タチアナの気持ち。ナタリアの気持ち。そして、カルミヤ養成所の創設と始まり。
ナタリアの気持ちは伝わるのでしょうか。
そして、グセフとタチアナの気持ちの行き着く所は。
始まります。
「それで、あの人の事は何か分かりましたでしょうか?」
そう、テーブルに着いてからの話の切り始めはタチアナから始まった。
空気は当たり前だが暗い。
「えっと、お母さん……」
「……」
「うっ──」
まぁ、見ての通りナタリアも口を開こうとするけれども。タチアナの目に押されては尻込みしてしまっては言葉を紡げないでいる。
「僕から説明しても大丈夫でしょうか?」
「えぇ、お願い致します。覚悟はしていますから」
「そうですね。結論からいうとギルドという枠組み自体が一枚岩では無かったです。旦那様、グセフさんの消息に関しては受け入れざるを得ないかと、ただ、その経緯に関してはギルドというよりも……公爵、マンチーニが関わっている可能性が高いです。彼からの秘匿されたクエストが紛れ込んでは何かをさせていたようです。似たような事件も多く散見されているのが、随時確認されていました」
「そう……ですか……あの人はやっぱり……うっ──」
それからはタチアナは泣き終わるまで暫く沈黙の時間が訪れた。
いや、ナタリアに関しては確かに悲しい気持ちが空間を満たしていたけれども、その瞳にはまた違った意思を固めようとしていた。
「ねぇ、お母さん……」
ひとしきりタチアナが泣いた後に少しだけ空気が弛緩した時にナタリアが覚悟を決めたように震えた声で母親に話し掛けていた。
「どうしたの?」
「えっと、えっと……ね。お母さんは怒るかも知れないけれども、私ね」
「待って、どうしたの? そんなに震えて……」
「お母さん……聞いて貰いたいの」
「……」
何か嫌な予感がしたのだろう。
タチアナはナタリアの発言を遮ろうとしていたけれども、それに更に被せるように確たる意志を持ったナタリアの声が掛かった。
「私ね。沢山、沢山悩んでいたの。けれども、やっぱりお父さんみたいに私……冒険者になりたい」
「な……に……を言ってるの? ねぇ? ナタリア? ダメよ……ダメ……」
「ごめんなさい、お母さん。でも、私……冒険者になりたい。そして、出来たら……ここも一緒に支えていきたいの」
「ナタリア! 何を言ってるか分かってるの?! ねぇ、あの人は……グセフは……グセフは……! あなたまで居なくなったら私……!」
「ううん! すぐになる訳じゃないの!! 冒険者ギルドがね、養成所を創設するんだって! マコトはね、先生になるんだって! 私もね、通ってもいいって……!」
「何を言ってるの……! マコトさん! マコトさんも──」
「お母さん……!!」
「だ、ダメ……」
「私ね、沢山の色々を見てみたいの! 冒険者は危険なのは知ってる……知ってるよ……? けれども、ね。このドキドキやワクワクは私を待ってくれないの……!」
「────!!」
ナタリアの想いが届いたのか、それは分からない。
分かるのは当人のタチアナだけだ。
けれども、タチアナはナタリアの想いを聞いては堰を切ったように椅子から立ち上がっては部屋に向かってしまっては閉じ籠ってしまった。
「お母さん……」
「ナタリア……。ううん、きっと伝わったはずよ。ただ……そう、お母様にも気持ちの整理の時間が必要なだけ」
「う、うん。エルザ……ありがとう」
「私も……決断するまでに沢山、沢山悩みましたから」
そう言ってはエルザは流し目で僕を見てくるが、反応に困った僕は頬を軽く掻くくらいしか出来なかった。
ガチャ────。
それから暫く時間は流れては夜から深夜……更に夜が深まっては灯りは最小限でまだナタリアもエルザも起きてはお茶をしてる中で、タチアナの部屋のドアが開く音がしては、その音は鮮明に僕含めて2人にも聴こえたみたいで静寂が部屋に訪れた。
