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「あ、てめえ、『熊おっさん』。まだクエストの横取り諦めてなかったのか。帰れっ!」
ブラムたちの前に姿を現したのはフィリップとリーシャ。その姿は既にボロボロになっているブラムたちと対照的に傷一つなく、服装も全く汚れていない。
そのことにブラムもすぐに気づいた。
「何でてめえら、そんなに綺麗なんだ? さてはリーシャ、俺たちの知らない裏道を使ったのか? 汚い奴め」
フィリップは呆れた顔でブラムを見る。
「裏道なんか使ってないぞ。ヴォルケーノ山に行く道はこの道一本しかない。それに俺たちが安全な裏道を使えて、おまえたちが使えなかったとしても、それはリーシャをクビにしたおまえのせいだろう」
「じゃあ何でおまえらはそんなに綺麗なんだ?」
「リーシャにはただマッピングするだけでなく、潜んでいるモンスターが何か見抜く力があるんだよ。それで余分な戦闘は避けてきた。おまえが持っているナビゲーションクリスタルではモンスターを赤い点で表示できるだけだろうがな」
「汚いぞっ!」
ブラムは激高する。
「俺はそんなこと知らなかった。そうと分かっていればリーシャをクビにはしなかった」
フィリップは静かに、しかし威厳をもって返す。
「それはおまえが勇者としてパーティーメンバーの力を引き出そうとしなかったから分からなかったのだ。おまえは他のパーティーメンバーに『してもらう』ことしか考えてこなかった」
「とっ、とにかくだっ!」
ブラムは更に怒鳴り声を上げる。
「そういうことなら、リーシャは返してもらうぞっ!」
「分からないのか?」
対照的にフィリップは冷静だ。
「『もう遅い』ということが。同じギルドメンバーのよしみで最後の忠告をする。おまえら、後は俺とリーシャに任せてすぐ帰れ。さもないと本当に『死ぬ』ぞ」
「うるさいっ! 誰が騙されるもんかっ! 報酬の金貨一万枚は俺のもんだ」
「仕方ないな」
フィリップは大きな溜息をつく。
「リーシャ。今何が起こっているか、あいつらに教えてやれ」
「はい」
リーシャも淡々と言う。
「ワイバーンが3頭、猛スピードでこちらに向かって来ています。今のブラムさんたちの状態では勝てないと思われます。すぐ逃げることをお勧めします」
「何だと。じゃあ何故おまえらは逃げないんだ? 『熊おっさん』」
「俺たちは逃げる必要が『ない』からだ」
「騙されないぞ。『熊おっさん』。金貨一万枚を横取りする気だな。逃げてたまるか」
ブラムとフィリップの会話はそこで中断された。先頭を飛んできたワイバーンが両脚の爪を突き出して急降下。ブラムたちに強力な一撃を見舞ったからだ。残りの2頭はやはりブラムたちをブレスで攻撃した。
「何でだ、何で俺たちだけを攻撃する? 何で『熊おっさん』とリーシャは攻撃しないんだ?」
「おまえらにはな」
フィリップは冷静なまま返す。
「先の皇赤龍を攻撃した時の返り血の匂いが残っているんだよ。それに加えて今の幼龍の護衛であるリザート系のモンスターを殺しまくって、その返り血も浴びている。もうここのモンスターたちにはおまえらは絶対に許せない存在なんだよ」
「おいっ、『熊おっさん』。ぼけっと見てないで俺たちを助けろっ!」
「やなこった。俺たちは幼龍に今まで人間たちがしてきたことを謝罪して和解するために来ているんだよ。幼龍の護衛のモンスターを殺せるもんかい」
「そっ、そんなっ」
そこから先は一方的な殺戮だった。ブラムたちは逃げることも能わず、みな死んでいった。
◇◇◇
ことをなし終えた3頭のワイバーンは中空でホバリングしたまま、じっとフィリップとリーシャを見つめていた。心なしかリーシャを見る目は優しい。
ここでフィリップは一歩前に出る。
「皇赤龍の護衛よ。我が名はコーンウォール王国の第一王子フィリップ。このたびは我が同類たる人間がまたしても危害を加えんともくろんだことを深くお詫びする」
3頭のワイバーンは静かにそれを聞いている。
「また、かつてやはり我が同類たる人間が先代の皇赤龍との盟約を一方的に破り、危害を加えたことも深くお詫びしたい」
3頭のワイバーンは静かなままだ。
「そうは言っても二度に及ぶ不誠実な行動。不信感を抱かれるのは仕方のないこと。そこで……」
フィリップは腕まくりをして左腕を出すと右手で持ったナイフの先で真っ直ぐになぞる。
なぞった先からじわじわと血がにじみ出す。
「この王家の血をもって盟約の誓いとしたい。今後人間側からの背信行為があった場合、わが命をもって償おう」
それまでフィリップの行動を見守っていたリーシャだが、やがて大きく頷くとやはり左腕をまくった。
「皇赤龍の護衛。私の名前はリーシャ。ヴォルケーノ山麓の村の民の生き残りです。私の血も盟約の印としましょう」
「バッバカッ! リーシャッ! おまえはそんなことしなくていいんだっ!」
フィリップは慌てる。
「おまえはこの件では家族と友人を失った被害者じゃないか。俺のように冒険者を制御できずにこの事態を招いた王族じゃないっ!」
「いえ、違うんですよ。フィリップ様」
リーシャは微笑を浮かべる。
「私がそうしたいんです。あなたがそうするなら私も同じようにしたいんですよ。わが命をもって皇赤龍と人間の間の平和を保ちたいのです」
その言葉にフィリップは赤面する。それを尻目にリーシャは己が左腕にナイフの刃を走らせる。やはり血がにじみ出した。