8(完結)
「フィリップ」
さすがにランドルフは呆れ顔だ。
「王太子になるのが嫌だからヴォルケーノ山麓の村の復興に従事するというのはリーシャ嬢に失礼ですぞ」
「いいんだよ」
フィリップの顔は真っ赤だ。
「フィリップはリーシャが好きだっ! 好きだから一緒にいたいんだっ! 悪いかっ?」
パチパチパチパチ
後方から長身の若い女性が姿を現した。
◇◇◇
「ぬっ? クリスティーナ嬢。そなたも来ていたのか?」
驚くフィリップ。
「当然でしょう。こんな面白そうなもの、見に来ない手がありますか? それよりランドルフ様、賭けは私の勝ちですね」
「ああ、そのようだね」
ランドルフも頷く。
「リーシャ嬢。紹介しよう。彼女はクリスティーナ侯爵令嬢。私の婚約者だ」
「はじめまして。リーシャ嬢。お噂はかねがねうかがっていますわ」
「はっはい」
今度は第二王子の婚約者の登場。リーシャの脳は処理が追いつかない。
「どうもフィリップの知らないところで話が進んでいるようだな。賭けって何だ?」
フィリップの顔は真っ赤なままだ。
「いやなに」
ランドルフはしれっとした顔で答える。
「ランドルフとクリスティーナ嬢で賭けをしたのですよ。フィリップがリーシャ嬢への好意を告白できるかどうか。ランドルフはフィリップは『男の沽券』とか言って出来ない方に賭けたんですが、クリスティーナ嬢は出来る方に賭けたんです。やはり恋愛ごとについては女性の方が勘が働くようですな」
「フィリップをダシにして遊ぶなっ!」
一喝したフィリップだがクリスティーナはどこ吹く風だ。
「それよりリーシャ嬢の答えを聞いていませんわ。リーシャ嬢。あなたはフィリップ様の求愛にどう答えるのです?」
「え? そっ、それは?」
リーシャは全身が硬直しそうになるが何とか答える。
「フィリップ様は王子様。私は庶民、釣り合わないかと」
「リーシャはただの庶民ではありませんわ。崇高で神聖な龍に仕える村の民の生き残り。その辺の下級貴族より立派な血筋です。血筋のことであれこれ言う者がいたら、クリスティーナとランドルフ様で黙らせて差し上げます。さあ、素直にご自分の気持ちをおっしゃって」
「わっ、私もフィリップ様が好きです」
リーシャも真っ赤になった。
◇◇◇
やはり真っ赤なままでフィリップが言う。
「これで満足かっ? 王太子にはランドルフがなるのでいいんだなっ?」
「全然よくありませんわ」
クリスティーナは手厳しい。
「崇高で神聖な龍に仕える村のお嬢様をお嫁さんにするのに仮にも王子が『熊おっさん』とは何事です。みなさん出番です。お願いします」
「「「わー」」」
王家の馬車の後ろから男たちが多数下りてくる。
「何だ何だ」
彼らは事態が把握できていないフィリップを椅子に縛りつけるとぬるま湯を頭からかけ、ボサボサの頭を散髪、更に伸び放題に伸びた髭を綺麗に剃る。とどめに持ってきた通常の王族が通常着用する服に着替えさせれば、あっという間に美青年の王子が姿を現した。
「え? え? え?」
リーシャは驚き、そして、その姿に見とれた。
「フィリップ様は身なりをちゃんとすれば美青年なんです。今回はクリスティーナがやりましたが、これからはリーシャ嬢がやってくださいね」
クリスティーナは何とも言えない笑みを浮かべる。
「ではフィリップ様、リーシャ嬢をこれからも大切にしてください。さあ、ランドルフ様行きましょう」
クリスティーナはランドルフと連れてきた男衆を伴うと風のように去って行った。
後には呆然としたフィリップとリーシャが残った。
先に我に返ったフィリップがリーシャに語りかける。
「まあ何だ。何とも格好悪いプロポーズになっちまったが、これからもずっと一緒にいてほしい」
「は、はい」