「お母さん……?」
か細いナタリアの声が鮮明に聞こえる。
「ごめんなさい、お母さん失格ね」
「……! そんなこと、ない! お母さんは……私の自慢のお母さんだよ?」
「ありがとう……ナタリア。ごめんね。お母さん、取り乱しちゃって……あの人と同じことをあなたも言うから気持ちが溢れちゃったの」
「お父さんと同じこと?」
「そうよ? 昔話になっちゃうけれども、お父さん……グセフはここの開拓者の冒険者の1人だったの。私は開拓がある程度進んだ頃にここに商いに来た商人の一団の中の一人娘だったのよ」
「へぇ……」
「ふふ。ただ、どこもただの商売だけじゃなくて、店舗を作ったりする中で、私のお父さんは……そうね、お爺ちゃんはね宿を開いたの。でも、ね。ある日、病に伏せっちゃって経営の危機になったの。その時、荒くれの冒険者が私が1人で切り盛りしてる中で来ちゃって……私が危ない目に遭いそう時に、颯爽とあの人が私を助けてくれたの」
「それがお父さんなの?」
「……そうよ。お父さんはね、開拓者の中でも一目置かれてたのよ? でも、ね。私に一目惚れしてたみたいで、いつも向かいの武器屋さん小まめに寄りながら私の事を見てたのよ? それで、ちょうど武器屋に来た時に私が危ないと店主さんが教えてくれて、慌てて私を助けに来てくれたの」
「そこからお父さんと一緒になったの?」
「……恥ずかしいわ」
「へぇ……」
「あら私ったら、脱線しちゃったわね。それで、一緒に過ごすなかで私ね。あの人がなんで冒険者……そして、あの頃は開拓者としても前に進んでやっていたのか聞いたの。その時にグセフはドキドキとワクワクは俺を止められない。だから、今もこうやって生きてるんだって。この想いは俺の命の血流なんだって。止めたら想いも命も止まってしまう……って」
「……お父さん」
「……今のナタリアと姿が被っちゃって」
「うん……」
「マコトさん?」
「はい」
「お願いしても良いかしら?」
「僕に出来る事の範囲でしたら」
「どこまでマコトさんが出来るかは私は分からないけれども……どうか、ナタリアの事を先生として居る期間の間は守って貰いたいの。今も私はナタリアがどこかに行ってしまうのでは無いかと怖いわ。けれども、あの人の言葉が私の心を揺さぶるの。きっと、今のナタリアを否定しちゃったら、この子の想いも命も止まってしまうと。それはナタリアがどこかに行っちゃうのと同じことだとも分かるの。だから……私にはどうにでも出来なくて──だから……」
「……分かりました。約束致します。ナタリアの事はしっかりと私が守ります」
「私も……マコトと一緒に出来る限り守ります」
「マコトさん、エルザさん……ありがとう……ございます」
「──! お母さん、なら、私……!」
「えぇ、やってみなさい。お母さん……は何も出来ないけれども。でも、お母さんとしてナタリアを守るから」
「ううん、お母さんはいっぱい私にしてくれてるよ? お母さん……ありがとう。ありがとう──」
ナタリアは立ち上がってはタチアナの下に行っては抱き締めた。
その後は二人は泣いてしまってはけれども、お互いに確かめ合うように強く、強く抱き締めていた。
ただ、空気はとても暖かいものだった。
そして、僕自身もここでの生活……過ごし方が固まって来るのが見えてきていたのだった。
「マコト……ここが養成所になるの?」
「そうだね、ここで合ってるはずだよ」
手元の資料を見つつ、脳内では粗方マッピングの終わった全知全能さんのマップを見つつ確認する。
期待に満ちた目でナタリアは目の前の建物を見ている。
「エルザ、大丈夫?」
「うん、だいぶ人混みにも慣れて来たかな」
「よかった。おーい! ナタリア、そんなに慌てて入ろうとしても、僕の許可が無いと入れないぞー!」
