アタシのヒーロー 後編
まだリコ視点です。
思った以上に長くなったので、前後編にしました。
R6.12.10 シューマの会話を少し修正しました。
「じゃあ、行きますよ」
「うん」
まずはコンコンと壁を叩く。よしよし、速度が緩んで来た。ここで風魔法。
ビュオオオオ!!!
ガタガタガタッ!!
びっくりした!そんなに魔力込めたつもりないのに、ここまで強い風が起きるなんて。精霊のいたずら?こんな時に?
「行こ、リコちゃん!」
「(コクッ)」
いいや、今は逃げることだけ考えよう。無事に戻れたら、パパにでも聞いてみよう。
「クロのおじさん、町に向かってる」
「え?」
「多分あなたが居ないことに気がついて、自警団に協力してもらいに行ったんだと思います。いくら森に慣れていても、自分たちだけで迷子を捜すことは危険です。さらに迷子が増えるだけ」
「そうなんだ」
「じゃあ、町の方に行けばいいんだね」
「方向、わかるの?」
「う、わかりません」
「はぁ、ちゃんとナビするわ」
「よろしくお願いします」
頼りになるんだか、ならないんだか。
「なかなか追ってこないね」
「フフッまだ、馬が暴れているのかもね」
「……何したの?」
「ちょっとお話しただけよ?」
「さいですか」
お馬さん、ちゃんと暴れてくれているのね。嘘でも交渉しておいてよかった。ただの魔馬だったら、すぐに宥められて早めに捕まっていただろう。
どれくらい歩いていただろうか。この子にも疲れの色が見えてきた。雪も徐々に強くなっている。なのに、私を落とすそぶりも見せない。それどころか時々ぎゅっと抱え直してくる。段々とこの子に対して、申し訳ない気がしてきた。
「まだかな?」
「まだ、でも町には確実に近づいてます」
「お~、じゃあもうちょっと頑張。」
「……ごめんなさい」
「?何が?」
いや、そんな何かしたっけみたいな顔をされても。最初から態度もよくなかったし、バカとかいったし、利用しようとしたしいろいろあんたにしたよ?でも、上手く言葉にできなかった。
「いや、色々と、その……」
「怪我のことはしょうがないし、誘拐については事故だし、リコちゃんが謝る必要はないよ」
「それのこともですが……いえ、ありがとうございます」
「?どういたしまして?」
「クスッなんで、そこもハテナが着くんですか」
本人にこう言われてしまったので、今はお礼だけにした。今度ちゃんと話そう、謝ろう。また何でって顔されそうだけど。
ドンッ
突然の銃声。目の前に赤い液体が舞った。
血だ、……誰の?
アタシを抱えてくれてる、その人の。
「え?ッ!?ッ!?ッ〰〰〰!!!」
「ユイ!?」
「―ッ!…ッ…ぁ、ぃ、ダイ、ジョーブ!!!」
ユイは相当痛いのか全身が震えていた。呼吸も荒かった。
なのにユイはアタシの顔を見てから、大丈夫って言った。アタシを安心させるため?なんでここで強がるの?もう意味わかんない!!
「その狐よこせよ!くれたら命だけは助けてやるよ。そんな獣助けてなんになる?!そんなことしたって無駄だろう?」
「……ハッ…………ッ!」
「嬢ちゃん?」
その吐き出したような笑いに背筋が凍った。そして、感情が急激に冷めていった。昔、パパからピンチになったときほどその人の本性が出ると聞いたことがあった。ああ、パパの言ってたことは正しかったんだ。どうせ、私を置いて1人で逃げるんだろう。やっぱり人族なんか信じるべきじゃないんだ。
感情は冷めていたけど、体はそれに反して震えていた。このヒトの震えじゃない、アタシ自身の震えだ。
「んなことするか!!バーカ!!!!」
「え?」
「んだとぉ!!!」
「ひいぃぃぃぃぃ!!!」
この子今なんて言った?耳はいいはずなのに、今だけは自分の耳が信じられなかった。バカはあんただよ、なんで置いていかなかったの?なんでまだアタシはユイの腕の中にいるの?
ぎゅっとまた抱え込まれた。まるで、大丈夫だよって言ってるみたい。わかったわよ、その強がり付き合ってあげるわ。答えの代わりにユイの腕を軽く握った。
てか、ユイ足速すぎない?!途中から明らか跳んでた、しかも超低空飛行。身体強化でも使ってるの?!でもこんなに長く続くわけないし、そもそも魔法覚え立ての子が使えるような魔法でもない。ええい、理屈はこの際どうでもいいわ!このままいけるなら、逃げ切れるかも!
