準備は計画的に
クロ視点です。
「カロさんの水と光の魔法はまだかかりそうか?」
「…………」
「もう少しかかりそうだ」
カロさんがかなり集中しているので、代わりにリーさんが答える。
シューマのおかげで作戦は固まったが、奴を切るためには生命と浄化の性質が必要だというので、リーさんの2本の刀に水と光魔法を付与しているところだ。
『ッギャン!!』
『凛さん!』
凛さんの悲鳴と優維の焦ったような声が聞こえた。
見るといつの間にかできていた鉄の壁の前に、凛さんが倒れていた。
「何があったんだ!?」
「凛があいつに突っ込もうとしたらあいつをすり抜けて、いきなり出てきた鉄の壁に凛がぶつかった」
「冷静な説明ありがとうチクショウ!」
「クロ、落ち着く」
そうだ、今オレが焦っても仕方ない。平常心、平常心。
「ホウ、やはり物理は効かんか」
「……長は分かってたんですか?」
「そう睨むな。確証はなかったのでいわかんかったんじゃ」
「すみません」
「ホッホ、気にするな」
なぜ言わなかったという思いも込めて聞いてしまったので、無意識に睨んでいたようだ。
いかんいかん、かなり気が立っている。少し深呼吸をしよう。
スーハー スーハー
「落ち着きましたか?」
「おう、すまんな」
「あちらもそろそろ終わりそうなので、ちょっと準備しますね~」
「なあ、本当に石が溶けるのか?」
というか本当にこの作戦で大丈夫なのか?
決まった作戦を思い出してみる。
①巨大な物体を弾丸並みの速度で打ち出し、中の要を破壊or傾ける。
→そこらへんにある石の柱を折り、それをカロさんが打ち出す。
②結界が弱ったところで、オレが火熊をぶち込み結界を壊す。
③リーさんが魔法を付与した刀で、あのクソ爺を切る。
その準備で柱を調達しないといけないんだが、オレが壊そうかというと以外にもスルク先生が待ったをかけた。曰く、
『確かに柱は壊れるけど、音が大きすぎるから気づかれてしまうわ~。私なら静かに壊せるから任せて頂戴』
ということらしい。
「長~ちょっとこの柱のこことここに穴をあけてくださる~?」
「ホウホウ、小さな穴でよいのか?」
「小さい穴でいいけど、貫通させることはできるかしら~?」
「お安い御用じゃ」
小さい穴でいいのか?ますますできるのかちょっと不安になってきた。
「クロ、スルク先生、見てる」
「ヒミ、本当にできるのか?」
「黙って、見る」
「わかったよ」
疑っていたら、横からヒミにつんつんされてしまった。
まあそこまで言うなら見守るか。
「”木針”」
パシュンッ
軽い音がして柱の上下に小さな穴ができた。スルク先生が裏に回って確認すると、ちゃんと貫通していたようでありがとうと言っていた。
さすが長。腕は全く落ちていないみたいだ。
「危ないから少し離れててね~。いくわよ~」
なんかスルク先生、楽しそうだな。
注射器に入れた液体をさっきの穴に流し込む。上の穴にはスルク先生が獣形態になり、スルスルと登っていき同じように液体を流し込む。
…………何も起きないな。
そう思っていたら、シュウシュウと何かが溶けるような音が聞こえてきた。と思ったら、柱の穴の部分から徐々にグズグズになって溶けていた。
「そろそろ倒れそうね~。長、お願いします~」
「ホッホ、まかせんしゃい”葛木牢”」
倒れそうな柱に向かって木の蔓が巻き付き、ゆっくりと横に倒れ柱を木が支える感じで動きが止まった。その様はさながら木でできた砲台のようだった。
「すげぇ……」
「ね、できたでしょう~?」
思わず感嘆の声が漏れた。
スルク先生はちょっと得意げにそういうと、すぐにヒミの隣に来た。
「すごかったでしょ~?」
「ん!すごい!あれは、塩酸?」
「正解よ~。よく覚えてたわね~」
「んふふ」
スルク先生がヒミの頭をなでながら褒めると、ヒミはドヤ顔しつつそのまま撫でられていた。本当に仲がいいな。
なるほど、あの液体は塩酸だったのか。この柱や建物は石灰岩でできている。酸性の液体をかけると音を立てて溶ける性質がある。
というか、スルク先生はそんな薬も持っていたのか。
「スルク先生、そういう薬はいつも持ち歩いているのか?」
「いいえ~。遠出する時とか、危険なところに行くときにしか持ち歩いていないわ~」
「そりゃそうか」
「知ってた。けど、さっき、初めて、見た」
ヒミも薬品庫にあることは知っていたが、実際に持ち出して使っているのを見たのは初めてらしい。最近はずっと病院にこもりっきりだったしな、使う機会はなかったか。
「長、これ、高さ、変えられる?」
「可能じゃよ」
「上、5度」
「ほいほい」
ヒミが指示をして、砲台が少し斜めに傾いた。あとはヒミに任せておけば大丈夫だろう。
もうそろそろこちらの準備は整う。
思ったより時間がかかってしまった。優維達は大丈夫だろうか。
「ディグ、中の様子は?」
「まだ耐えれてはいる。でも、カメになってしまった」
「チッまるで嵐だな」
さっきまで足で避けていたのに、今は亀が手足をひっこめたように周りを結界で覆って、氷の鳥の雨を防いでいる。幸い怪我はないようだが、あれもいつまで持つか。
凛さんも同じものに道を阻まれて、なかなか動けないでいる。
「できた!」
「カロ、ありがとう」
「お疲れ様~」
どうやら付与が終わったようだ。リーさんの刀が片方はいつもより光って、片方はいつもより住澄んで見える。
「優維ちゃん、凛ちゃん、聞こえる?」
『なん、ですか!?』
『聞こえてるわ』
優維の必死な声とは裏腹に、凛さんの声は落ち着いていた。いや、いつもより少し低めだったから苛立っているのかもしれない。
「こちらの準備は完了した。いつでもいける」
「優維ちゃん達はそのまま奴を引き付けてて。ボクが叫んだら要からできるだけ離れて」
『了っ解!』
『わかったわ』
そんな話をしていたら、急に奴が攻撃の手を止めた。
一瞬だった。
『ガウッ……!』
『りんさっぐッ……ぁがッ!』
二人の悲鳴が聞こえたと思ったら、オレたちがいる側の結界に二人が叩きつけられ、倒れた。
「「「「優維、凛!!!!!」」」」
「「———ッ!」」
「ッホウ………」
ココ爺が使った草魔法の解説です。
木針:木の根をとがらせて突き刺す。
葛木牢:蔓を対象に巻き付かせて、拘束する。または牢のように閉じ込めることも可能。今回は柱を支えて後ろから力を加えて打ち出せるように、蔓と柱の間には隙間が空いている。