アンコールはいらない
「…………やった」
それは本当に小さな声だったと思う。それなのに、この空間全部に響いた気がした。
「「やった〰〰〰〰!!!!」」
「よっしゃあ!!」
「ヴォッヴォッヴォッ!」
通信石越しではない皆の声が聞こえる。
やったんだ、本当に。
あ、クロさんがすごい勢いで向かってくる。
あれ?これぶつかるんじゃ?そう思っていると、先に飛び込んできたのは意外な人だった。
「ユイッ!!!」
「ヒミちゃん!?」
なんと!クロさんの後ろからヒミちゃんが出てきて、そのまま突進する勢いで飛び込んできた。
「うわっと」
「ん」
「ナイスキャッチね~」
「その声、スルク先生!?」
なんとか飛んできたヒミちゃんを受け止めると、裾から蛇形態のスルク先生が出てきた。
獣形態のスルク先生、初めて見た。うん、美蛇だ。
「よく頑張ったわね~」
「先、診察」
「そうね~。ヒミ、鑑定お願い」
「あ、お願いします」
二人ともやっぱりお医者さんだ。ヒミちゃんが目を開けて、鑑定を始める。
スルク先生も触診で骨が折れていないか確認してくれた。時折、ここは痛くないかと質問されつつ、てきぱきと診察される。
「骨は折れてないみたいね~、ヒミはどうかしら~?」
「ん、魔力、半分、だけど、他、異常なし」
「う~ん、とりあえずこれ飲んでね~。はい、緑ポーション」
「あ、ありがとうございます」
魔力そんなに減ってたんだ。あ~だからちょっとだるいのか。
そういえば、ポーション飲むの初めてだ。点滴はされたことあったみたいだけど、直接飲むのは初だ。
綺麗な緑色の液体が、これまた綺麗な瓶に入っている。栓を抜くと、ミントっぽい爽やかなにおいがした。飲むとやっぱりスーッとする。でもちょっと一気はきついかも。
「ちょっとずつでいいわよ~」
「んくっ……はーい」
言われた通りゆっくり飲む。
そういえば、クロさんはどうしたんだろ?
少し視線をずらしてヒミちゃんとスルク先生の後ろを見てみると、クロさんがなんかもじもじしてる。
「クロさん、何してるの?」
「いや、今すぐ飛びつきたいがちゃんと診てもらってからの方がいいと思って待っている!!」
「あ、そう、ですか」
クロさんの気迫がすごいよ!思わずちょっと引いちゃったよ!
「クロ、飛びつく前にまだやらなきゃいけないことがあるよ」
「どうした?カロさん」
「うん、王様の結界はなくなったけど、まだ氷と防護壁が残ってるみたいなんだ」
「何だと?」
え、結界だけじゃなかったの!?どこまで用意周到なんだ、あのローブおじは!
クロさんが王様の所まで近づいて、コンコンと叩いて確認をしている。そしてうんと頷いた。
「これくらいなら壊せるぞ」
「じゃあ、お願いするよ。くれぐれも王様は傷つけないでね」
「当たり前だ」
そう言うとクロさんは拳に炎を纏う。いつもの赤い炎じゃなくて、青い炎だ。
「”夜明けの炎”」
クロさんがそっと防護壁をつかむと、つかんだ部分が瞬時になくなりそれに続いて防護壁もパラパラと崩れていく。そのまま氷をつかむと一瞬で蒸発した。
グラッ
「おっと」
氷が解けると楔梛様の支えがなくなり、倒れそうなところをクロさんがキャッチする。もちろんもう拳の炎は消えている。
「おかえりなさい、王様」
カロさんの声が涙声だったのは聞き間違いじゃないと思う。
——————————————凛視点——————————————
「楔梛………」
静かに封印が解かれた。次第に皆、楔梛の所に集まっていく。
「行かないのか?」
「ええ、まだアイツに話があるの」
「そうか」
リーはそれだけ言うと、さっさとみんなの所に行ってしまった。
さて、あたしも用事を済ませないと。
「カパプ」
「なんだ、我が儘姫。笑いに来たか?」
「ざまぁないねって鼻で笑ってあげるわ」
「ハッ……つくづく癇に障る女だ」
カパプは先ほどより幾分か落ち着いているように見えた。やはり、呪いによって負の感情が増幅されていたのか。
「あんたに聞きたいことがあるの?」
「…………何だ?」
「あんたは精神体だといった。そして、王族にその呪いをかけたとも」
「何がいいたい?」
「あんたの本体(呪い)は、今の王国の国王?」
あたしの懸念はまさにこれ。こいつを消しても、根本を絶たないとこの怨嗟は終わらない。
少し冷静になったことで、その可能性に気が付くなんてね。もっと早く気付くべきだった。
「ククッだとしたらどうする?」
「その呪いを、絶つ」
もうこんな悲しみを生まないように、これ以上悪しき思いを受け継がないために。
「貴様にはできんさ。あの忌々しい獣の王でなければ、呪いは解けんよ」
「…………教えてくれるんだ」
「フンッ貴様らが足掻き、無意味だったと絶望するのが楽しみなだけだ」
そのためのちょっとしたスパイスだと、カパプは嗤いながら言葉を吐く。
ほんっと性格悪い。
「もう疲れたのだ(ボソッ)」
「え……?」
「なんでもないわ。そうだ、最期に一ついいことを教えてやろう」
何かつぶやいたと思ったら、すぐに嫌味な笑顔を浮かべて話始める。
どうせ碌なことじゃないんでしょう?
「我は精神体。魔力は精神力と体力で作られる。それは知っているな?」
「馬鹿にしないで頂戴」
「ならば、その体力はどこから調達していると思う?」
まさか————————!!
「あんた、楔梛に何したの!?」
「不正解だ。獣の体力など、誰が好き好んで奪うものか」
あ、そうなんだ。てっきりそこから奪っているのかと、早とちりしてしまった。
嫌悪感マックスの顔で言ってるから、これは本当のことだろう。
「現王族だ。早くしないと死ぬかもしれんぞ?」
「あんた……っ!!」
「貴様らが来なければ、もう少し長生きできたかもしれんがなぁ」
ほんっっっとに碌なことしないね!このクソ爺!
「嗚呼、もう時間のようだ」
いつの間にかカパプの体は、下半分は消えて上半分も胸のあたりまで消えていた。
「せいぜい最期まで足掻け!獣ども!クハハハハ!!」
そしてクソ爺は、嗤いながら消えていった。
最期まで嫌な奴だったよ。
夜明けの炎:拳に青い炎を纏って、対象に触れるとその部分が一瞬で消し炭になる。きちんとコントロールすると、燃やしたい対象を絞って他に被害が出ないようにできる。ただし、ものすごく繊細なコントロールが必要となるため、大抵は触れたところからすぐに燃え広がる。