1-6 サンタ、来たよ
────十二月二十五日、早朝。
タルシス第三港区の放棄された工事現場に、レーザー・ガンの銃声が鳴り響く。
「こちらマサムネ隊員!! リヒト隊員、応援はまだか!?」
「こちらエースパイロットのリヒトだ!! マサムネ隊員、またせたな! コウクーシエンを開始する! 頭を下げろ! ひゅぅぅぅん、どどどー!」
瓦礫に隠れて新品のレーザー・ガンを構えるマサムネの頭上をリヒトの右手が操る模型戦闘機が掠めていく。しかし、その先ではなんとも可愛らしい人形の女の子が両手を広げていた────
「やめて……! 争いは、もうやめよう……! ここは、私のあいしたこころのふるさと……!!」
「クソッ!? こちらリヒト! マサムネ、ダメだ! このままでは民間人が! バクゲキは中止する!!」
「バカ!! 騙されるな! そいつはゲリラだ!!」
「何ッ!? ハッ────!?」
「ハッハッハ……! おろかなハエめ……! ミサイルはっしゃぁ!」
ここでパーティ用クラッカーが、パンッと景気よく破裂する。「うわあああ」と墜落していくエースパイロットのリヒト隊員を尻目に、連合軍マサムネ隊員と火星ゲリラのメイメイが、音しか出ないおもちゃのレーザーピストルでアクション映画さながらの銃撃戦を繰り広げる。
「よかったね、レン。みんな大喜びじゃん」
「ああ。”サンタたち”のセンスが良かったみたいで、何よりだよ」
サンタから贈られた沢山のプレゼントを巧みに使い分け、小さな戦場ではしゃぎ回る三人。その様子を眺めながら、レンとニナが嬉しそうに微笑む。これでこそ、閉店間際の玩具屋で迷惑そうに店内の清掃を始める店員のプレッシャーに打ち勝った甲斐があったというものだ。
「……私も好きだよ。サンタのセンス」
「え? ああ、うん……。まぁ、そらどうも……」
自分の隣にぴったりと寄り添うように腰掛け、左手に嵌めた上品で控えめなデザインのシルバーリングを眺めるニナ。不思議なことに、今朝の彼女の横顔ときたら、いつになく魅力的で────。レンは、照れくさそうに拳で口元を隠しながら明後日の方向へ視線を泳がせる。これでこそ、昨夜は喧嘩半ば──無理矢理ニナを先に帰して彼女へのプレゼントを買いに戻った甲斐があったというものだろう。
「ねぇ。昨夜は本当にごめんね。完全に私の誤解だった」
「いいよ。ああいう風に二人で居たのに、急に先に帰れっていうのがおかしいのは当たり前だし。余った金を独り占めにするんじゃないかって疑われても当然さ。俺こそ心配させてごめん」
「……ダメ。それじゃ私の気が済まない」
レンは、ときどきこう思うのだ──『ニナは面倒くさい奴だ』と。何かと言えばわりとすぐにひっそりと機嫌を損ねるし。幸運にも、すぐそれに気付けたとしても、口で謝ったところで簡単には許してくれない。かといって、謝らないでいるともっと不機嫌になる。
では、明らかに向こうに非があるときはどうなのか。ニナはそれに気が付くと、わりとすぐにあっさりと謝ってくる。しかし、そこから彼女の脳内では自己嫌悪と反省のスパイラルがぐるぐると走り回り、今度は違った雰囲気の不機嫌になってしまう────
『いいか、クソボウズ──。第一に、“オンナ”の気持ちと真摯に向き合え。上手い言葉が見つかんなくたっていい。どんな正論だろうと余計な言い訳はせずに、ただ”真面目にやれ”。俺たちにゃあ、自分でクソ気付きもしねぇが、適当こいてると、あっちにゃあ、すぐに勘付かれて、さらに三日三晩は口も利かれなくなる。そうだろう??』
『えっ……!? おっちゃん、なんで分かるんだよ……? エスパー捜査官ってやつか……?』
