2-EP 抑圧 後編
レンは、長く留守にしていた家に帰ってきた。余所の誰かに土地を買われてしまっていたり、オーナーの気が変わって勝手にリフォームされていたりするのではないかと少し心配だったが、相変わらずだった。
放棄された工事現場の地面には、まだリヒトの書いた落書きが残っていた。連合の戦闘機だ。近くにメイメイの提唱したヤギの惑星〝メーメー星〟があるから、これは多分、主力艦載宇宙戦闘攻撃機F/A-168CSスペースコブラだ。傍らには、レンとニナがクリスマスプレゼントで贈ったスペースコブラの大気圏内運用派生型F/A-168AEヴァイパーの模型が転がっている。リヒトは随分大切にしていたのだが、片側の翼が折れてしまっていた。ある日、マサムネと大喧嘩をしたときに折られてしまったのだ。レンは模型を拾い上げて汚れを払い、食卓の上に飾った。食卓には、二丁のレーザーピストルが子供なりにきっちりと並べたように置かれていた。レンは少し肌寒くなって、しばらく着ていなかったパイロットジャンパーを広げて羽織った。ぶかぶかだったサイズは、だいたい丁度良くなっていた。
それからレンは、ニナのところへ静かに歩いて行った。みんなで立てた廃材の墓は、誰にも荒らされず時間が止まったかのように佇んでいた。
レンはサーモンを紙袋ごとニナの墓に供えた。それから地面に跪き、合掌して拝んだ。合掌は、いつの間にか指が強く握りしめられ、震える爪の先から血が滲んだ。同じように、食いしばった唇の端からも地面に微かな血が滴った。血ではない何かもポツポツと地面を濡らした。
「あああ…………ああああああああああああああああッッ!!!!!!」
レンは大声を上げて泣いた。四つ足をつき、完全に項垂れて叫んだ。彼の中で突然堤防が決壊したように
淀みきった感情が流れ出し、どこにも行き場を無くしていた必然的な濁流となって押し寄せた。
「ああっ……あっ……あっ……あああ…………!?」
レンはニナの墓を抱きしめて縋った。冷たくて、チクチクしていた。廃材は当然何も言わないし返事も無かった。ついに耐え切れなくなって、パメラのメッセンジャーバッグを漁った。もう麻薬でも精神安定剤でも何でも良いから、気持ちが楽になりそうなものを探した。でも、そういう薬は入っていなかった。入っているのは、今はもう完全に塞がっているレンの胸の傷を一時的に埋めるための医療用ジェルのパックや、感染症防止の抗生物質ばかりだった。
バッグのポケットの底に、ハンカチの包みが入っていた。レンはどんな薬か期待したが、それはいつだかレンがパメラに贈った安物のブローチだった。もともとはメリッサの機嫌を酷く損ねたときのご機嫌取りで
用意したのだが、メリッサが勝手に機嫌を直したので不要になった物だ。レンはこのブローチをパメラへ『もういらないから』と、押し付けたことを思い出した。ブローチは、メリッサのことをよく知る彼女に頼んで一緒にタルシスワットの露天で選んだ。
レンは大声を上げるのをやめた。声が出なくなった。でも、涙と嗚咽だけは絶対に止まることが無かった。ずっとニナのことばかり考えていたはずだったが、何故かブローチを見てからはパメラとの記憶が頭を離れなかった。二人の死が何度も代わる代わるフラッシュバックした。頭がおかしくなった。
「──銃を下ろせ。レン。落ち着いて? 銃を。置くんだ」
日が暮れる少し前、工事現場を一人の中年男性が訪れた。男はかなり注意深く諫めるように両手で抵抗の意思が無いことをレンに示し、ニナの墓へ力無くもたれ掛かったまま片手でピストル弄ぶ彼を諭した。ゆっくりと、本当にゆっくりと刺激にならないようにレンとの間合いを詰める。
「……え?」
「俺だ。忘れちゃいないよな……? エイカー分署の警官キースだ。今は本部で警務をしてる」