「うぎゃっ……」
敷地に嬉しくて入ろうとしたのだろう、ナタリアは何もない空間に止められるようにぶつかっていた。
うん、なかなか防衛機能も良いみたいだ。
冒険者ギルドの期待の教育場所だ。
力の入り用が窺える。
認可のある人に解除用の魔法キーを渡されては解除出来るシステムだ。
まぁ、そうそう破れないのと、転用されても足が付きやすいという面もある。
それに魔法キーなので、多少魔法を変えれば直ぐにまた作り直せるというのもメリットだ。
「ま、問題はコストと使える人が限られるというところか」
「マコトぉ~……」
「あぁ、ナタリア……悪い悪い。ほら、ヒール。これで痛くないだろう? 一緒に入ろう」
「あっ、エルザは大丈夫なの?」
「私ももう持っているから大丈夫。マコトの補助講師という立場だから」
「な、なるほど……私も早く生徒用の欲しいな」
「ふふ、慌てる事はないよ。開講と合わせて配られるから待ってる事だよ」
「はーい」
ナタリアを宥めつつ、敷地に入る。
大きめの庭……いや、広さ的には教練場か、なかなかしっかりとしている。
主には生徒含めて、教員へも生命に関する防御機構が編み込まれてるみたいだ。
まぁ、コストは魔石だろうけれども。
ここは巨体ダンジョンのある場所だ、そうそう困ることも無いだろう。
建物もしっかりと作られている。
図書館は……まぁ、本自体が少ないけれども、これからだろう。
冒険者ギルドの頑張りに期待だ。
「おや?」
「あら?」
「……おっと」
廊下を曲がった先で2人の男女に出会う。
パッと見の年齢は……三十路位だろうか?
ただ、距離感的に……うん、とても仲が良さそうな。
「「!」」
自分の目が2人の繋いでる手に向けられてるのに気付いてか、少し顔を赤くしては手を慌てて離していた。
けれども、目を見張ったのは手を離す行為へと至る早さと動きだ。
「なかなか、良い動きですね」
「……へ?」
「あっ、いえ。動きに無駄が無かったので」
「あ、あぁ……あはは。僕たちは一応ゴールドランクだからね」
「なるほど」
ゴールド……なかなかの強さだ。
いや、強さというよりも身から流れて出てるのは経験から培われたその雰囲気か。
手練れだろう事は所作で見受けられた。
けれども、隣の女性の方は今も動揺を隠せてないせいでそのイメージは崩れているのは否めないけれども。
「え、ええと……なんで、若い子が……こ、ここんな所に?」
「リディア……動揺し過ぎだよ」
「だって、アルメン……講師は私たちだ……あれ」
「気付いたかい?」
「もしかして、あ……あなたが……え? でも、確かに若い子だったけれども……えぇ?! あなたが、あの噂のマコト?!」
「……あはは。どんな噂になってるかは分からないですけれども、そうです、私がマコトです」
「……うそぉー! あっ、私ったら失礼な態度を……えっと、えぇ?!」
「はぁ……リディア。落ち着いて。マコトさん、ごめんね。普段は物静かなのだけれども、動揺しちゃってるみたいで」
「はは、大丈夫です。まぁ、動揺させた原因は私ですから……」
「助かるよ」
それから、リディアが落ち着きを取り戻しては教員室に向かっては備え付けの椅子に腰を降ろす。
「えっと、改めて自己紹介をさせて貰えないかな? 僕はアルメン。そして、彼女は──」
「えっと、さっきはごめんなさい。私はリディアよ」
「マコトです」
「私はエルザです」
「王女様……!!」
「……ふふ、今はただのマコトの妻です」
「……私たちより早い」
「……?」
「私はナタリアです! ここの生徒になります!」
「おお、生徒になる子か!」
「はい!」
「えっと、ごめんなさい。なんだか、リディアさんが私の妻という言葉に反応していたのが気になって……」
