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「うっ」
フィルの迫力にブラムとそのパーティーの者はたじろいだ。
「ふん」
しかし力技で動揺を抑え込む。
「むさ苦しくてモテない熊おっさんが、時代遅れの『マッパー』を拾ったか。そんなダサい奴らに付き合ってられるかっ! アイラッ! このクエストはもう受けたからなっ! 行くぞっ! みんなっ!」
捨てゼリフを残して去って行くブラムとそのパーティーの者たちをリーシャはなおも止めようとした。
それをフィルは更に強く抱きしめることで制止する。
「もういい。リーシャ。もう十分に頑張った」
「……」
「おい、アイラッ」
フィルはリーシャを抱きとめたまま、受付嬢に声をかける。
「アイラのことだから、写しはしっかり取ってあるんだろ? 今のクエストの写しを見せてくれよ」
アイラは今までの怒った顔はどこへやら笑いをかみ殺せない様子だ。
「はいはい。もちろん写しは取ってありますよって、ぷっくくく。『むさ苦しくてモテない熊おっさん』だって、あいつら、その『熊おっさん』の正体知ったら腰抜かすよ」
「堅苦しいのが大嫌いで実家を飛び出した元侯爵令嬢のギルド受付嬢には言われたくないわ。それより今手が離せない。すまないがその紙、こっちまで持ってきてくれないか」
フィルはリーシャを抱きとめたままだ。
「はいはーい。フィルさんはリーシャちゃんが何より大事だもんね」
満面の笑顔になったアイルが紙を持ってくる。
「余計なことは言わなくていい。えーと」
フィルはリーシャを右腕で抱きとめたまま、左手で紙を持つ。
「やっぱり依頼主はランドルフか。しかもフィルを請負に個人指名しているじゃないか」
「そうなの。なのにブラムたち勝手に受けちゃって」
また呆れ顔になるアイラ。
「おまけにクエストの目的は『ヴォルケーノ山麓を平穏な状態に戻し、領民が再入植できるようにすること』って書いてあるぞ。『幼龍を退治しろ』なんて一言も書いてないじゃないか」
「そうそう。だけどあいつらにしてみれば、『ヴォルケーノ山麓を平穏な状態に戻す』ことイコール『幼龍の退治』なんでしょうね。短絡的に過ぎるんですよ」
「クエストの内容は『ヴォルケーノ山麓を平穏な状態に戻す』ことなんですか?」
フィルに抱きとめられたままリーシャが問う。
「ああ」
フィルは突然のリーシャの問いに戸惑いながらも答える。
「依頼主のランドルフはいけすかない野郎だが、頭は凄くいい。幼龍とケンカするんじゃなく、今まで人間がしてきたことを謝罪し、昔のような人間が龍を尊敬、信仰し、龍は人間に地熱、温泉、硫黄の恵みを与える。そんな時代に戻したいのさ」
「アイラッ!」
フィルは受付嬢を振り返る。
「放っとくとあのブラムとかいう奴ら、幼龍とケンカ始めちまう。俺はすぐ追いかけて、今度こそ大きなもめ事になる前に止める。俺もクエストを受ける」
「わっ、わっ、私も行きますっ!」
フィルに右腕で抱えられたまま、リーシャが顔を上げる。
「リーシャ」
フィルはリーシャの目を見つめる。
「リーシャはあの一件で滅んでしまったヴォルケーノ山麓の村の生き残りなのだろう。あの村の民は龍の恵みの温泉水を飲み、目を洗って生活してきたから、夜目も利くし、勘も働く。だがあの村が滅んだことは大きな心の傷のはずだ。無理して行くことはない」
「いっ、いえっ」
リーシャはフィルの目を見つめ返す。
「私にとってあの事件が思い出したくないことなのは事実です。だけど、今回のクエストの目的が『ヴォルケーノ山麓を平穏な状態に戻す』のであれば話は別です。私は行きたい」
「……正直リーシャが来てくれると助かる。一緒に来てくれるか?」
「はいっ!」
「おっと」
それまで成り行きを見守っていたアイラが口をはさむ。
「クエスト受領はいいとして。フィルさん、いや、フィリップさん。リーシャちゃんがここまで言ってくれたのだから、あなたもご自分のことを明かすべきではないですか?」
「そうだな」
アイラの言葉にフィル、いや、フィリップも頷く。
「共にこのクエストを受け、ヴォルケーノ山麓に行く前に言っておくべきだな。リーシャ。俺の本当の名前はフィリップ。そして、俺は……」
◇◇◇
フィリップとリーシャのパーティーよりかなり早い時間に出発したブラムたちのパーティーだが予想外に苦戦していた。
過去に信用していた人間たちにいきなり理不尽な攻撃を受けた当時の皇赤龍は狂乱してブレスを吐きまくった。
その結果、当時皇赤龍討伐に参加していた者、何の咎もなかったそこに住んでいた村人に加え、そこにいたモンスターたちも殆ど死んでしまった。
ブラムはそのことから途中でモンスターには出くわさずに一気に幼龍のところまで行けると思っていたのだが、思いのほかモンスターに出くわすのだ。
「ちいっ、また来やがったか。今度は何だっ?」
「サラマンドラですっ!」
「くそっ、援護頼むぞっ!」
ブラムは女騎士と共に応戦する。女魔法使い、女僧侶は援護。
あわやという場面もあったが、何とか撃破する。
「ふうっ」
ブラムは一息つくとポーションを一気飲みする。
「どういうことだ。まるでモンスターども俺たちが来るのを知っていたみたいじゃないか。しかも来たのがレプリティアンにバーサーカー、それにサラマンドラ。手強いリザード系のモンスターばかり」
「そのわけを教えてやるよ」