なんてったってアイドル!
まさに衝撃だった。
この子なら……いや、この子しかいない。俺の最後のチャンス。
一瞬で脳裏をよぎった。
これが直感と言うやつか?
「ピーチ……さん? 君はこの教会の娘さん?」
「え? あ、違います」
身長は恐らく155……はないな。
小柄だが、実際の身長より大きく見えるのなぜだ?
衣服が洋風のドレスのせいか?
だが、随分汚れている。転んだか?
「じゃ、じゃあピーチさんは何をしていたんだい?」
「え? あっ……洞窟の祭壇の魔導書を開いたら突然ここに……」
「魔導書?」
「はい」
聞き間違いじゃない。
祭壇の魔導書を見たら光に包まれてここに来たと言う事か? ファンタジーか? あり得ないぞ?
いや、あり得なくても関係ない。
仕事モードだ。
「あの……僕は君に大変興味を持った。だから詳しくお話し聞きたいから、お茶でも――」
しまった!
いきなりはマズイか?
しかも我ながら、この誘い方はなんだ?
「あの……」
「なんだい?」
「ここはどこですか?」
「えっと、ここは東京だ」
「トーキョー?」
「東京は初めてかい? じゃあ外に出てみよう」
「あ、はい」
よし。
とりあえず、自然な形でファンタジーな女の子を教会の外に誘いだせた。
「…………」
目を見開き、絶句する少女。
みるみるうちに涙目に変わる。
「どうしたんだい?」
「私……ここ知らない場所……」
◇◆◇◆◇◆
起死回生のタクシーをゲットし、地元のファミレスにやって来た。だが、ドレスのままだとちと目立ち過ぎるので俺のダッフルコートを羽織らせた。それでも一部の人間は俺達をみている。コスプレだ。聞かれたらコスプレと言う事にしよう。
そしてピーチはキョロキョロと周りを見回し落ち着かない様子だ。
「なんでも頼んでいいんだよ? とりあえず紅茶でも飲むかい?」
「え? あ、じゃあ……エキナセアティーを……」
「え?」
後から知る事になるが、エキナセアティーはキク科の植物のハーブティーだ。
この子はマジモンのファンタジーの女の子か? つまり、この世界の住人ではない?
ならばパワープレイに出るしかない。
「と、とりあえず注文は俺に任せてもらって構わないかな?」
「はい」
とりあえず無難な、レモンティーパンケーキセットを注文した。
そんな事はどうでもいい。
「イチから聞かせて欲しい。さっきの話――魔導書を開いたらあの教会に来たのは本当かい?」
「え? あっ、すみません」
女の子――ピーチはテーブルに置いてあるタッチパネル式のメニューを珍しそうに見ている。
とりあえず矢継ぎ早に色々聞いてみる事にした。
「ピーチさんは何歳だい?」
「え? 16です」
「どこに住んでるんだい?」
「ラバーズスノー王国のラ・ムー地区です」
「……ゴホン。趣味は?」
「……読書です」
「なるほど。どんな物語を読むんだい? ファンタジーとか?」
「主に古文書です」
「……えっと、好きな歌は?」
「歌……ですか? 子猫ネコネコです」
「……そうなんだ。随分可愛らしい歌だね」
「え? 失恋の歌ですよ? 去年流行りましたよね? 王国の住人なら知らない人はいないと思ってましたが……」
「す、済まない。俺は流行りに疎いものだから。好きな食べ物は?」
「はい。クライゼルシュナッケのスープです」
「……なるほど。高級そうだ。君の家はお金持ちかい?」
「お金はわかりませんが、一応貴族です」
「……」
なるほど。
わかったぞ。
この子は間違いなく違う世界から来た女の子だ。
まとめると、何かしらの事情で洞窟の祭壇の魔導書を開いた。そして何かしらの不思議な力でこの世界にやって来た。
そう言う事だろう。
とりあえずピーチさんが置かれている現実を突きつけないと話が進まない。俺はこの子をアイドルとして勧誘するのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「まさか……でも確かにここにある物は見た事ない物ばかりです。あの魔導書にはそんな力があったのですね」
察しがいい。
さすがファンタジーな世界からの転移者だ。そんな呑気な事を思っている場合じゃないな。
控えめで少し大人しそうな俺のヴィーナス。
もっと絶望感が漂う反応を予想していた。
俺には一瞬、何かの圧から解放された様な安堵が見え隠れした。
「あっ……でも私帰らないと……」
「え? 帰る方法がわかるのかい?」
「ええ。多分……魔導書に呪文が書いてあった気がします」
「じゃあ、この世界に来た時の事を覚えているんだね」
「はい」
「聞かせてくれるかい。それと君自身の事を」
それからどのくらいの時が経過しただろうか。
ピーチは静かに話し始めた。
テーブルに並んだ注文品そっちのけで、ピーチの話を聞き入った。
幼い頃から友達がいなかった。
同年代の女の子からはウジウジしてる、はっきりしゃべりなさいと言われた。
母はピンクが産まれた際に死別。
父は厳しい人だった。目の前でメソメソする事を許さなかった。
自分の道は自分が決めて切り開け。
そんな叱責を繰り返し受けて成長した。けれどもほんとの自分は弱い人間。でも、それは隠していた。
基本的に話すのが苦手、更に同性と話すのが苦手。
イジメられたトラウマみたいな物だろうな。
お城のパーティーに行こうとしたが、簡単に言えば他の令嬢に嫌がらせを受け転倒。
帰るに帰れなくなりトボトボと森を彷徨う。そして、小さい頃の遊び場だった洞窟に入った。そこには以前はなかった祭壇と魔導書が置いてあった。
熟読した。
そして最後のページを開いた。
光に包まれた。
あまりの信じがたい話。
ここは敢えてくさいセリフ、かつストレートに締めくくってみる事にした。
「ピーチさん。自分自身で光り輝いてみないかい? 君が今まで見たことのない世界へ一歩踏み入れてみないか――そしてアイドルの頂点に立ち光り輝く花を咲かせよう!」
詐欺師みたいか?
「え? アイドル?」
「これを見てくれ」
俺はタブレットを取り出し、幾つものコンサート映像を夢中で見せた。
気づけば夜21時を回っていた。
「私が歌って踊るのですか?! 無理です! 無理です!」
「じゃあ、一人が無理ならグループならどうだい?」
この返しは我ながらナイスプレーだ。別の担当者のデビュー前のグループがメンバーを探していた。最悪そこに入れてもら――
「グループなら……じゃあ、戻って私がメンバーを探して来なきゃ駄目ですか?」
「え?」
異世界のメンバーによるアイドルグループ?
これは凄い事になるのか?!