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1-5 初々しい恋人たち

「そんなポンチョで寒くないのかい、お嬢ちゃん」

「……はい。内側に着込んでいるので」

「そいつはいい。俺ももう少し着込んでくればよかったよ。支給品のジャンパーは見た目だけの安物でさ。断熱材のかわりに、特売品のマシュマロが詰まってる」


 気さくな警官はフラッシュライトで照らすのをやめ、沈んだ声色のニナを元気付けようと他愛ない冗談を投げかけてくる。相変わらず深く俯いたまま反応の薄いニナの代わりに、レンが「アハハハハ──」と、電子ボイス付き玩具のようにわざとらしく笑う。


「悪いねお二人さん。俺は別に気にしちゃあいないんだが、兵隊さんの方がどうしてもっていうんで。職務質問にご協力願えるかな?」

「ああ、えっと……」

「口論をしていたようだが、どのような関係だ? 何の話で揉めている」

 今度は、パワードスーツの内側から無機質な口調の質問が飛んで来る。驚いた猫のように目を丸めたレンは一生懸命笑顔を繕いながら、無視してくるニナ──フルフェースヘルメットのせいで表情不明の兵士──そして自分と同じように目を丸め、同情するような苦笑いで肩を竦める警官へと視線を移す。


「ジョッシュ。そいつは無粋な質問だよ。少なくとも俺には、この二人が爆弾の設置場所で揉めてるテロリストには見えない。まるで生まれて間もなく砂漠に放り出された子猫みたいだ」

「黙れ、巡査。二度と俺をファーストネームで呼ぶなと言ったはずだ」


 無機質な拡声器の音声からでも、ヘルメットの内側で眉を潜めているであろう兵士の微かな怒りが感じられる。


「オーケー、相棒(パートナー)。あんたにはさっきもチラッと言ったが、もう一度説明してあげよう。こういう雰囲気の若い男女ってのは、きっと今後の人生に関わるような大事な話し合いの最中だ。少なくとも、その点で俺たちが水を差すことは避けたい。ただ、治安維持の職務上どうしても気になるっていうなら、彼らのIDと所持品だけ見せてもらう。いいか────」


「うわあああああん!! もう嫌だ! 最悪っ!!」


 警官の提案に兵士が応答するよりも先に、大きな声でニナが泣き崩れる。その場の誰もが驚愕しており、ただし誰よりも早く矢継ぎ早にニナが吠える。


「最悪のクリスマス!! くだらないことで落ち込んで、犯罪者扱いまでされて! こんなことなら、家で大人しくしていればよかった!!」


「あぁ~、そうだよなあ!? せっかくのデート中に悪かった、悪かったよ……!」


 両手を上げてすっかり降参した様子の警官は、ニナに対して心の底から申し訳なさそうに謝罪する。時節、訳が分からず立ち尽くしているレンへ、チラチラと目をやり、じれったそうに顎で行動を促す。レンは、なにやらひどく動揺している。


「は? デート!? いや、おっちゃん違うよ。俺たち別にまだそういうわけじゃ──ウグッ!?」


 ここで、あまりに”ガキだった”レンの言い草と態度に痺れを切らした警官がせかせかと歩み寄ってきて、何も言わず、一発だけレンの脇腹へ肘鉄を食らわせた。シュールな静寂がその場を包む──そして、タイミングを計ったかのように、ひときわ大きな声でわざとらしくニナが泣く。


「ほらどうだ……!? お前これが見たかったのか、ぁあ!?」

「いやいやいや!? てかギブギブギブ──!」


 訳も分からぬまま、今にも『逮捕されるのか』と緊張するレンの肩をがっちりとホールドした警官は、そのままレンに人生の先輩として小声で説教を始める。


「離せって! 俺が何したってんだよ!?」

「黙れ、クソボウズ……!! いいか、よく聞いとけ! おっちゃんが有り難い昔話をしてやる。マジでよく聞け────」


 ────やがて数分後。


「────というわけで! 邪魔してすまなかったな。あー、これから気を取り直して遊びに行くだろうけど? 例えば三番街でやってる面白そうなイベント会場とか、なんかそういう人の沢山集まるような場所で怪しい奴とか、不審な物を見かけたら、警察に通報してくれよ? あとはそうだな、さっさと仲直りして良いクリスマスを」

