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1-3 Merry Christmas!


「マサムネ~……今日は何の日だぁ~?」


 虚ろな視線で天井を見上げながらリヒトがマサムネに問いかける。


「クリスマスだよ。なー、リヒト?」


 マサムネがゴロゴロと床で転がりながらさりげなく隣のレンに体当たりする。レンは、小さく舌打ちをしながらマサムネを追い払う。


「そー、そー。サンタなんて居ないけど、代わりにレンがごちそうをたんまり持って帰ってくるはずだったんだぁ……」


 マサムネとリヒトが細く、そして長く溜息をつく。


「俺だってなあ────。…………まぁ、悪かったよ。美味いメシ用意できなくて、ごめんな?」


 ムッとした感情よりも、特別な日に二人の弟分が意気消沈している様子を目の当たりにしたやるせなさが上回り、レンは小難しい言い訳をしなかった。


「サンタ……いるよ、レン。良い子にしていたら、きっとサンタは来てくれるから……」


 メイメイだけが小さな掌でレンの頭を優しく撫でてくれる。レンは小さく「おう」とだけ応え、埃で汚れた自分の顔をジャケットの裾で拭う。


「でもサンタ、去年は来なかったじゃん」

「去年の去年も、そのまた去年も、サンタは一度だって来なかったよ。もうずっと昔に、レンゴーグンの"えふいちろくはち"に撃ち落とされちゃったのかも」

「いや……。サンタ、いるよ。きっと生きてる」


 やがて、取り留めの無いクリスマスソングがボソボソと流れ出す────


「「「ジングルベぇル……。ジングルベぇル────」」」


「さあ。電気が消える前に帰りましょう。レンは私と来て。盗んだコンテナを目立たない場所に捨ててこないとね。マサムネ、リヒト、メイメイ。ちゃんと三人で帰れる?」


 抑揚の無い声でぼそぼそと喋るニナが三人組を床から抱き起こし、優しく肩を抱く。三人の兄妹は、静かに何度も首を縦に振って肯定し、力を合わせて点検用ハッチの蓋を開け放つ。


「……まぁ、レンも頑張ったと思うよ」

「いつもありがと。レンにーちゃん。ニナねーちゃん」

「サンタ、来るよ」


 去り際に、各々の言葉を置いていく三人組。レンは、なんとも言えぬ表情で手を振って応え、ハッチが閉まったところでニナに向き直り、少し経ってから口を開く。


「どうする、ニナ? 流石に、クリスマスくらい何か良い物食わせてやらないとさぁ。俺らも居心地悪いだろ……? 少し警備が厳しいだろうけど、いよいよ第二港区まで出張ってみるか……?」


 頭の後ろで手を組んだレンが、眉の端を下げてニナに提案をする。しかし、ニナがレンの提案を承諾する必要は無かった。


「レン。来たよ」


 相変わらず、ニナがいつになく抑揚の無い喋り方で呟く。妙に声が震えているようにも聞こえる。


「……え? 何が来たって?」


「サンタが────来たっ!!」


 珍しく声を上擦らせ、ニナが跳ねてはしゃぐ。彼女は、その姿を目にして困惑するレンのところまで飛び跳ねるように駆け寄ると、どうだどうだと秘密のコンテナの中身を見せつけてくる。レンの反応を伺うニナの眼は、赤色恒星の如く爛々と輝いている。


「……まじかよ。おいおいおい──」


 コンテナの底には秘密のボタンで解除される隠しポケットが付いていた。内張の布で覆い隠されたパチンコ玉大のスイッチを強く押し込むと、二重になっているコンテナの底が開く仕組みだ。

 その秘密を見事に暴いたニナには、コンテナの狭い隠しスペースにこれでもかと押し込まれた多額の現金(クレジット)が贈られたのであった。道理で肉屋が血相を変えて追いかけてくるわけだ。


「う……うわぁあああああ!? ニナァぁぁあ────!?」

「しーっ……!! 声、大きすぎ。みんなが聞いて戻ってくるかも……」


 ニナが慌ててレンの口を袖で押さえ付ける。レン自身も、ハッとした様子でニナの袖ごと自身の口元を覆い隠し、何度も縦に首を振って服従する。


「そ、そうだな……。あいつら連れてこんな大金持ち歩いてたら、はしゃいで騒ぎまくって大変なことになるよな」

「ねぇ、いくら入ってると思う……!?」

「数えてみようぜ! ざっと見ても、十万クレジットはありそうだ……」

「じゅ……十万って……。百クレジット紙幣が百枚ってこと……? そんなにあるかな……?」

「違う。百クレジットだったら、千枚で十万だよ。理由は知らないけど、見た感じ全部千クレジット紙幣に両替してある。だから百枚あれば、それだけで十万クレジットさ……!」


 コンテナから紙幣を取り出し、震える指先で恐る恐る枚数を数えるレン。その横顔を眺めていたニナは、最初こそ彼と同じく緊張した面持ちであったが、やがて頬を緩ませ、優しさと、どこか寂しさのある眼差しをレンに向けていた。


