凜さん郵便
~凜が出て行ってすぐ~
「いっちゃった」
「いったのう」
凜さんが帰ってくるまで、精霊王と二人きりか。
…………う~、気まずい。何も話が思い浮かばない。
「彼奴、今普通に出て行っただろう」
「え?あ、そうですね」
「別に出られない訳ではないのだよ。彼奴は、ただ単に出るのが怖かっただけなのだ」
凜さんは本当にただの引きこもりだった。
まあ、理由が理由だから"ただの"ではないけどね。
「ありがとう」
「うえ?私、何もしてませんよ?」
「何を言う。彼奴の本音を引き出して、救ったのは紛れもなくお主だ」
「………凜さんなら、私が話さなくてもいずれ自分から話していたと思います。私は、ちょっと後押ししただけです。だから、これは凜さんが自分で解決したことです。凜さんを救ったのは、凜さん自身です」
「素直に受け取ればよいのに………まあ、そういうことにしておこう」
精霊王は腑に落ちないという感じだけど、一応納得はしてくれたのかな?
私がたきつけなくても、凜さんはいずれ自分で答えを見つけていただろう。
でも、少しでもその手助けができていたなら嬉しいな。
「さて、茶でも入れるか」
「精霊王様、私やりますよ!?」
「よいよい。お主は客人なのだから、待っておれ」
といって、あれよあれよと準備が進んでいく。
なんか恐れ多い。だって、今お茶の準備してる人(?)、この世界で信仰されてる精霊の王様だよ?凄く贅沢!
萎縮しててもしょうがない。この際、満喫してしまおう。
「茶菓子は何がよい?」
「えっと…………どら焼きってできますか?」
「よいぞ、ほいっと」
本当にどら焼きが出てきた。
だって、精霊王が入れていたお茶が緑茶だったし、さっき猫型ロボットを思い浮かべたときから食べたいと思ってたんだもん。
「「ふい~」」
お茶がうまい。
どら焼きも生地はしっとり、中の餡子はこしあんだがどっしりと食べ応えがある。私はどら焼きは餡子よりも生地が好きだ。
小さい頃は餡子だけ先に食べて、生地だけを最後に食べていた。お母さんに見つかったときは、家ではいいけど外ではやるなって注意されたな~。
「………………」
「浮かない顔をしておるな。口に合わなかったか?」
「いえ、おいしいです。ちょっとお母さんのことを思い出してしまって」
「……………すまん」
精霊王はそう言うと、頭を撫でてきた。
その手は大きくてゴツゴツしていたけど、優しくてちょっと泣きそうになった。
その後、段々と照れくさくなってもう大丈夫とやんわり断った。精霊王は笑って最後にぽんっとした後に、手を離してくれた。
それからは他愛ない話をして過ごした。
「ただいま~」
「あ、お帰りなさい」
「ご苦労だったな」
「ほいほい。お手紙渡してきたよ。そして優維のお母さんからこれ!預かってきたんだ」
「これ、は………?」
「うん、手紙だよ。お返事、書いてくれたんだ」
予想外だった。まさか返事が来るとは思ってなかった。
嬉しいけど、見るのが少し怖い。でも、自分の気持ちにけじめをつけるためにも見ないと。
「読まないの?」
「ちょっと心の準備が………」
「……優維のお母さんね、貴方にそっくりだった」
「ふえ?」
「顔とかはお母さんの方がキリッとしてるけど、反応とか考え方とかね。私に合ったとき、全く同じ反応したからびっくりしたよ」
「あ~、その節はすいませんでした」
「あははっ!もうそのことはいいって!」
お母さんも誰かに寝てるの邪魔されると、滅茶苦茶機嫌悪くなるからね。
親子共々すんません。でも、寝るのは誰にも邪魔されたくないんだ。
改めて封筒を見ると、裏には大きく肉球スタンプがついていた。
「凜さん、この肉球は?」
「ああそれはね、帰る途中で首毛がふさふさしてる猫にあったんだけど、その子にもらったの」
「……その猫、虎柄で橙色に近い黄色の毛と黒い首輪つけてませんでした?」
「すごいね、どうしてわかったの?」
「それ、うちの飼い猫のライオン丸です」
ライオン丸は、私が初めておねだりして飼い始めた猫だ。
名前の由来は、首毛がふさふさしてて身体の色が黄色でライオンみたいだったから。いつも寝てるか、散歩してるけど私が帰る時間にはいつも家にいた。家にいるときは大概一緒にいたから、もう兄弟のような感じだった。
そのライオン丸からのメッセージ。
言葉はないけど、背中を押された気がした。
意を決して封筒を開いた。
――――――――――――
優維へ
まずあんたに言いたいことは、何先にいなくなってんのよってこと。このことだけは一生言うからね!わかった?
もう一つ、生まれてきてくれてありがとう。私と一緒の時間を生きてくれてありがとう。楽しいこと、怒ったこと、泣いたこと、いろいろな感情をありがとう。
あんたが生まれたときはそりゃあもう痛かったし、疲れたしそのまま寝たかったよ。でもね、あんたの泣き声を聞いたときに、そういうのは全部吹っ飛んじまった。やっと会えたねって、その思いでいっぱいになった。
お父さんも泣いて喜んでた。あの人、涙もろいけどその時が一番泣いてたかもね。私たちも優維のこと、大好きだよ。
異世界のことは信じるよ。凜がその証拠だし、それに優維がこんな嘘つかないのは知ってるしね。あんたは人見知りだから、打ち解けるのに時間がかかるから心配だったのよ。でも、家族と思えるような人達と会えたのならよかった。そっちでは長生きしなさいよ!絶対!
こっちのことは任せな。お母さんもやっと気持ちに区切りがつきそうだよ。お父さんにも手紙、ちゃんと見せるからね。
最後に、住む世界が違っても優維は私の子、愛してるよ。
いってらっしゃい。
母より
追伸 ライオン丸が、毎日優維のベットで寝てるよ。当分あんたの部屋は片付けられないね。
――――――――――――――――――
くしゃっ
思わず力が入ってしまって、手紙にしわができた。
手紙に涙がたれてしまったが、染み込まずにそのまま落ちた。
「………お母、さん……いってき、ます………」
私もこっちで生きていくよ。
私が泣き止むまで、凜さんは抱きしめていてくれた。
――元の世界―――
「ん………」
変な夢を見たものだ。でも、不思議と目覚めはいい。
ふと、枕元を見ると夢で見た封筒が置いてあった。
本当だったんだね。わかったよ、ちゃんと生きるよ。
優維のこと、忘れないから。
「…………………ありがとう、バカ娘」
封筒に涙が落ちたが、字は滲まなかった。