「おい待て巡査。まだ彼らのIDと所持品を確認していないぞ」

「落ち着けって、相棒! それどころじゃない、バーで喧嘩だ! そんなピカピカのハイテクヘルメット被って、無線聞いてなかったのか??」

「いや。そのような報告はこちらの無線では聴取していない────」

「俺が聴取したんだよ! 行くぞ、相棒! 現場が待ってる」

「その”相棒(パートナー)”という呼び名も二度と俺に対して使うな。いちいち癇に障る。俺は宇宙連合海兵隊員(スペース・マリーン)だ……」


 ──斯くして、どうにかこうにかIDチェックで逮捕されるという最悪の事態は免れたレンとニナであったが、二人の問題はまだ解決していない。


「……ニナ?」

「平気。嘘泣きだし。もう行こう」

「あー。ニナ、俺……」

「何? 肉屋、閉まるよ。早く食べ物とプレゼント買って帰ろう」


 レンがニナの裾を引っ張って引き留める。そして、ぎこちない手つきで彼女をそっと抱き寄せながら、小さく「ごめん。ありがとう」とだけ呟く。一瞬、すっかり身体から力の抜けてしまったニナはレンの腕の中で動けなくなるが、すぐに正気を取り戻し、両手で静かに彼の胸を押し戻す。


「……何。本当に」

「ありがとう。ニナのおかげで助かった。俺、何も出来なくて……」

「別に問題ないよ。半分ヤケクソで適当に演技してみたら上手くいっただけだから。行くよ」


 ニナがせかせかと歩いて行ってしまうのを慌てて追いかけるレン。彼女の歩幅に合わせるように、隣に並んで顔色を伺い続ける。フードが邪魔して教えてくれない。


「なぁ、ニナ?」

「……今度は何」

 キョロキョロと、レンが周囲の様子を伺う。


「その~……。よかったらなんだけど──俺らも、さ? 手……とか、繋いでみないか?」


「は?? なんで?? レンさっきから変だよ。本当にどういうつもり?」

 レンの言葉に驚いた様子のニナが、もう片手でレンに近い側の片手を庇って身じろぎする。とても早口だ。


「いや、なんていうか……。女の子と手とか繋いだことないし? みんなどういう気分でやってんのかなって……。ニナは、どんなもんか知ってたりする?」


 道行く恋人たちや老夫婦を視線で追いながら、レンがニナに問いかける。


「……知るわけ無いでしょ。そんなの」


「だと思った。それならやっぱ手、繋ごうぜ? 今から気を取り直して──ちゃんとデ、デート……しようぜ? ……せっかくだし」


 ニナは小さく「なにそれムカつく」と吐き捨て、あとは無言でフードを深く被り直す。しかし、レンからの突拍子の無い提案に対してはそれ以上否定も肯定もせず、ただ逃げるようなせかせか歩きだけはしなくなる。


「……ふーん。それにしても"おんなのこ"ね。レンって、私のことそんな風に考えたり出来るんだ」

「あ、いや。変な意味じゃねぇって。ニナのことは好きだけど、俺そういうの多分よく分かってねーし……」

「……じゃあ何なの。お母さんと手を繋いでみたくなったの。そんなのデートじゃないよ」


 ムッとするニナが指差した先には、仲睦まじい様子の親子が大小紙袋を小脇に抱え、しっかりと手を繋ぎながら家路を急いでいた。レンが視線を戻すと、いかにも母親のような優しい笑顔を口元だけで表現したニナが、フードの奥からこちらを睨み付けていた。


「ちげーよ、ガキ扱いすんなって! ほら、例えばあっちの奴らとか、あんな風にデートしてみたいなって……」


 レンが指差した先には──お揃いの赤いマフラーを首に巻き、なんともしっとりとした雰囲気で頬を染め、手を繋ぎながらゆっくりと歩みを進める初々しいカップルの姿があった。ちらちらと目配せしては、照れくさそうに笑って誤魔化している。。


