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「おいおい、何後ずさっているんだよ。いきなり声をかけて驚かしたのは悪かったが、こっちは『マッパー』に用があって来たんだよ」
(しゃべる「熊」?)。
リーシャは一瞬そう思ったが、よくよく見ると体が異様にごついのと髪の毛とヒゲが異様に長く伸びている「人間」である。
「それとも『マッパー』じゃないのか?」
「いえ」
ここでようやくリーシャは冷静になった。
「確かに私は『マッパー』ですが何のご用でしょう?」
「良かった」
ボサボサ頭髭もじゃの「熊もどき」が笑顔を見せる。リーシャはドキリとした。
「ギルドの受付嬢のアイラから失職した『マッパー』が出たと聞いて飛んできたんだ。専属マッパーになってもらいたい。それとも再就職先が決まっちゃったのか?」
「いえ」
リーシャは首を振る。
「再就職先は決まっていません。でも一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何だい。何でも聞いてくれ」
「ギルドの受付のお姉さんはもう『マッパー』の求人はないようなことを言っていました。なのに何故あなたは『マッパー』を求めるのです?」
「まあ俺は人間が古いのかもね」
「熊もどき」は苦笑しつつ答える。
「だがね、こっちに言わせれば何で他の連中がこうまで『ナビゲーションクリスタル』を有り難がって、次々に『マッパー』を解雇することが理解に苦しむよ」
「……」
リーシャは自分にとって意外な展開に戸惑う。
「あ、そうだな。雇用するにも条件を示さないとな。報酬は稼いだ金の四割でどうだ。あ、ドロップアイテムはその都度の協議で決めるということで」
「!」
リーシャはあまりの驚きに絶句し、呼吸を忘れる。
「熊もどき」はその様子を見て問う。
「ん? 配分に不満があるか?」
「いやそうではなくてですね」
リーシャは呼吸を再開し、口を開く。
「以前所属したパーティーは『勇者・騎士・魔法使い・僧侶・マッパー』の五人編成でしたが、リーシャへの報酬配分は一分でした」
「それは妙だな。五人編成ならば二割と言わず一割はあってしかるべきではないか?」
「勇者三割、騎士・魔法使い・僧侶二割三分、私は一分です。『マッパー』は戦闘で役に立たないからという理由からでした」
「熊もどき」は腕組みをする。
「搾取されていたのだな。まあ、よそはよそ。うちはうち。『マッパー』が戦闘に役に立たないなんて認識不足もいいとこだぞ」
「はあ」
「心配すんなって。すぐに立証してやんよ。実はもう『カールズバット洞窟』の探索のクエストを請け負ってきているんだ。一緒に来てくれ」
「え? でも……」
「ん? 腹減っているのか? 何か食うか? それとも前払でいくらかほしいのか?」
「いえ。探索クエストを請け負うなら、何故『ナビゲーションクリスタル』を使って記録しないのかと」
「はっはっは、人間が古いんだよ。俺は。『マッパー』がいいのさ」
リーシャは少し迷ったが付いていくことにした。どちらに転んでも行くところなどないのだ。
「ところであの……」
「ん?」
「あなた様のことはどうお呼びすれば?」
「そうだな。フィリ……いや、フィルとでも呼んでくれ」
「分かりました。フィル様。私はリーシャです」
◇◇◇
カールズバット洞窟の入り口は草原の先にある崖にぽっかりと開いている。
洞窟内部にはモンスターはわんさかいるだろうが、その周辺の草原にもいる。
「さて」
フィルはリーシャを振り返る。
「洞窟入り口周辺の草原もマッピングしてくれるか?」
「はい」
リーシャはうなずく。
即座にリーシャの脳内に方眼が表示される。それに基づき、リーシャは素早く白紙にペンを走らせていく。
それを満足そうにながめたフィルは更に声をかける。
「何でもいい。気がついたことを言ってみてくれ。本当に何でもいい」
「はい」
リーシャは今までとは違ったフィルのやり方に当惑しながらも率直に言う。
「北東10時の方向約70フィート。短い草が不規則の方向に揺れています。更にその後方さらに15フィート、長い草がわずかに揺れています」
(これは儲けものだ。このリーシャ。相当優秀な『マッパー』だぞ)。
フィルは内心ほくそ笑むが、それをおくびにも出さない。
「そこから推測できることを言ってみてくれ。分かる範囲でいい」
「はい。前方約70フィートの短い草が不規則の方向に揺れているのは、短い草でも隠れることが出来る小型モンスター。揺れ方が不規則なのはあまり知能が高くない。恐らくはスライムが3頭と言ったところ。その後方の長い草の揺れは中型モンスターのそれ。あまり揺れてないのはそこそこの知能を持ち、意識的に隠れているから。恐らくはコボルドが2から3頭」
(これは凄い。これを活用してなかったとするとリーシャが以前所属していたパーティーの勇者は大馬鹿者だぞ)。
フィルの内心のほくそ笑みはますます大きくなるが、それを力技で押さえ込む。
「ふむ。ではそのコボルドの意図は何だと思う?」
「二つ考えられます。一つはコボルドがスライムを狙っている。だけど、それならもう既に行動を起こしているはずです。なのでもう一つのスライムを狙って攻撃を仕掛けてきた冒険者に対し、後方から奇襲をかける意図かと」
「ならば……奇襲。上等っ!」
フィルはそう叫ぶと背負っていた広刃の剣を抜き、前方のスライムに向け、突進する。
スライムたちが気づき、跳躍することで反撃せんとした時には既にフィルの剣は横になぎ払われており、3頭のスライムは一瞬のうちに横に真っ二つにされた。
後方に伏せていたコボルドはフィルの後ろに回り込もうとしたが、囮にするはずのスライム3頭が瞬殺され、あっけにとられているうちに3頭とも倒された。