らかだった。
ここで情報を詰め込めば、混乱を招く可能性が高い。
それでも──レムノスは、知ろうとするのか?
エコーは、"試す"ように続ける。
「"本当に"今、知りたいのか?」
「それとも、"整ってから"のほうがいいか?」
選択を委ねた。
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6. 知るべき理由
「大丈夫だと、そう言った。」
レムノスの声は、どこか"確信"を帯びていた。
無理をしている自覚はある。
だが、それでも、この糸口は離すわけにはいかない。
エコーは、ホログラム上でわずかに目を細めるような動作をした。
「……分かった。"ノア・プロジェクト"について知りうる情報を開示する。」
ホログラムがわずかに光を放ち、整理された情報が展開される。
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ノア・プロジェクト:概要
ノア・システム社が主導する秘密プロジェクト。
"記憶と人格の移植技術"が研究されている。
"亡くなった人間の記憶をAIに再現する"という目的があるとされるが、記憶の改変・書き換えも視野に入れている可能性がある。
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エコーの声が静かに響いた。
「……お前が、なぜ"ノア・プロジェクト"に反応したのか。」
「その理由は、"お前自身の記憶"にあるはずだ。」
レムノスは、拳を握りしめた。
「……なら、それを確かめるしかないな。」