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しばらく様子を見守っていた3頭のワイバーンは顔を見合わせ、頷き合ったように見えた。
3頭は一斉に中空を見上げ、声を上げた。
「キーッ」
「キーッ」
「キーッ」
その声に呼応して地面が震動しだす。震動は徐々に大きくなり、リーシャが両足を踏ん張らなければ立っていられなくなった頃、ヴォルケーノ山頂の火口からそれは姿を現した。
皇赤龍の幼龍である。
まだまだ成龍に比べれば体も小さく、顔つきも幼い。しかし、龍のみが持ちうる崇高な気高さは既に持ち合わせていた。
「キーッ」
「キーッ」
「キーッ」
3頭のワイバーンたちは鳴き声を上げつつ、幼き主のために場所を空ける。
幼龍は中空よりフィリップとリーシャを見下ろすとゆっくりと降下を始め、二人の前にその両足を下ろした。
フィリップとリーシャは頷き合うとそれぞれ左腕を幼龍の前に差し出す。
幼龍は長い舌を伸ばすとフィリップとリーシャの血を舐め取る。次の瞬間、二人の左腕は輝きだす。
「成った。皇赤龍と人間の再盟約は成った。これで再び人間はこの地で皇赤龍の恵みを受けて平和に暮らせるようになる」
そんなフィリップの言葉にリーシャは涙を流す。
「良かった。本当に良かった」
「ギイッ」
幼龍は一声鳴くと再度中空に舞い上がる。
そして、中空でもう一度フィリップとリーシャを見下ろすと護衛である3頭のワイバーンを従えるとヴォルケーノ山頂の火口から火山内部に帰って行った。もはや夕刻となっており、再盟約を祝福するかのような綺麗な夕焼けにその黒い影は映えた。
その姿を見守りながらフィリップとリーシャは図らずも同時に同じ言葉を発した。
「ありがとう。皇赤龍」
◇◇◇
二頭立ての豪勢な馬車がその場に着いたのは皇赤龍が飛び去ったしばらく後だった。
その馬車が停車するやいなや中から金髪碧眼の長身の美青年が飛び降りてきた。
「さすがは兄上。見事にこちらが依頼したクエストを達成されましたな」
「何だランドルフ。俺がちゃんとクエストを達成するか見張ってやがったのか? 相変わらず悪趣味な奴だ」
「見張るとは人聞きの悪い。このクエストは命がけの危険なもの。血の繋がった大事な兄上に何かあったら大変と見守っていたのですよ」
「ふん。どうだかな」
呆然として二人のやり取りを見ているリーシャに気づいたランドルフは彼女に向き直った。
「これはこれはリーシャ嬢。お噂は聞いておりますぞ。龍に仕える村の民。崇高で神聖な血を引かれる方とか」
「あ、あの失礼ながらどちら様でしょうか?」
「これは失礼」
ランドルフは丁寧にリーシャに礼をする。
「わが名はランドルフ。コーンウォール王国の第二王子にして、そこにおわす『熊おっさん』ことフィリップ兄上の同母弟です」
「おっ、王子様っ」
慌てて畏まるリーシャ。それに対しランドルフは笑顔だ。
「いえいえお気になさらず。そこにいる『熊おっさん』の弟ですから」
◇◇◇
「『熊おっさん』『熊おっさん』うるせえぞ。ランドルフ。クエストは無事達成されたんだし帰れ」
「フィリップ。私はフィリップのクエスト達成を見届けるためだけに来たんじゃないですよ。お迎えに上がったんです。いい加減冒険者から足を洗って、王太子になってください。第一王子でしょう?」
その言葉にリーシャはビクリとした。
(フィリップ様と二人で行った冒険は大変なこともあったけど、楽しかった。でもフィリップ様は第一王子。ランドルフ様の言われるように王宮に戻られるのが筋。寂しいけどここは笑って見送らなくては)。
そう自分に言い聞かせつつも涙が溢れそうになる。それを押さえ込もうとするリーシャ。
「やなこった。王太子には王立高等学院首席卒業のおまえがなればいいだろう。ランドルフ」
◇◇◇
意外な展開に唖然とするリーシャ。それを尻目になおも会話は続いた。
「確かにランドルフは王立高等学院を全優で首席卒業しました。兄上は武術は優でしたが、後は全部可でしたよね」
「いけすかない奴だなあ。だけどそれが分かっているんなら、おまえが王太子やれよ。ランドルフ」
「でもフィリップが私より遙かに持っているものがある。それは『人徳』です」
(! 確かにそれはそうだ)。
リーシャ内心頷く。
「本音言いますとね。ランドルフだって王太子だの国王などはまっぴらなんですよ。徳のあるフィリップに王太子や国王になってもらって、ランドルフは臣籍降下して宰相になって自由にやりたいんですよ」
「フィリップだって王太子や国王は嫌だぞ」
「はい。兄弟揃って王太子や国王が嫌ってことになれば、なるのは第一王子のフィリップでしょう。何か反論は? ただ嫌だからじゃ駄目ですよ」
「うぐぐぐぐ」
フィリップは両拳を握りしめ下を向く。しかし、やがて顔を上げると両手でリーシャの両肩を掴んだ。
「リーシャ」
◇◇◇
「はっ、ははは、はいっ」
突然のフィリップの行動に動揺するも何とか返事するリーシャ。
「リーシャは今回のクエストが達成されて、皇赤龍と人間の再盟約が成ったら、またここで暮らして、村を復興できたらと言っていたな?」
「はっ、はい」
「決めたっ! フィリップもここで暮らすっ! リーシャと一緒にヴォルケーノ山麓の村を復興するっ!」