「…………ああ。どうも?」
「ざっとだが、俺もタルシスワットでの話は聞いた。でもどうした、そんな顔して? お前らしくも無い……」
「…………何が?」
「その浮かない顔だよ。可愛くない顔していつも悪巧みばかり。駆けつけた制服姿の俺を見ると、どんな逆境でもまずは鼻先で笑うのがお前だったろ、レン?」
「………………そうだっけ。どうでも」
「隣に、行っていいか? まずどうしても話したいことが──」
「イヤだ。ここには誰も近づけさせない──」
「分かった! わかった……ここで止まる。だから銃を向けないでくれ、レン。知ってるとは思うが、警察の仕事で来たんじゃない。こっちは丸腰だ」
レンはキースに向けた銃を下ろさなかった。まるでバイポットで固定された狙撃銃のようにブレの一切無い狙い定めだった。銃口は、キースの眉間と一直線で結ばれていた。
「……ろしてくれ」
「何だって?」
「ころしてくれよ。なんで……どうして……。ここで撃ち殺して欲しかったのに……」
レンは力無く銃を下ろした。そのまま銃を地面に取り落とし、膝に突っ伏して嗚咽を上げた。キースは相変わらず注意深くゆっくりとレンに歩み寄り、ついにピストルを拾い上げるとスライドを操作して排弾してから安全装置を掛け、自身の懐に仕舞い込んだ。それからすぐ、レンの向かい側にあぐらを掻いて座った。
「ここなら座って構わないよな? ニナは何て言ってそうだ?」
「[鼻を啜る音]……警官は怖いって」
「おいおい。デートの邪魔せず助けてやったじゃないか? 少しは信用してくれたっていいだろ?」
「ニナは知らねぇよ。俺がアンタから話を聞いたとき、もう殺されてた」
「そうか。そうだな……すまない」
三年前、キースはサウスアベニュー署に勤務しており、クリスマスの夜レンと出くわした。あの時、キースはニナが獣亜人であることに気が付いていた。聞き分けの無いレンに組み付いて説教をしていたとき、ニナの着ていたパーカーのフードを下から覗き込み、ヒゲの生えた顔を確認した。それでも、キースはニナも、レンも摘発しなかった。獣亜人かどうかとは別に、通行証やIDを持っていないことも二人の身なりからして明らかだった。それでも、自分自身が火星の衛星フォボスの貧しい鉱山労働者の子として生まれ、過酷な使役でボロボロになった獣亜人とともに幼少期を過ごした彼には、どうしても二人のささやかな幸せを引き裂くことが出来なかった。
「おっちゃん。俺らがフォボスで暮らしてたら、ここよりマシだったと思う?」
「思わないな」
レンが膝に突っ伏したままキースに問う。キースは厳しい顔で即答した。
「なんで? 獣亜人でも、仕事が貰えたんだろ? さっきテレビで見たよ。第三港区に出来た獣亜人の街。カフェだってさ。ニナはまぁまぁ料理が出来たから、フォボスのカフェなら雇ってもらえたかもしれない。客に媚びるような愛嬌は無いけど。アイツ自身は本当に可愛くて魅力的な女だし」
「レン。フォボスの獣亜人はな、仕事を貰えたワケじゃない。あれは奴隷だ。人間の代わりに、鉱山で肺が完全に壊死するまで、無理矢理働かされているんだ」
「……鉱山以外は?」
「無い。フォボスの獣亜人は、家畜以下の扱いを受けていた。あそこじゃアイツらは鉱山を掘り進めるためだけの使い捨ての道具なんだよ。給料も、医療も、洋服もまともな食事も──獣亜人には何も与えられない。彼らの最期は鉱山での死あるのみだ」
レンはフォボスの話をそれ以上深掘りするのことをやめた。ニナを鉱山送りにしてしまった自分を想像して、酷く落ち込んだ。ついでに、第三港区のカフェでニナが他の男に媚びを売りながらいちゃつくのを想像して激しく嫉妬した。
「明るい話をしないか、レン。今日はお前に良い物を持って来たんだ」
