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フィルとリーシャのコンビネーションは場数を踏むごとに洗練されていった。気心も知れてきたように思われる。
しかし、フィルはリーシャに細やかな気遣いを見せながら、あくまで対等のビジネスパートナーとして扱い、それ以上踏み込んでこようとはしなかった。
心に古傷を持つリーシャにとって、それはありがたいことである反面、物足りなさが感じられるのもまた事実だった。
このまま日々は移ろっていくと思われた頃、そのことは起きた。
◇◇◇
フィルとリーシャはいつものとおりギルド発注のクエストをこなし、次に請け負うべくクエストを見つくろうため魔法掲示板を見ていた。
そこにその声はかかった。
「あーっ、フィリップさーんっ、ちょうどよかった。ちょっと来てー」
声の主はギルドの受付嬢アイラ。それを聞くや否やフィルは凄いスピードでアイラのところに駆け寄った。
「その名前で呼ぶなって言っただろ。俺はフィルだ。何の用だ?」
「あらごめんなさい」
アイラは悪びれる様子もない。
「それよりS級クエストの依頼が来ちゃったんだけど受けてくれない」
「S級? またそれはどんな話なんだい?」
「うん。これなんだけど……」
アイラが引き出しから出した紙をフィルが見るより先に奪い取った男がいた。
「!」
さすがにアイラもフィルも顔色が変わる。だが、一番顔色が変わったのはリーシャだった。
S級クエストの依頼が記された紙を奪い取った男こそ、かつてリーシャをパーティーから追放した勇者だったからだ。
「ブラムさん。駄目ですよ」
我に返ったアイラは勇者ブラムを窘める。
しかしブラムは気にとめる様子もなく、S級クエストの依頼が記された紙に見入っている。
「何だこれ。え、王宮からの依頼? 報酬金貨一万枚? すげえ破格じゃん」
「そりゃあ報酬はいいですよ。S級クエストですからね」
アイラは半ば呆れ顔で
「王宮だって馬鹿じゃありません。それだけ危険だから高い報酬を出すんですよ」
「大丈夫。大丈夫。場所がヴォルケーノ山だろ。昔あそこの皇赤龍討伐に加わっていたんだよ。俺だけじゃなくて騎士も魔法使いも僧侶もな」
ドクンッ
リーシャの心臓は大きく鼓動した。
(え? 私が前にいたパーティーの他のメンバーがみんな皇赤龍討伐に加わっていた? 私が加入する前に)。
「ブラムさん」
アイラは更に呆れる。
「皇赤龍討伐って、皇赤龍を怒らせるだけ怒らせて、討伐パーティーがほぼ全滅した上、ヴォルケーノ山麓の村まで潰されたあれでしょ」
「そうだっ」
呆れているアイラに気づかないのかブラムは胸を張る。
「俺たちはあの皇赤龍の猛攻撃から逃げ延びたんだぜ。それに俺たちはあの時よりずっと強くなっている。そしてあの時の皇赤龍は頭にきたあげく、どっかに飛び去り、今いるのは残していった卵から孵った幼龍だって言うじゃないか。楽勝だぜ」
ドクンッドクンッドクンッ
リーシャの心臓は早鐘を打つ。
(あっ、あの人たちが、穏やかで優しく、人間に地熱、温泉、硫黄の恵みをくれた皇赤龍を怒らせて、私のいた村を潰させてしまった。あの時、私の家族も友達もみんな死んでしまった)。
リーシャの両目から止めどもなく涙が溢れてきた。
(いけない。ただ泣いていてはいけない。もうそんなことはしてはいけないと言わなくては。だけどだけど……)。
極度の衝撃を受けたせいか。リーシャは言葉が出てこない。
「何を言っているんですか。ブラムさん。このクエストはそういうことじゃなくて」
遂にアイラは怒りだした。
「もういいアイラ。ここは自分が言う」
アイラを制し、フィルが前に出る。
「言っても分からないかもしれないが、このクエスト受けたら、おまえら死ぬぞ」
◇◇◇
「ふっ」
そんなフィルを嘲笑するブラム。
「熊おっさん。条件のいいクエストを横取りしたいって気持ちは分からんでもないが、つまらんハッタリは見苦しいぜ」
「フィルのことを『見苦しい』男と思うのはおまえらの勝手だ。だがもう一度言わせてもらう。このクエストを受けたら、おまえらは死ぬ」
「何とでも言え。おい、アイラッ! 俺たちはこのクエスト受けるからな」
「やめてくださいっ!」
◇◇◇
その最後に残った気力を振り絞り、リーシャは声を張り上げた。
その場にいた者、ブラムとそのパーティーの者ばかりでなく、フィルとアイラも唖然とした。
「あなたたちがっ! あなたたちがっ! 穏やかで優しい皇赤龍を怒らせるまで追い詰めるから、ヴォルケーノの村人はみんな巻き込まれて死んじゃったんですっ! もうあんな馬鹿なことはやらないでくださいっ!」
ブラムとそのパーティーの者はなおもしばらく唖然としていたが、やがて相手がリーシャと分かると大笑いを始めた。
「これはこれは。誰かと思えば、時代遅れの『マッパー』。リーシャさんじゃないですか。まだ王都にいたんですか。てっきりもう田舎に帰られたのかと」
「私には帰れる故郷はありませんっ!」
もはやリーシャは涙声になっていた。
「おやおや、故郷でも受け入れてもらえなかったんだ。時代遅れの『マッパー』は」
ブラムの嘲りは続き、なおも言い返そうとするリーシャをフィルは抱き寄せ、低音で静かに、しかし、力のこもった声でこう言った。
「うちのパーティーメンバーを馬鹿にするのはもうやめてもらおうか」