蚊の鳴くような声で返事したリーシャは下を向いたままだ。
「どうした下を向いたままで?」
フィリップの問いにリーシャは赤面し、下を向いたまま、やはり蚊の鳴くような声で答えた。
「フィリップ様がかっこよいので真っ直ぐに見られません」
「ははは。」
フィリップは苦笑する。
「王宮にいた頃は嫌でも綺麗な格好させられていたからな。それで第一王子なんかやっていると『かっこいいです』とか言って寄ってくる女がたくさんいた。そういうのが好きな奴のことを否定はしないが、フィリップは苦手だった。だからわざと汚い格好をしていたのもある。だけどな……」
ここでフィリップは下を向いたままのリーシャのあごの下に指を入れると上を向かせる。
「!」
「だけど、何故かリーシャにだけは『かっこよい』と言われて苦痛じゃない。嬉しいんだ」
そこまで言ってフィリップは己が唇をリーシャのそれに近づけた。リーシャもそれに応じた。
◇◇◇
「あー面白かったですわ」
馬車は徐々にヴォルケーノ山麓を離れ、王都に向かう。その中でクリスティーナは満面の笑みで声を上げた。
「ありがとう。不器用なフィリップのために一肌脱いでくれて。でも良かったのかい? クリスティーナだって、王太子妃や王妃より宰相夫人の方が気楽でいいって言ってなかったっけ?」
「まあ確かに宰相夫人の方が気楽でいいですけどね」
クリスティーナは笑顔のままランドルフの問いに答える。
「王太子妃や王妃になったらなったで、また違った楽しみ方もできそうですしね。まずはヴォルケーノ山麓がどんな復興をするか楽しみですわ。ランドルフ様、ヴォルケーノ山麓が復興したら、一緒にお忍びで温泉に入りませんこと?」
「王太子と王太子妃がお忍びで行くとなると警備も大変だろうけど。そこはフィリップにやってもらおう。警備はフィリップ一人いれば十分だし、私たちはフィリップには多大な貸しがあるしね」
「ふふふ。楽しみですわ。それにクリスティーナも、もともと侯爵家の次女で本当は姉上が王宮に入る予定でしたし」
「あ、姉上のアイラ嬢だね。侯爵家の長女なのに堅苦しいのは大嫌いと言って、ギルドマスターの押しかけ女房になって、今はギルドの受付嬢やっているんだっけ」
「お互い困った姉上や兄上を持ったものですね」
「全くだね」
「でもクリスティーナはおかげでランドルフ様と婚約できて幸せです。ランドルフ様と一緒ならどんなところでも楽しくやれます」
「それは私もだよ」
そして、ランドルフはクリスティーナの顔を引き寄せ、二人は唇を重ねた。
◇◇◇
「キーッ」
「キーッ」
「キーッ」
3頭のワイバーンたちは今日も夕焼けの空を飛び回る。
皇赤龍の護衛である彼らは前回の反省を踏まえ、外部から悪意を持った者が侵入しないよう、毎日夕刻になると巡回して回っているのだ。
希望に燃え、ヴォルケーノ山麓に入植しようとした大人たちは当初その姿に恐怖した。
しかし、子どもたちはそうではなかった。すぐに分かったのだ。3頭のワイバーンたちは悪意を持つ人間やモンスターには恐怖の存在であるが、そうでない者はむしろ護ってくれる存在であることを。
子どもたちは3頭のワイバーンたちに笑顔で手を振り、ワイバーンたちは首を振ってそれに応えた。
そこから大人たちも笑顔でワイバーンたちに手を振るようになった。もちろんフィリップとリーシャも。
その時、地面が小さく震動した
「うふふ」
リーシャは微笑む。
「皇赤龍。また大きくなったのですね」
「ああ」
フィリップも頷く。
「これは次の感謝祭で農作物を奉納するときに会うのが楽しみだな。次に会うときはこっちも三人だ」
リーシャの胎内には新しい命が宿っていた。
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