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「凄い……」
リーシャは呆然とした。
「もの凄く強い。これじゃリーシャいらないじゃないですか」
リーシャがそう思うのは無理もなかった。以前所属していたパーティーではスライム相手ならまだしもコボルド相手となると勇者と女騎士が大騒ぎして何回も叩き、女魔法使いが雷魔法を落としてやっと倒していたのだ。
「いらないなんてわけがない」
フィルはしきりに首を振る。
「戦闘前に正確でより詳細な情報を得られるってのは凄いアドバンテージなんだぞ」
「そうでしょうか」
リーシャはピンとこない。何しろ今までずっと「戦闘に役に立たない」とばかり言われてきたのだ。
「そうさ。さあ洞窟に入るぞ」
フィルはわくわくしている。
(さあて洞窟内は草原とまた事情が違うけど、この『掘り出し物』のマッパーはどんな実力を見せてくれるのかな?)。
◇◇◇
リーシャは見事フィルの期待に応えた。
「右前方約50フィート。気配からして恐らくスライム2頭。左後方約80フィート岩の陰に隠れていますが、恐らくコボルド2頭。その後ろ約120フィート。これは隠れる気がないようです。恐らくゴブリン3頭」
「何故そこまで分かる? 夜目が利くのか?」
フィルの言葉にリーシャは少し口ごもってから答える。
「……いえ、ちょっと勘が働くだけですよ」
(嘘だな)。
フィルは見抜く。
(確かに勘もいいがそれだけでは説明できない。天性の何かを持っている。でもそれは今は言いたくないようだ。まあいい。いずれ話してくれる時も来るだろう)。
フィルは何も言わずにモンスターに突撃。あっという間に倒していく。
更に前方に宝箱。
「リーシャ。これは?」
「ご明察。ミミックです」
「ふっ」
フィルは小さく笑うと宝箱に擬態したミミックを一刀両断にする。
(何て頼りになる相棒だ。これを解雇して『ナビゲーションクリスタル』買って喜んでいる奴の気が知れないぜ。『ナビゲーションクリスタル』なんてマップを自動的に記録して、モンスターを赤い点で表示するだけじゃないか)。
リーシャの心もまた躍っていた。
(『マッパー』ってただ最後方で他のパーティーメンバーに守られてマッピングしているだけの仕事だと思っていた。こんなに自分の意見を聞いてもらえ、生かしてもらえるなんて信じられない)。
◇◇◇
洞窟はそう大きくもなく、ラスボスはホブゴブリンだった。
さすがにそれまでの敵と違い、フィルも一撃では倒せなかったが、三回の攻撃で倒した。敵からの攻撃は全てかわし、フィルは無傷である。
「本当に強いんですね」
リーシャは呆れたように言う。
「そうか?」
フィルはあまり気にとめる様子もない。
「これぐらいの『勇者』。いると思うぞ」
(いやそんなことはない)。
リーシャは思う。
(以前のパーティーならホブゴブリン相手なら勇者と騎士、魔法使いが大騒ぎして何回も攻撃していたし、僧侶は治癒魔法をかけるのに大忙しだった。そして、以前のパーティーのメンバーが極端に弱かったということもない。つまり……)。
リーシャはしげしげとフィルを見つめる。
(フィルは本当に凄い人なんだ)。
「ん? 顔に何かついているか?」
視線に気づいたフィルが笑顔で問いかける。
「いっ、いえ。何でもないです」
リーシャは視線をそらした。
◇◇◇
「ほらっ」
フィルのその行動にリーシャはどう対応したらよいか分からなかった。
「そっちの取り分だよ」
「え? こんなにですか」
布袋の中はさすがに金貨がたくさんというわけにはいかなかったが、結構な数の銀貨と銅貨、少しだけど金貨も入っている。
「こんなにって今回はラスボスがホブゴブリンのそんなに大きくない洞窟の探索だからこの程度なんだぞ。もっと大きなダンジョンとかに探索に入れば、もっと金になる」
「そんなにお金をもらってもどうしたらよいか分からないのですが……」
フィルは苦笑した。
「まあ非常時に備えて貯めておけばいいんじゃないか?」
「そうします」
◇◇◇
その晩、リーシャは久々に宿屋で個室の寝台の上で寝た。
実はフィルが「ここまで面倒見てやったんだから夜も付き合え」と言ってくるのではないかと内心戦々恐々としていた。
ところがフィルはその外見に似合わず(?)紳士的で「俺はこの高級個室取るから、リーシャは別の高級個室取ったらどうだ?」と勧めてきたのだ。
リーシャは少し拍子抜けしたが、自分は一番安い個室で十分だと断った。
「何だ今回収入があったから少し贅沢してもいいのに。個室は高級なほど疲労が取れるぞ」
それでもリーシャには一番安い個室で十分だった。なにしろこの町に来てからというものの寝るところと言えば馬小屋か野宿だった。
(寝台で寝るなんて村で家族と暮らしていた時以来……!)。
リーシャはそこで思考を止めた。これ以上思い出してはいけない。思い出したくないあのことまで思い出してしまう。
(寝よう。今は寝よう)。
リーシャがその後過去の苦しい思い出に悩まされることなく寝付けたのは幸いだった。