あなたを知りたい
緊急招集――
それは事故や災害、トラブルが発生した際に関係者を集める事。
今回は事故や天災でもない。
では、今回の俺にとってのトラブルとはなんだ?
異世界の女の子達を現代でアイドルグループとしてデビューさせる――
俺はリーダーであるピーチと共に異世界に行き、自らスカウト。そしてようやくメンバー5人が決まった。
通常、当事務所でのデビューまでの流れは以下の通り。
①スカウトする
②オーディションに来てもらう
③事務所の複数の人間同伴で面接を行う→そこでは、歌や踊り、演技が出来るのであれば披露してもらう。もちろん色々な質問をする
④審査に通過すれば社長を含む上層部の方々との最終面接。
⑤合格であれば研修生としてレッスンを開始する
⑥めでたくデビュー。
ざっくり説明するとこんな感じである。
だが、今回は上記の②③④をすっ飛ばし、合格した前提で⑤のレッスンを開始するのだ。
それは、入社2年経過するも1人もデビューさせる事が出来ていない俺に対しての社長の親心でもある。
いや、最後の……を付け足すのを忘れていた。
つまり、俺はピーチを見つけた段階で社長に土下座で退職を担保に直談判し、それが見事通ったと言う訳だ。
だから、もし今回ピーチ達をデビューさせる事が出来なければ俺も都会のチリとなり、郷里へ戻り海の男――実家の漁業を継ぐと言う事になる。
「俺がスターを生み出してみせる」
と大見栄をきって、反対を押し切り実家を飛び出した。
しかし現実は残酷だった。
1人もデビューさせられず、社長からは事実上の解雇宣告。
そしてピーチに出会う……
話は逸れたが、重要なトラブル発生だ。それは俺の失念。いや、阿呆と言った方が正しいだろう。
アイドルに必要な個性に関しては申し分ない。それどころか、俺自身がコントロールする自信がない。
だが、俺はピーチが紹介してくれた少女達の外見が合格点に達していた事及び、『メンバーを集める』と言う事にのみ固執し、肝心の歌や踊りを誰一人確認していなかった。
やはり俺はこの仕事に向いていないのか?
いや、そんな自問自答をしている暇はない。
まずは確認なのだ。
◇◆◇◆◇◆
「みんな。よく集まってくれた。いよいよ今日から3ヶ月間、君達がアイドルとしてデビュー出来る様に平日3時間ここに通い、歌や踊り、心構えを勉強する時間を始める」
事務所内の多目的レッスンルームにて、5人のメンバーを横並びに座らせて俺は熱血教師と化していた。
ピーチ「い、いよいよです……ね。野村様。よ、よろしくお願い致します」
ローズ「午前中はギルドの仕事と犬の散歩があるから、今日みたいに午後からにしなさいよね」
シュガー「この部屋は窓が西に設置されているから、あまり運気的には良くないわね」
スイート「終わったらアイス。早く」
ジャスミン「私は今緊張しているでしょうか? ①してない、②してる、③ちょっとしてる」
野村「……と、とにかく。今日が初日なんだが、まずは君達に課題を与える」
ピーチ「課題? なんか怖そうですね……」
ローズ「課題ですって? 自家発電を毎日とかかしら?」
シュガー「やるかやらないかは占いで決めていいの?」
スイート「課題達成したらアイス頂戴」
ジャスミン「わかったわ。なんでもやるわ」
ざわつくルーム内。
「俺は君達1人1人がどんな才能――つまり歌、踊りなどどんな適性があるかを把握していない。だから、それぞれに課題となる曲を覚えて、月曜日に俺に披露して欲しい」
もちろん異世界にはスマホなどない。
俺は従業員から機種変更などで使用しなくなったタブレットを5台集めた。
その端末に各自の課題曲(歌番組の動画)を保存した。そうすれば電波がなくても、動画を見る事は可能だ。
◇◆◇◆◇◆
「操作方法はみんな理解したな? まずはピーチ。君への課題曲は松本伊代さんのセンチメンタルジャーニーだ」
「は……はい! 頑張りますっ!」
ピーチは少し鼻にかかった可愛らしい声をしている。ポップな感じで踊りも難易度が高くない。
「ローズ、君への課題曲は中森明菜さんの難破船だ」
「わかったわ」
ローズは、話すことは下ネタばかりだが、見た目落ち着いた感じで声も低い。歌唱力もありそうだ。
「シュガー。君の課題曲は松田聖子さんの夏の扉だ」
「夏に扉なんてあるの? あ、でも幸運の扉みたいね?」
シュガーは剣士だが、キャピキャピした感じで踊り好きだから、常に細かい動きがある曲が良いだろう。
「スイートはゆうゆさんの天使のボディガードだ」
「うん。わかった。上手く歌えたらアイスね」
スイートはメンバー唯一の12歳で皆より4歳年下だ。可愛らしい曲がいいだろう。
「ジャスミン。君は河合奈保子さんのスマイル・フォー・ミーだ」
「は〜い!」
ジャスミンは全くわからないが、笑顔が可愛いから、常に笑顔のこの曲だな。
「じゃあ、各自土日でよく見て自主練習頼むぞ。渡す機械は、他の人に見つからない様に十分注意してくれ」
まずは彼女達の特性を見極めよう。
背の高さは12歳のスイート以外はそう変わらない。グループとなれば立ち位置、低音高音のパート分けも必要になる。
そして、デビュー曲は社長のコネで既に作成してもらっている。
俺は土日にもう一度、今後のレッスンスケジュール計画を立て直す。
まずはボイストレーニングとダンスに必要な基礎体力作りを並行して行っていく。特にピーチとひきこもり魔導具職人のスイートは体力もなさそうだからな。2人は最悪、別メニューも視野に入れなくては。
ようやく始まったな。
俺はみんなのモチベーションの高さを感じ、武者震いが止まらなかった。
あなたを知りたい
1987年発売のうしろ髪ひかれ隊(工藤静香さん、生稲晃子さん、斉藤満喜子さん)のシングル。
オリコン最高位2位。