1
イラストレーション 楠結衣 様
マッパーというのはRPGをプレイする際に、帰り道を間違えたり、同じワナに二度かかったりしないように、ダンジョン等をマッピング(図面上に書いて記録する)する職業です。
現在のコンピュータRPGは殆どがオートマッピングされていますのでご存知ない方も多いかと明記させていただきました。
「ではリーシャ。ただいまをもっておまえはわがパーティーをクビだ」
一瞬何が起きたか分からなかった。リーシャはその場で硬直した。
「伝達事項終了。さあて金も入ったし、今日はいい宿泊まって豪勢にやるか?」
「あたしオーガ肉のビッグステーキが食べたい」
「あたしはエールが飲みたいな」
「わーい豪勢豪勢」
「んじゃあ、今日は気張って銀吟亭に行くか?」
「キャーッ、ステキー」
「銀吟亭久しぶりー。楽しみー」
「お風呂大きくてきれいなんだよね」
ここに至りやっとリーシャは我に返った。
「あの、リーシャがクビってどういうことです?」
その声にリーシャにクビ宣告をした勇者とそれにもたれかかっていた女騎士、女魔法使い、女僧侶が一斉に振り向く。
そして、勇者は一歩前に出て告げる。
「『クビ』では分からんのか? では『解雇』『除名』『追放』と言えば分かるか?」
「そういう話をしているんじゃありませんっ!」
リーシャの顔は怒りで真っ赤になる。
「何で私がパーティーをクビになるんですか」
「うむっ! それはだな……」
勇者は背負っていたザックをおろすと、ゴソゴソと何か探り、やがて一つのクリスタルを取り出した。
「じゃーんっ! とうとうこれが手に入ったのだっ!」
「何ですか? それ」
訝しそうなリーシャに勇者はわざとらしく大きな溜息を吐いてみせる。
「これだから時代遅れの田舎者は。ナビゲーションクリスタルも知らんのか?」
「! それが……」
さすがにリーシャも口ごもる。
「魔法技術も日進月歩だからね。今のナビゲーションクリスタルの性能は凄いってよ」
「他のパーティーはとっくにナビゲーションクリスタルを導入していたからね」
「メンバーに『マッパー』がいるなんて言ったら、どこの『高齢者パーティー』ですか? って言われて笑われちゃうよ」
たたみかける女騎士、女魔法使い、女僧侶。
うなだれるリーシャ。確かに言われていることは一理ある。だが、だからこそ正確で迅速なマッピングに心がけてきたのであるが。
「そういうわけで、うちのパーティーに『マッパー』はいらないの。じゃあね」
「「「じゃあね」」」
◇◇◇
(時代が『マッパー』求めていない……というのは残念ながら事実だわ)。
壁に魔法で表示されている求人票の掲示板を注視しながらリーシャは思う。
求人しているのは主に勇者なので、共に突撃する騎士への需要がもっとも多い。攻撃魔法を使える魔法使い、治癒魔法を使える僧侶への需要も多い。変わったところでは罠の解除が出来る盗賊、間接的物理攻撃が可能な弓兵。
但し、「マッパー」求むの求人は一つとしてないのだった。
「はああああ~」
ギルド内部に響き渡るような大きな溜息をついたリーシャを見かねてかギルド受付嬢が声をかける。
「どっ、どうしたのですか?」
「はい~」
やっと声を絞り出すリーシャ。
「ここに掲示されていない求人ってないんですかあ? 私、先ほど失職したてほやほやの『マッパー』なんですがあ」
「はあ。『マッパー』さんですか」
妙に納得顔の受付嬢。
「正直申し上げまして、求人はあそこの魔法掲示板にあるもので全部です」
「そうですかあ」
「やはり例のナビゲーションクリスタルの普及から『マッパー』さんの失職が多くなりまして。実家に帰って家業を継ぐ方とか多いです。勇者と結婚して留守宅を守る主婦になった方もいます」
(私には結婚相手なんかいないし、帰れる実家もない)。
「はああああ~」
リーシャはもう一度ギルド内部に響き渡るような大きな溜息をついた。
「まっ、まっ、とにかく新しい求人が入ることもありますので、あんまり期待しないで待っていてください」
最後の受付嬢の言葉は多分リーシャには届いていない。
◇◇◇
失意のリーシャは公園の大木の根元に腰を下ろした。
幾ばくかの金は持っていないこともない。しかし、先行きが不透明な今、危なくて宿泊料などには使えない。
さてこれからどうするか。持っている技能は「マッピング」のみ。後、絵を描けるが、これはメシのタネにはなるまい。
生まれつき体が小さいので勇者、騎士等の武闘系はとても無理。弓兵も弓を引く力が足りない。盗賊とか言ったら、そんな鈍臭い盗賊がいてたまるかと笑いものになる。魔法使いか僧侶ならまだ見込みがあるかもだが、今から学校で学ぶだけの金はない。
そして、帰れる実家はない。すなわち……
(詰んだ)。
リーシャは寝ることにした。寝て起きたら問題が全て解決していると思うほど脳内お花畑でもなかったが、現状打つべき手が皆無な以上、体力温存すべきと考えたのだ。
「おーお、ここにいたかあ」
◇◇◇
その声にリーシャは飛び起きた。現実問題一人になってしまった以上、自分の身は自分で守るしかない。
目の前には「熊」がいた。リーシャは全身の血の気が引いた。
通常は山岳地にいるはずの「熊」が何故市街地の公園に現れたのか考える余裕はなかった。
しかし、リーシャは田舎育ち。「熊」に邂逅した時の対処法は心得ている。
(今、私は武器は何も持っていない。ここは「熊」から目をそらさず、一歩ずつ後ずさりして距離を取り、立ち去るべし)。