1-1 タルシスのストリート・キッド
「泥棒だぁーッ! 誰か、捕まえてくれ────!!」
第三宇宙港の貿易取引区画に、精肉店主の怒号がこだまする。一応、混雑したシェルター内を行き来する人々の多くは、周囲をキョロキョロと見渡して『ドロボウ』を探してやった。しかし、さして気には留めず、すぐに彼らの日常へと戻っていく。
「レン! パス!」
「ほいきた! うっひょお~!? 大猟、大猟っと♪」
ポンチョのフードを深く被った少女から投げ渡された獲物を受け取る少年。ぶかぶかの古めかしいパイロット・ジャンパーが、精肉店主の視界から消え去る。並走する少年と少女は、実に軽やかな足捌きで人混みの合間を縫うように駆け抜け、やがて検問のあるシェルター出口付近の三叉路まで辿り着く。勿論、検問所は通過せず、二手に散開してメイン・ストリートから走り去って行く────
「タルシス・シティへようこそ。身分証と、入星許可証を拝見」
「やぁやぁ、これはご苦労なことで。宇宙連合の兵隊さんは、手荷物検査までボランティアか何かで始めたのかい?」
薄ら笑みを浮かべた中年の旅行者が審査ゲートを警備する兵士に野次を飛ばす。フルフェース型のエグゾスーツに身を包んだ兵士は、右手でブルパップ型自動小銃の銃把を保持したまま、左手で旅行者の差し出した書類を受け取る。
「火星政府の要請だ。ゲリラの活動が活発化している。知り合いに怪しい人物はいるか?」
「へっ。俺が火星自由主義者のガキどもと知り合いに見えるかい? 見ての通り、こちとら善良なビジネスマンさ。まぁー、腐れ縁のダチどもからは、俺が毛深いもんで、よく『火星ゴリラ、火星ゴリラ』ってバカにされてっけどよ!」
書類の確認を終えた兵士は、旅行者がとっておきの持ちネタを披露する様子を一瞥する。少しも笑わず静かに書類を突き返し、背後の危険物検査ゲートへ進むよう顎で指示をする。
「しっかし、顔無しの兵隊さんがたときちゃあ、どこで会っても無愛想だね。まったく……」
「すまないが、今しがた火星の寒さにやられて風邪を引いたようでな。無駄に声を出すと喉が痛む」
「ハッ!! そうかい! じゃあ、一日中そこに突っ立って、よく暖めておくんだな!? お前さんのココロってもんをよ! おぉん!?」
旅行者は、兵士の手から書類を奪うように取り返す。ちょうどそこへ、息も切れ切れに、額にはまるで酷く止水パッキンの痛んだ蛇口からポタポタと滴り落ちるような大汗を浮かべた精肉店主が現れ、ふらふらと審査ゲートまでやって来る。
「ドロボ、どろぼうだっ……。はぁはぁ……。泥棒のガキが、ウチの店から大事な”ハコ”を盗んで行きやがった……! まさか、警備の連中は捕まえずに通したんじゃないだろうな……!?」
兵士は相変わらず持ち場で微動だにせず、静かに店主を問いただす。
「子供は見ていない。他に犯人の特徴は? 服装や顔は覚えているか?」
「あのクソガキどもだッ!! 二週間前にも店先に積んであった原料を二ダースも盗まれた!! おかげでこっちはもう商売上がったりなんだよ!! 被害届はほったらかし! 片や、やれ宙域封鎖だの通商制限だのと、俺たちの生活を苦しめることには手を抜かない無能な火星暫定政府にも、飼い主の宇宙連合にも、もうウンザリだ!!」
店主が顔を真っ赤にして憤慨する。その隣で、旅行者が『そうだそうだ』と言わんばかりに大きく頷いている。
「こちらは窃盗犯の特徴を聞いている。子供と言ったが、間違い無いか?」
「間違いないね! 以前と同じガキだ! 白いフードの小娘と、小汚い放出品の軍用ジャンパーか何かを羽織ったクソガキだよ!! さっきから言っているだろう!?」
兵士がスーツに装着された通信機を操作して報告する。二、三やり取りの後、審査ゲート脇のセキュリティルームから火星警察の制帽を被った軽装備の警察官二人がだらだらとやって来た。警察官は、相変わらず真っ赤になって活火山のように憤慨する店主を宥めつつ、事情聴取を始めたようだ。
「小さな事件は、ローカル・ポリスに丸投げってワケかい? まったく宇宙連合軍ってのは、大した正義の軍隊だねぇ」
「理解と協力に感謝する」
「皮肉が通じないのか? ああそうか──もしや、そう訓練されているとか────」
「ゲートを塞ぐな。進め」
両手を挙げておどける中年旅行者。相も変わらず、兵士は微動だにしない。
「なぁ、兵隊さんよぉ。ただあんたらが『良い旅を』だとか、『メリー・クリスマス』だなんて言ってくれりゃあ、気持ち良くおさらば出来るところを──」
「今すぐ消え失せて、良い旅を──ミスター・ゴリラ。なおも留まれば、国際宇宙保安法に基づいて身柄を拘束する。メリー・クリスマス。以上」