1-2 違和感の箱
「レン! 早くしてよー!」
壁を這う太いパイプや、天井に張り巡らされた色とりどりの電線だらけの点検用トンネル──。それらの一角でひしめき合う浮浪児たちの影があった。よく見れば、宇宙港からアジトまで獲物の小型コンテナを持ち帰ったパイロット・ジャンパー姿の少年のほかは、まだ乳歯も抜け切っていないような幼い子供ばかりだ。
「うっさいなぁ……! 今、やってるって──」
彼らが『レン』と呼んだその少年は、盗み出したコンテナの意外なほどに頑丈な錠前を開けようとマイナスドライバー片手に四苦八苦していた。しかし、仲間たちはレンの不器用さにすっかり呆れてしまった様子で、各々遠慮の無い言葉や態度で不満を喚き散らかしている。
「ぜったい、ニナ姉がやった方がはやいよ! レン!」
「そうだ、そうだ! ねぇー、ニナねーちゃんは!? なんで一緒じゃないの!?」
「ヘタクソ……。バカ……。レンのいくじなし────」
「ああ──っ!? もう!! うるさいってば!! もうすぐで開けられそうなのに!」
「う……うぇ~ん……!」
「あぁ~……あああぁ~……! お腹ずいたぁぁ~……!!」
レンのせいで、トンネル内に子供たちのすすり泣く声が虚しく反響する。
「泣くなよぉ……。俺だって、腹減って死にそうなんだから……」
消沈するレンの両脇でめそめそと泣き続けるのは、事故で片目を亡くしたマサムネ。古びた度入りのバイクゴーグルがトレードマークのリヒト。一人だけ泣かずにレンの背中にぶら下がっているのは、三人の中では一番口数の少ないメイメイ。
────ガコンッ。
小さな通風口のハッチが、埃を吹き上げながら開け放たれる。狭い暗闇からは、まるでネコ科の動物のようにしなやかな動きで、埃にまみれたポンチョ姿の少女がぬるりと這い出てくる。
「ただいま。中身は何だった?」
「あっ! ニナ姉だ!」
「おかえり、ニナ! ねぇ、聞いてよ! レンのせいで、もうみんな腹ペコ! 死にそうだよ!!」
「レン……。不器用、ですから……」
ニナの姿を見るや否や、一目散にレンから彼女へ鞍替えする三人組。これには彼らを鬱陶しがっていたレンも、マイナスドライバーを床に放り投げて抗議せざるを得ない。
「ふんだ! お前らいっつも、ニナ姉、ニナ姉って! そんなにニナが良けりゃ、もうお前ら四人で暮らせよ!」
「べェーーーーッだ!」
「いいよぉ~~だァ! ねがったり、かなったりってやつだね!」
「引っ越し、引っ越し……。さっさとレンだけ引っ越し……」
誰も味方をしてくれず、心底悔しそうに地団駄を踏むレン。やがて、思い付いたかのように例のコンテナを抱え込み、大声でこう宣言した────
「じゃー、いいよ!! これは俺がもらってく! お前らみんな、元気でな!?」
「やめなよ、レン。みっともない」
大人気無くいじけたレンの行動を諫めるような手つきで、彼の腕からコンテナを取り返すニナ。レンが床に放り投げたマイナスドライバーを拾い上げ、静かに錠前を弄り始める。
────ガチャ。
「出来た」
「すげぇーーーー!?」
「さっすが、ニナねーちゃん!! レンとは大違い!」
「ブラブラ……? ボーボー……?」
まるでレンの努力を嘲笑うかのように、ものの数十秒でコンテナの錠前を解除してしまうニナ。しかし、意外なことにレンからの不服申し立ては一切無く、むしろ十歳も若返ったくらいのキラキラとした羨望と尊敬の眼差しで、ニナに擦り寄る。
「うわぁ~~!? ニナ、やっぱスゲーなぁ!? なぁ!? 今の俺にも教えてくれよ! もっかい鍵閉めてさ! なっ? なっ?」
「だぁめぇぇぇ!! バカじゃん!?」
「なんでせっかく開けたのに閉めちゃうの!? バカじゃん!!」
「あとにして……? いい子だから……」
「──うわ!? や、やめろよ! イテッ!? お前ら、そろそろ手加減ってもんをだなぁ……!?」
三人組から非難囂々の罵声を浴びせられ、ニナのレクチャーを阻止されるレン。罵声どころか、脛を蹴られたり──腹を殴打されたり──背中にぶら下がられたりと、チビっ子たちから散々な実力行使を受ける。
「あとで。二人のときに幾らでも教えてあげるから。それより私もお腹ペコペコ。さあて、コンテナの中身は何かしら?」
ニナがコンテナを床に置いて中身を物色する。彼女の予想では、普段はまず手に入らない本物の生肉がたっぷり詰まった保冷コンテナに違いないと見立てていたのだが────
「なにこれ」
──請求書。そして、請求書の束。領収書、領収書の束。それらの下からは、更なる領収書や納品書、バラ撒き用に印刷された安売りチラシなど────あとはもうよく分からないし興味も無い書類ばかりが詰め込まれているだけだった。
「紙じゃん!!」と、マサムネが吠える。
「こんな立派な箱なのに、ただの紙しか入ってないのぉ!?」というのは、リヒトの泣き言。
そして、メイメイが一言。
「”ヤジ”さんに生まれたかった」
「メイメイ。それを言うなら”ヤギ”さん……な?」
レンはメイメイの言い間違いを指摘して、気怠げに口元をもしゃもしゃと動かす。その様子を見ていたマサムネが、たいそう不機嫌そうに捨て台詞を吐く。
「なんだよヤギって。ムカつく」
「ツノが生えてて、紙を食べる動物。昔、地球に居たらしいよ。見たことないけど」
マサムネの捨て台詞に対し、囁くように応答したのは虚ろな表情で天を仰ぐニナだった。そのまま音も無く、床に胡座をかいて座る。
「そんなの、どうでもいいよ!! あ~あ!!」
『あぁ~あ~~~~……!!』
ついに、二日まともに食事を摂っていないストリート・キッドたちは一斉に大きな溜息をつきながら点検用トンネルの冷たい床へ力無く横たわってしまう。トンネル内のあちこちで腹の虫がぎゅるぎゅると鳴き声を上げているが、どの腹に住んでいる虫が何回鳴いたのか、もはや特定は不可能だ。
「────待って。この窪みは……何?」
暫くして、もうみんな興味を無くしたコンテナを再び念入りに物色していたニナは、小さな違和感に気付く。箱の底に張られた布の一部を指先でなぞってみると、何やら奇妙な窪みの感触を覚えたようだ。
……ピピッ。カチッ、プシュッ────。