獣の王
「ココ爺、何やってんの?!」
「長として礼を尽くしているまでじゃよ」
「いや、本当にいいですって!」
「むう、そうかの~。それなら、よっこらしょいしょいっと」
ふう、とりあえず椅子に座り直してくれてよかった。大人に土下座されるのは、どんな理由でもなんか居たたまれない。
「じゃが、言葉だけというのものう。優維ちゃんや、何か欲しいものはあるかの?もちろん、わしらにできるものに限られるんじゃが」
「え、え~と…………じゃあ、おいしいリンゴを一籠」
「ホウ……そんなものでいいのかの?もっと、お金とか欲しいものとかあるじゃろ?」
「リンゴが好きなんです」
「ふむ、そうか。じゃあ、後で籠いっぱいの甘いリンゴを届けさせよう。それでよいか?」
「はい、ありがとうございます!」
「ぼくも食べていいの?」
「うん、一緒に食べよう」
「わーい!」
急に欲しいものと言われてもね~。思い浮かばないし、どうせなら皆で共有できるものがいいなって。実際、リンゴは大好きだしね。それに、この世界に来て初めて食べた甘味で思い出深いものだから。
その後は無属性の魔法の本棚を調べた。転移魔法以外にも、身体強化魔法についても調べたかったからだ。あの時のジャンプ力は異常だったからね。五属性の中にそういった性質のものはなかったから、もしかしたら無属性なんじゃないかなって。
「お天道様が真上じゃ。そろそろ、お昼の時間じゃのう」
「え、もうそんな時間?もうちょっと探したかったな」
「一旦家に帰って、ご飯食べよう」
「そうだね。それでは、お昼食べたらまた来てもいいですか?」
「ええぞ。わしは午後少し用事があるから家にはおらんが、代わりに誰かはいるから安心せぃ」
「わかりました。では、お邪魔しました」
「お邪魔しました」
「ホッホ、気をつけて帰るんじゃよ~」
一旦家に帰ってお昼ご飯を食べた。因みに今日のご飯はトマトスープパスタで、当然おいしかった。昨日のスープをアレンジしたものだって!ロジーさんのアレンジ力すごいな~。
その後、またココ爺の家に行った。
「「お邪魔します」」
「いらっしゃい」
「ありゃ?ディグ君?こんにちは」
「ディグ兄ちゃん、こんにちは!」
「今日もセージは元気だな。こんにちは。優維も元気そうだな」
「あ、うん。おかげさまで」
ディグ君がお留守番なのか。ディグ君ってあまり見かけないけど、普段何してるんだろ?ま、いっか。
その後、また身体強化魔法の本を探した。うーん、難しいことしか書いてない。もっと簡単に書いてあるのないの?こう、図説付きで。
お、これなんかいいかな。初心者にもわかる無属性魔法。うん、まずこう言うのから見てみよう。じゃないと、専門的すぎて全然わからん。
「いい本見つかったか?ん、初心者にもわかる無属性の魔法?」
「うん、最初はわかりやすいのにしようかなって」
「無属性は種類が多いからね。でも、よくあるやつはそれに全部載ってるよ。入門編としてはいいチョイスだね」
「ヒャイッ?!」
「カルヴァロさん、どうしたんすか?」
「ん~?ちょっと長からお使い頼まれてね」
「お疲れ様です」
びっくりした~。カルヴァロさんがいたの全然気がつかなかった。体おっきいのに全然気配なかった。
「んで、お使い終わったんすか?」
「うん、その帰りでちょっとよっただけ」
「そのココ爺はどこにいるんですか?午後予定があるっていってましたけど……?」
「ん~?じゃあ、一緒行く?」
「カルヴァロさん!?」
「大丈夫じゃない?長も会わせたいとは言ってたし~」
「いや、しかし……」
「も~、ディグって意外と頭硬いよね~。どうする?優維ちゃん行く?」
「いや、ディグ君の反応からして入っちゃいけないところにいるんじゃないですか?」
「ん~、普通の人は入っちゃいけないかな?でも…………(ボクらを怖くないって言ってくれた)優維ちゃんならいいと思うよ!行こ!」
「う゛ぁええぇ?!カルヴァロさぁんんん?!!!」
「「お姉ちゃん(カルヴァロさん)?!」」
えええええぇぇえ?!カルヴァロさんがいきなりいい顔をしたと思ったら、急に肩車されて全力疾走しだした!てか、はやっ!なんかカルヴァロさん、めっちゃ嬉しそうだし!
「そろそろ着くよ!通るときちょっとピリッとするかもだけど、一瞬だから大丈夫!」
「それって大丈夫なのぉぉおお!」
やべ!めっちゃ揺れる!話すと舌噛みそう!ちょっとピリッとって何?!静電気みたいな感じなの?!
そろそろ着くって言ってたけど、前には木や雪しか見えない。
バチッ
ん?なんかバチって聞こえたけど、特に痛くもなんともない。ふわっとした布をくぐってきた感じがした。のれんをくぐった感じがした後、何もなかった目の前に石で作られた小さい砦のようなものが現れた。
「着いたよ。結界通るとき痛くなかった?」
「いや全然。なんか布くぐったって感じしかしなかったです」
「ほえ~、そんなこともあるんだね~」
ほえ~ってなんか気が抜ける。
カルヴァロさんがゆっくりと私を降ろしてくれた。
本当にこんな所にココ爺がいるの?な、なんかの儀式とかじゃないよね?勢いで連れてこられたけど安全なんだよね?