キースがレンに一枚のプリント写真を差し出す。レンは突っ伏したままだったが、キースが「写真だよ。お前に渡すには良いと思って、馴染みの印刷屋に頼んで昔風にプリントして貰ったんだ」などと言うと、ゆっくり面を上げ、どこか懐かしいプリント写真という代物に対して微かに目を輝かせた。
しかし、被写体の正体に気が付くと、本当に子供のように目を輝かせて喜んだ。
「どうだ。笑えるだろ? こう言っちゃ悪いが、三人ともまるで被疑者の鑑定写真みたいな顔だ。周りの子供が笑ってるもんで、悪い意味で余計引き立ってる」
「いつの写真? どこで撮った? まさかタルシスなわけないよね? アイツらがどこにいるか分かってるってこと!?」
「落ち着けって。気持ちは分かるよ。これはな、先月フォボスの児童養護施設で撮った画像だ。今じゃ職員だが、俺の親友も暮らしてた良い施設だ。お前とゲリラの悪巧みに乗って、タルシスの〝クソ収容センター〟から逃がした子たちもみんな一緒だ。危うく、また同じ場所かもっと酷い場所に送られちまうとこだったが、何とか時間を稼いで、奇跡的にもフォボスへ行かせることができた。本当に危ないところだった」
レンはカメラを睨み付けるマサムネとリヒト、チベットスナギツネのような顔をしたメイメイへ、じっくりと代わる代わる目線を走らせた。三人と別れてから一年も経っていなかったが、みんな身体も雰囲気もかなり大人びてきたように思えた。本当に嬉しくて、今すぐ会いたい気持ちになった。
「でもさ、おっちゃん。フォボスは連合から避難命令が出たんだろ。施設はどうなる……?」
「……分からん。本当は『良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいか』なんて切り出すつもりだったんだが、お前が乱心だったもんで。ふたつのニュースは、どちらともたった今伝えた通りだ」
レンは高速で様々な思案を巡らせた。それは良くないシナリオばかりだったし、三人の行く末が心配で仕方が無かった。今から自分がどうにか出来ないかと必死に考えたが、妙案は思い付かなかった。ただ、ここで自分が泣きながらいつまでもじっとしているわけにはいかないと目を覚まして改心した。
「いい顔だ」
「あ?」
「俺の知ってる〝レン〟とかいう第三港区のクソガキが帰ってきたと言ってるのさ」
キースがニヤリと優しい笑みを浮かべる。そして、懐からレンのピストルを取り出し銃把を差し出した。
「お帰り、レン。色々と辛かったな。今回の計画は俺がしっかりサポートする。おっちゃんに任せろよ」
「うっ……うわぁぁぁぁ!!! あああああぁぁぁ……!!」
レンはピストルを受け取らず、キースに抱きついて大泣きした。また泣いた。
でも、それは悪い涙では無かった。
…………。
〈あ、もしもし、レン? 私。クリスよ〉
「ああ。警察側の協力者と合流した」
〈了解。えへへ、なんだか久しぶりだね。元気……?〉
「ああ。準備いいか? こっちはもう車で向かってる」
〈あっ、うん……! ええと……17時までに、西ゲートを通って地下駐車場から20階まで上がってきて。レストランは283階にある和食専門店の〝紅〟だけど、一度クロークで落ち合いましょう。時間厳守ね? 協力者のガードマンが交代しちゃうから〉
「分かった。おっちゃん、いけるか?」
「ああ。全く問題無い……」
〈なんだか……本当に仲良しってカンジだね? キースさんとは、もともと知り合いなんだっけ?〉
「まぁな。それより、他に何か注意すべき点は?」
〈ええと……大丈夫だと思う……。ただ私、正直……上手くやれるか心配で……〉
「あぁ? 頼むぜ、ホント? しくじってバレたら全部終わりだぞ?」
〈わ、分かってるわよ! だから、頑張るけど……〉
「くれぐれも、学生の遊びと一緒にすんなよ? しくじったら、マジでみんな死ぬ」