『バカ言え! 俺がエスパーなんたらだったら、こんな仕事とっくに引退してるぜ。良く聞け、話はまだある。それでもダメなときは────』
レンは、昨夜の出来事を思い返す。実に色々あった。少なくとも、見たことも無いような大金を手にしたところからは初めての経験ばかりだった。レンとニナにとっては、何もかもが非日常的で──二人の記憶に残る中では、最も現実感の薄いクリスマスイヴを過ごしたのかもしれない。
「……いや。やっぱり謝るのは俺の方だよ、ニナ。一人にしてごめん。せっかく二人で過ごす初めてクリスマスらしいクリスマスだったんだし、どうせなら一緒に買いに行けばよかったよな? そうすれば、もっとニナの欲しいやつが買えたし。俺、帰る直前に思い付いたからつい隠しちまって……。昨日はそこまで頭回んなかったんだよ。ごめんな、本当に」
そう言って、レンがニナの頭をやさしく撫でる。一瞬、驚いたように瞳を丸めたニナは、やがてそーっと俯いて、少しだけ悔しそうにゴロゴロとノドを鳴らす。
「……自分で選ぶより、レンが選んだこれが好き。だけど、こんなことなら私だってレンにプレゼント買ってあげたかった」
「へへ、それは嬉しいけど……金、もうほとんど使っちまってさ……?」
「じゃあ、私どうすればいい?」
「え?」
「…………いいよ。何にも買ってあげられないけど……代わりに、今ならレンの言うことを何でも聞いてあげる。本当に、なんでも……。私にできることなら…………」
震える声で、ニナがそんな提案を申し向けてくる。本人は緊張で微塵も気付いていないのだろうが────本能的に尻尾を絡ませ、微かに腰・臀部の辺りをレンの身体に擦り付けてしまう。いくらニナよりも一歩、二歩そういった感性が遅れているレンですら、これにはハッキリとした欲情の芽生えを禁じ得ない────
『いいか、クソボウズ。それでもダメなときは────』
「ニナ姉、腹へったー」
「朝メシまだー?」
「昨夜のチキン、逃げてない……?」
二人が我に返ったとき、目の前では、小一時間に渡る激しい戦闘の末に終戦を迎えた三人組が、エサを待つ雛鳥のように雁首を揃えて整列していたのだった。
ニナが音もなく飛び跳ねるように立ち上がって、ゆっくりと慎重な足取りで残り物のチキンの方へ歩み出す。そして、再起動したばかりの安物アンドロイドのように発話する。
「サンドイッチ、つくる。まってて」
「やったぜ! はやくはやくー」
「ぼくもなんか手伝うよ、ニナねーちゃん!」
カルガモの親子のように、マサムネとリヒトはてけてけとニナの後ろについて行ってしまう。呆然と座ったまま──ニナの後ろ姿へ釘付けとなっていたレンの前に、不思議そうに首をかしげるメイメイが立ちはばかる。
「レン、どうしたの。立てないの?」
「ああ? 今はちょっとな?」
「おなかいたい?」
「うん──。そんな感じ」
「──メイメイ。サンドイッチできたよ。早くしないと、パンの隙間からチキンが今にも逃げ出しそう」
少し経って、ニナがメイメイを食事へ呼ぶ。メイメイは「へへ……。そいつはもう死んでんだ。どこにも行きやしねぇ」などと、まだアクション映画の悪役でいるつもりの台詞をボソボソと呟きながら、マサムネとリヒトと一緒に朝食を頬張る。
やがて、サンドイッチを両手に持ったニナが戻って来て、再びレンの隣にぴったりと腰掛ける。
「……食べる? 作った」
「え……ああ、うん。あんがと……」
……サンドイッチの咀嚼音。ニナか、レンの咳払い。リヒトとマサムネの大きな笑い声。たまに、レーザー・ガンのピヨピヨ銃声────
あとは、特に何も起こらなかった。