「安全だよ。ここは特定の人じゃないと入れないし、認識すらできないようになってるから。それに変な儀式とかそういう類いのものでもないよ。だから、そんな心配そうな顔しなくても大丈夫」
「……そうですか」
じゃあここは何なんだろう?特殊な結界まで張って。何かを守ってる?ここまで厳重にしているなら、相当大切なものなんだろう。
「じゃあ、行「お姉~ちゃ~ん!!」およ?中に入ってきちゃったんだね。ディグ、よく許可したね」
「……セージが行くって聞かなかったんすよ」
「カルヴァロさん!お姉ちゃん勝手に連れて行かないで!」
「ごめんごめん。急すぎたよね、優維ちゃんもごめんね?」
「本当に急ですよ。びっくりするので今後は控えてくださいね?」
「うん、ごめんね」
じゃないと私の心臓がもたないので、ちゃんと配慮していただけるとありがたい!
「あ!ディグ兄ちゃん、ごめんなさい」
「いや、謝るな。おれもああなる気持ちはわかる。来ちゃったもんはしょうがないし、一緒に行こう。こっちだ」
何やらセージ君はディグ君と何かあったようだけど、解決したみたい。
ここからはディグ君の案内で砦の中に入った。中は壁が氷に覆われていて、白く霜もついていた。それなのに歩くところには氷がなく、黒い石の床が見えていた。少し歩いていくと、道の脇に様々な木の板が地面に刺さっているのが見えた。
「ここってお墓なの?」
「うむ、墓でもあるがここにあるのはちと訳ありじゃ」
「―ッ?!」
どうして音も気配もなく出てくるかな?!小心者にその登場の仕方はきついですぜ!
「長、勝手に連れてきちゃったけど大丈夫だよね?」
「ホッホッホッ。近々案内するつもりじゃったから、無問題じゃ。ようきてくたの、優維。セージはちと早いが、まあ、いいじゃろう」
「どうも。カルヴァロさんに拉致られました」
「優維ちゃん!?」
「ホッホッ。後でリーやクロに叱られるがよい」
「そんな~」
ふざけて言ったらカルヴァロさんが叱られることになってしまった。確かに、クロさんは怒りそう。リーンヴォックさんは、まあ真面目だしね、規則違反とかに厳しそう。
この場所に話を戻そう。この木の板はどうやら墓石のようなものらしい。
「ココ爺、訳ありってどういうこと?」
「………獣の王がいた国の話は聞いたことあるかの?」
「うん、お父さんもその国出身で戦ったことあるって」
「そうか……ここは、その戦いで亡くなったものの墓じゃ」
「ここには、ボクの友達の名前もあるんだ…………」
「…………………」
皆、黙った。カルヴァロさんとディグ君、セージ君は目を閉じていた。ココ爺はもともと羽で目が隠れているからわからなかった。私も目を閉じて手を合わせた。正直、その国のこともその戦いのことも何も知らない。でも、ここにいた人達がせめて安らかにと願うことは、知らずともできることだろう。
「さて、しんみりしてしまったのう」
「いえ、ここはカルヴァロさんたちにとって大事な場所なんですね」
「うん。でも、本当に見せたかったのはここじゃないんだ」
「うむ、もう少し奥に行こう。ついて参れ」
どうやら、見せたかったのはこのお墓ではないらしい。そういえば会わせたいって言ってたな。じゃあ、この奥に誰かいるのかな?生きてる人、だよね?ゆ、幽霊とかじゃないよね?
前に進むにつれて、段々と目の前が明るくなっていった。
「ここじゃ」
「「うお!まぶし!」」
「何だそのリアクション」
まぶしかったら言いたくなるよね。まさか、セージ君とかぶるとは思ってなかったけど。
段々目が慣れてきた。大きく開けた空間の真ん中に、大きな結晶のようなものがあった。ん?中に何か入ってる?なんだろ、獣人?
あ、あれは———————
「ライガー?」
「ライガー?王はライオンの獣人と虎の獣人の子じゃ。混血でも双方の特徴が出るのは珍しいがの」
立派なたてがみに、虎の縞模様、そして立派な体、ライガーの特徴そのものだ。しかも色が白。珍しすぎる。
元の世界では人工的な交雑が自然の摂理に反するからと、禁止している国もあるから実物を見たことはない。それに、生殖機能がないことや臓器に欠陥が起きやすいこと、寿命も短いことなど様々な理由もあって動物愛護の観点からも交雑はするべきではないってどっかでみたな。
後から聞いたけど、この世界では異種族で結婚することは多くはないが普通にあることだそうだ。そして、その子供は親どちらか一方の特徴を強く受け継ぐことが多く、両親の特徴を受け継ぐのは珍しいそうだ。因みに、異種族同士の子でも同族同士の子供と同じで、普通に生活できるし子供も作れるみたいだ。
「かっこいい…………」
「うん、かっこいい………それに…………綺麗」
そう、綺麗なんだ。服は所々破けて、包帯も見えていて痛々しい。でも、真っ白いたてがみに顔にある稲妻のような虎柄、全身の白い毛、すべてが綺麗だと思った。