「あはは……えっと、私とアルメンはもう隠せないけれどもお付き合いしていて……開講の時期に合わせて結婚……する予定なの。本当はもう、その籍みたいなのも入れようとしてたのだけれども……エルザさんの結婚式見たら、私もしたくなっちゃって……」
「あはは……それで、ちょうどそのウェディングドレス? がレンタル出来るのが開講の時期と同じで、その時に籍も入れようかとリディアと話したんだ」
「アルメンったら……」
「そうなのですね、そうなるとノルトメ商会でしょうか?」
「はい、そうです」
「なら、アルメンさん、リディアさんの事をよくしてくれるようにお伝えしておきますね」
「……! 良いのですか?」
「えぇ、お構い無く。 少しだけノルトメ商会とは縁があるので」
「ありがとうございます」
それから、暫くは2人の身の上を聞いたり、質問をしたりとしていたら時間はあっという間に流れていっていた。
2人はゴールドランクとしてペアで活動していたが、そろそろ身を固めようとしていては今後の身の振り方を考えていた所に今回の養成所の話をされたらしい。
冒険者は危険が付きもの。
それを分かっている2人は二つ返事である程度安全と、教師という採用で冒険者ギルドで働けるというのもあって、講師の任を受けたらしい。
講師は元々、2人の予定だったけれど、そこに僕とエルザが加わることになった。
生徒は厳選して選んだとの事で、まずは大切な1期生だ。
本来は3人の予定の所にナタリアが増えて4名に。
2期生以降からは本格的に増やしていく予定との話だった。
「それでマコトさんは養成所の名前はどう思う?」
「え?」
「カルミヤ養成所となるんだ」
「カルミヤですか……」
脳裏に浮かぶのは花言葉……でも、この世界に花言葉なんてあるのか?
「迷い人からの伝承の言葉ですか?」
「おお! 流石エルザさん、物知りですね」
「少しだけ本で見たことがあって……」
「そうなんだよ、迷い人からの言葉で意味は……えっと」
「もう、アルメンったら……意味は大きな希望よ」
「大きな希望……」
「そう、それだ! ナタリアくんの事だよ。僕たちは生徒達を大きな希望だと思っているんだ」
「えへへ……」
ナタリアは恥ずかしそうに照れていた。
カーン──カーン──。
「あら、第2の鐘だわ」
「もう、そんな時間か。話しすぎちゃったね。マコトさん達は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です。それよりも色々とお話させて貰えて助かりました」
「いや、そんな事は無いよ。むしろ私たちの方が話を聞いて貰って嬉しかったよ」
「では、今日はこの辺りで」
「ええ、マコトさん、エルザさん、ナタリアさん。今日はありがとうございました」
「リディアさんこそ、ありがとうございました」
その後は皆で別れの挨拶を済ませては今日はそのまま宿へと帰るのだった。
少しずつ、養成所の方も準備は推し進められては形が出来上がっていく。
そして、開講の日はもう目前へと早くも迫るのだった。
その間に、僕の口伝の影響なのか。
セルゲイが気を遣ってくれたのだろうか?
開講前に忙しくなる前に時期を作ってくれてはアルメン、リディアの式は盛大に執り行われた。
2人の祝いの場には僕とエルザ、そしてナタリアとタチアナも呼んで貰えては楽しい一時を過ごさせて貰えたのだった。
そして、開講の日がやってくる──。
カルミヤ──花言葉は大きな希望。
ここから、冒険者ギルドは新人をしっかりと教育しては新たな世代を生み出そうとしているようです。
生徒の審査は厳重に行われたようですが、素養だったり環境だったり、見られたのでしょうか?
そして、始まりの時をやっと向かえます。
ダンジョン都市……ロマレンの物語が少しずつ動いていく予感です。