「町が近くなってきたわ!」
「……はぁッ……りょー、かい!」
「でも、なんか集まっててどこかに行きそう!入れ違いになっちゃうかも!」
「ど、どうしよう?!」
「跳んで!」
「へ!?」
「いいから、前に向かって思いっきり地面蹴って!」
「うええい!?わかった!!」
ザフッダンッ!
「ええええぇぇえええぇ!!!跳びすぎいいぃぃぃ!!」
よし、思った通り跳んだ!ユイはめちゃくちゃ怖がってるけど、アタシだって怖いからね?!こんな高く跳んだことないから!!
下が騒がしくなってきた。あ、団長さんまでいる。
ドフッ
さすがクロのおじさん、安定感抜群!っと感心してる場合じゃなかった!
「ク、クロさん………よがっだぁぁ」
「優維ちゃん!無——っ!どうしたんだ、この怪我」
「クロのおじさん、ユイ撃たれたの!早く手当してあげて!」
「…………ぅ…………」
「お姉ちゃん!?」
「……気絶しただけだ。セージ、優維ちゃんを早く病院へ」
「え、でも」
「優維ちゃんのボディーガードなんだろ?」
「!うん!」
「アタシも一緒に!」
「リコ!!」
「パパ?!」
予想はしていたけど、パパがいた。お昼過ぎても帰らなかったもんね。
クロのおじさんがゆっくりとパパの腕にアタシを置いてくれた。
「リコ、心配させんじゃねぇでさぁ!!」
「ごめんなさい、パパ」
「よかったけど、後で説明してもらいまさぁ。さあ、家に帰りやしょう」
「待って!アタシも病院に行く!」
「?足の怪我なら家で手当てできやすぜ?」
「そうだけど!ユイが心配なの!」
「セージ君が背負っているヒトか?」
「そう!だから下ろして!」
「リコ」
「パ、パ?」
パパは怒っていた。ヒトと関わったこと、ヒトを心配していると言ったこと。でもアタシは、このヒトだけは信じたいと思った。
「……ねえ、パパ。アタシの話聞いてくれる?」
「…………」
「ありがと。パパ昔言ったよね。ピンチの時ほど、その人の本性が現れるって」
「……言ったことありやすね」
「あの子ね、誘拐犯から撃たれたあと、アタシを渡せば助けてやるって言われてたの」
「!」
「その後、あの子なんて言ったと思う?」
「…………」
「『んなことするか!!バーカ!!!!』って言ったの。全く、バカはどっちよ」
「——っ!」
「だからね、あの子は信じていい、アタシが信じたいと思った人なの。だから、心配なの」
「…………」
パパはわかってくれたのか、ゆっくり地面に下ろしてくれた。
「あとで病院に迎えに行きまさ」
「パパ」
「行ってらっしゃい」
「うん」
行ってらっしゃいの顔はまだ納得していない感じだったけど、今はユイのことよ。パパとはまたお話ししよう。
「セージ君、早く行くわよ」
「シューマさん、いいの?」
「いいのよ、今はユイでしょ?」
「!うん!」
あの後ユイの手当を軽くしてから、アタシはエドガーさんに抱えられて病院に行った。
病院に着いた後の対処は早かった。なのに、ユイが処置室に入ってからスルク先生が出てくるまでの時間が、ひどく長く感じた。いつもは元気なセージ君も、このときだけは何も話さなかった。
ガラララッ ピシャン
「「スルク先生、お姉ちゃん(ユイ)は!?」」
「病院では静かにね~。とりあえず、止血して傷口も塞いだから大丈夫よ~。ただ、体力をかなり消耗してたから、しばらくは起きないと思うわ~」
「そうですか~、ありがとうございます」
「はあ~」
一気に力が抜けた。本当によかった。
寝顔を見たらさらに力が抜けた。
「すぅ……すぅ……ぷぅ」
「阿呆づらでよく寝てるわね」
「……リコちゃんって意外と口悪いね」
「……今まで猫かぶってたのよ。こっちがアタシの素よ」
「そっか、ぼくは今のリコちゃんの方が好きだな」
「っ!そういうことサラッと言うの、ユイに少し似てるわ」
「そうかな?」
「そうよ」
ちょっとドキッとしたじゃない、セージ君の天然タラシ。
「くぁ……」
「あら、眠いの~?」
「ううん、大丈夫です。お父さんが来るまで起きてます」
「それじゃあ、アタシはちょっと寝てもいい?」
「いいわよ~。仮眠室に行く?」
「ちょっとだけだから、ここで大丈夫です」
「そう?じゃあ、毛布持ってくるわね~」
毛布が心地いい。パパが来るまで、ちょっと寝よう。
アタシが憧れたヒロインにはなれなかったけど、助けてくれるヒーローには会えた。お話みたいにかっこいいとは言えないし、頼りないけどね。でも、アタシにとってはあなたはヒーローなのよ?だから、早く目を覚ましなさいよ、ユイ。