「レンは、本当に勉強が出来るね」

「勉強? いやいや、こんな計算なんかは自然と身に付いただけだよ。勉強なんていうのは、スクールに通えるだけの金がある連中に課せられた、人生で唯一の苦行だろ?」

「でも、私には分からないことを沢山知っているじゃない。なんだか、私とレンって同じところで同じ生活をしているのに、全然違う生き物みたいだなって────」


 ドヨドヨとしていたニナが我に返った時には、彼女の丸い鼻先にクレジット紙幣の束が突きつけられていた。紙幣の向こう側で、レンが寂しげに微笑んでいる。


「同じだよ、ニナ。俺もお前も、何にも変わんねぇって。こうやって金が手に入れば喜ぶし、腹だって減る。何が違うっていったら〜、まず男か女か──まぁ、もちろん顔と性格も違うけど。あとは脚の速さと、手先の器用さなんかは違うよな。でもそんなの、同じ人間同士だって、みんな個人差あって当たり前だろ?」


「…………ニンゲンじゃないよ」


 レンの言葉に黙って聞き入っていたニナが、ほんの一瞬、誰にも聞こえないくらい小さく呟く。その表情は先ほどよりも険しく、複雑だ。


「だからさぁ……。あー、なんていうか……。ニナはさ、自分のことがイヤだ、嫌いだって言うけど、ニナには沢山良いところがあるし、三人組(あいつら)だってみんなニナのことが好きだし、俺だってお前が好きだ────」


 ニナの複雑な表情が弾け飛ぶ。レンにとっては他意のない発言だったが、意表を突かれたニナは取り乱してしまう。


「や、やめてよ! なんでそういう話になるの!? 私別に、レンと私が『違う生き物みたい』って言っただけで、今はそんな話してない!!」


「でも、”しようとしてた”だろ。ニナ」


 レンが真面目な表情でニナに詰め寄る。拗ねた我が子を諫める親のように。


「……してないよ?」


 ニナが子供のように惚ける。


「してた」


「してない────きゃっ!?」


 ここでレンがニナのフードをさっと剥ぎ取る。彼女の頬には、硬質で細長いヒゲが顔の左右に伸びるよう数本生えていた。頭には、三角形で普段は少しだけ先の垂れた獣耳(ファー・イヤー)が、今はピンと立っている。


「サイアク! いきなり何……!?」


 混血獣亜人(ミクセリアン)と呼ばれる彼女の体毛は密度が高く、遠目から見ても色白の少女にしか見えないが、ひとたび彼女の肌に触れようとすれば、さらりとした純白の毛並みの心地よい手触りが先行する────。


「……勝手に触んな。スケベ」

「なんだよ。別に変なとこ触ってないだろ」

「ん…………」


 頬を、そして頬から顎を指先で優しく撫でられたニナが微かにゴロゴロと喉を鳴らす。ポンチョの裾から、ちょこっとだけ尻尾の先が見え隠れする。


「……で? いきなりこんなことまでしておいて──何だって言いたいのよ」

「俺、本当に好きなんだよ。ニナが自分で嫌いだって言うところの殆どが──俺は好きだ。すごく魅力的だと思う」

「……私は嫌いだもん。レンには分からないだろうけど、私には人間の女の子みたいにしたくても出来ないことが沢山あるの。私はニンゲンに生まれたかった……」

「ニナのしたいことってなんだよ。やろうぜ?」

「だから、そんな簡単には出来ないんだってば。それもひとつやふたつじゃない。わざわざ言わせないでよ。惨めな気持ちになるだけなのに」

「ふーん。まぁ、言いたくないならいいけどさ」


 励ますつもりが、余計に沈んでしまった様子のニナを慰めるように彼女の頭を撫でるレン。ついつい親指の腹をピコピコでモフモフなケモ耳の後ろに擦り付ける。


「うひぇっ──!? ダメっ!! (そこ)は本当にダメッ!! いつも言ってるでしょ!?  バカバカッ!!」


先ほどまでピコピコと立たせたり、遠慮がちに寝かせたりしていた獣耳を完全にペタンと寝かせ、これ以上はレンからの接触を拒絶するニナ。慌ててポンチョのフードを両手で引っ張って深々と被り直し、鋭い爪の生えた指と尖った八重歯でレンに向かってシャーッと威嚇する。めくれ上がってしまったポンチョの裾からは、ブワッと毛の逆立った尻尾がはみ出している。


「悪い悪い! つい指が勝手に……。そこの触り心地とお前の反応が一番好きなもんで、へへ……」

「先に行って!!」

「は?」

「いいから早く!! 肉とか、食べ物買いに行くなら、さっさとしなきゃ! 良い部位(ところ)が売り切れて、クズ肉しか買えなくなっちゃうでしょ!?」

「いや、でも結局一緒に買いに行くんだから、別に俺だけ先に行く必要は────」

「あ る の っ !! 怒るよ!?」

「もう怒ってるじゃん……。わ、分かったよ……。ごめんて……」


 いつになく取り乱すニナを諫めるように遠慮がちに突き出した両手を顔の横で広げるレン。そそくさと踵を返し、三人組がよちよちと這い入った場所とは別の点検用ハッチに潜り込む。



「…………。……ばか」


 ニナは、そう一言だけ呟いて、生地がちぎれてしまうくらいにポンチョのフードをぎゅぅっと引っ張った。

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