「……ああいう雰囲気は流石にスケベすぎだよ。私のこと何だと思ってるの」

「は!? いや、どこが!? 別にスケベのつもりで提案したわけじゃねーし!? じ……じゃあ、あっちならどうだ!?」


 慌ててレンが再度指差した先では、きゃっきゃとはしゃぐ少女の手を引く青年の姿があった。二人とも爽やかな表情でショッピングを楽しんでいるようだが、やがて唐突に立ち止まり、悶々と見つめ合い、そして────


「ドスケベ!! いきなりあんなのやりたいわけ!?」

「ち、違うって!? 最初はあんなんじゃなかったじゃん!? 今はただ手を繋ぐだけだって! そしたら何かしら俺にも分かる気がするんだよ!!」

「ねぇ、その『分かるかもしれない』って、何なの? 別に分かんなくたっていいでしょ、本当は興味ないくせに」


 残念ながら、誤解に誤解を重ねた後でのバカ正直なレンの弁明がニナの心を開くことは無かった。ただし──


 幸運なことに、相手から口頭での同意が得られなければその手を取ってはならないという法律は、タルシスには存在しない。


「……興味あるよ。ニナが好きなんだ」


「………………あっそ」


 レンがニナの手をぎこちなく、それでいて力強く握りしめる。ニナは、爪を立てないよう慎重に、恐る恐る──自身の指の行方をレンに委ねる。


 そこから二人で歩く街の景色は、それまでよりずっと早く時間が過ぎていくようで、まるで自分たちの時計だけ、止まりかけているように感じた。


「…………へへ」


「…………何。気持ち悪いよ」


「いや。なんかさ………ただお前と手を繋いでるだけなのに、こんなにも幸せなんだな──って」


 ──古い言葉だが、『借りてきた猫』という例え話がある。まさに今、レンに片手の運命を掌握された状態のニナを指すための言葉と言っても過言ではないだろう。

 サウス・アベニュー商店街を彩る無数の高級ブランド店舗の宣伝用スピーカー。そこから聞こえてくる上品なクリスマスソングのメロディが、偶然にもオーケストラのような旋律を奏でている。オルゴール、バイオリン、ピアノ、フルート、クリスマスとは全く関係ないクラシックのボーカル────譜面が見事に調和したのは、ほんの数秒の出来事だったが、ニナにとっては永遠にすら感じられた。永遠に、続いて欲しいと願ったのかもしれない。


 …………………。


「────好きだよ、レン。私も幸せ」


 上擦った、囁き声。消えてしまわないように、フードに閉じ込めて彼の耳元に置いてくる。


 …………………。


 数秒後、鋭い爪先がレンの手にチクリと食い込む。隣でニナが、息を乱している。時間の流れは、元通り。

「──痛ッ!?」

「何とか言ってよ。黙らないで。ちゃんと返事して。今すごく怖い」

「急に爪立てんなって! いや、なんていうか……ニナの方からそういう風に言ってくるなんて、初めてだったから……どうやって受け止めたらいいのか分からなくて──」

「なによ! いつもみたいに軽々しく私のこと『好き』って言って返事すればいいじゃない!! なんでこんなときに限って黙るの!? やっぱり好きじゃなかったわけ!?」

「好きだよ!? 好きだ……。でも、今までとは違う『好き』が出て来て、混乱してる……。だから黙ってた」

「…………私は今まで黙ってたけど──。ずーっと、レンのことがそっちの『好き』で頭いっぱいだった。だから、いつも困ってた。レンはいつも急に遠慮無く『好き』って言ってくるから。そんな風にされてた私の気持ち、少しは分かった?」


 レンは、ニナの困る気持ちがようやく理解出来た。そして、好きな女の子と手を繋いだときの感情も経験した。だからこそ、レンは今までニナに伝えた『好き』の分だけ恥ずかしくなって、思いっ切り叫びたくなった。


「あああ───ほんとごめん! 俺もう『好き』って、やたらめったら言わないようにするよ……」

「…………なんで? イヤだ」

「は? だって──」

「好きって言ってくれないなら、私だってもう言ってあげない。レンのことだって嫌いになるもん。いいの?」


 急に手のひらを返し、我が儘を言う子供のような口振りでニナが抗議してくる。


「いや『困る』って言ったのはお前だろ??」


「困らせて!! …………困りたいの。分かってよ」

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