〈……分かってるってば。馬鹿にしないで。レンこそちゃんとしてよね。じゃ〉
「……は? んだよ、あの女急に切りやがって」
レンの視界がチカチカ輝く。咄嗟に頭を庇って、たんこぶが出来ていないかそっと優しく確かめた。隣の運転席で、キースが右手をひらひらと冷ましてた。
「イっテーなぁ!? 何すんだよ、急に!?」
「お前なぁ。本当に……本当に……。ったく!! 三年前の俺の有り難いお言葉が、何にも響いて無いんじゃねぇか! バカタレがよ!!」
キースとレンの乗ったSUVが第一港区へ続くタルシス大橋を通過する。橋の中ほどでは、連合軍とMDFが合同で検問所とガードポストの設置を急いでいた。戒厳令が発令され次第、この橋を通過することはかなり難しくなる。
暫くして、一台のスポーツカーが同じく橋を通過する。
「はい。問題ありません。…………そうです。オリンポスですが、非公式です。戒厳令が出るまでに配置につけば何も。…………そうですか。助かります。では、また────」
通話が終わる。運転手の男は、耳に取り付けられた通信端末をスワイプ操作して他のところへ連絡を始めた。
「ゴーストです」
《……俺だ。首尾はどうだ》
「問題ありません。レンも、持ち直しました」
《そうか……。まぁ、奴なら問題ない》
「私もそう思います。ただ……」
《なんだ》
「極力、死人は避けるべきです。レンに……影響があるかと」
《拘るな。レンはただ──まだ若いのだ。素質はある。俺とお前で選んで育てたんだ》
「勿論です。ボス」
《レン自身の問題より、ミランダの方が厄介だ。良くない噂がある》
「何です?」
《この会合、どうやらマリネリスにも知れたらしい。側近連中が〝核〟まで持ち出したようだ》
「……ではミランダさんは、核でホテルごと破壊する計画を?」
《さあな。だが、奴らが本当にそんな馬鹿な真似をしでかすつもりならば、連合もそれを察知している可能性が高い。くれぐれも用心してほしい。連合の出方はもとより、万が一タルシスで核など使われたら、我々の大義も何もかも地の底に沈み込んで二度と日の目を見なくなる。自由主義の終わりだ》
「お任せ下さい。そういった兆候があれば、必ず阻止します」
《ああ。たった二人だが、他に工作員をやった。間に合うかどうか分からんが……》
「私一人でも問題ありません。そうでしょう? 最初から」
《……そうだ。二人のコードネームはいつもの端末に。よろしく頼む。自由万歳》
「自由万歳……!」
スポーツカーが加速して橋を駆け抜ける。彼の通過を最後として、橋は戒厳令を待たず、自動戦車止め装置で封鎖された。
惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語
第二章 "Liberal Of The Mars" fighters
完
第二章完結です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
第一章のときと同じく、後でいったん作品を完結済みとマークさせて頂きますが、第三章も鋭意執筆中です。
そして、こちらの第二章についても文学フリマ(KDP)にて文庫版として出版予定となります。
まだ構想段階ですが、文庫版では本編の見直し修正・再編集などに加え、限定の特典エピソード収録予定です(ゲリラのメンバーなど、第二章の登場人物とレンとの関係性について補完するようなお話?)。
なので、よろしければ文庫版も読んで頂けるとうれしいです!
※電子版も出版予定ですが、そちらには限定エピソードは含まれません。
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+noteとTalesもやっとります。
ではまた!
絹腰さむゑ




