アタシのヒーロー 前編
リコ視点です。
リコの過去話以外の会話は前の話からそのまま引用しているので、ちょっと長くなってしまいました。
幼い頃、アタシはヒーローに救われるヒロインに憧れた。お話のヒロインがピンチになると、必ず駆けつけてくれるヒーロー。アタシが憧れたのは素直で皆に優しくて、何があってもヒーローを信じているヒロイン。
でも、所詮は憧れ。アタシ自身は素直じゃなくて、優しくしようと思うのに照れ隠しで言葉がきつくなってしまう。広場に行っても全然他の子達と馴染めなくて、次第に外に出ることが減ってきて、家の中で本を読むことが多くなった。
物心ついたとき、パパとの会話がずっと引っかかっていた。
「いいかい、リコ。人族とは深く関わっちゃいけないんでさぁ」
「なんで?」
「あいつらは嘘をつくのが上手いから、信じたら信じた分、裏切られたときに自分が辛くなるからでさぁ」
「パパは裏切られたことがあったの?」
「……そうでさ。ただ、リコが本当に信じてもいいと思ったヒトに関しては、信じてあげるといい」
「うん………」
そのときのパパは寂しそうな、怒っているような、でもなぜか愛しそうなよくわからない顔をしていた。そんな顔を見られたくないのか、その後ガシガシと頭を撫でてきた。
今思うと、物心ついたばかりの子になんてこと言うんだってなったけど、あれはパパなりの教えだったんだろう。あれから、アタシは色んな人を疑うようになってしまった。そして、私は外では猫をかぶるようになった。人見知りを演じて、あまりしゃべらないようにした。セージ君は、それでも構わず話しかけてきたけどね。どんな人にも変わらない態度で優しく接する彼がアタシは好きだったし、少し憧れていたかもしれない。
「おーい、リコちゃーん!」
「ッ!?……あ、セージ君——と、誰ですか?」
「初めまして、優維って言います。リコちゃん、でいいかな?よろしくね」
「うん、私リコ。よ、よろしく」
人族だ。本当はよろしくなんてしたくなかったけど、セージ君の前だしさすがに失礼だから言葉だけ返した。
「お散歩?」
「そんなところ。セージ君はお使い?」
「そうだよ。お使いとお姉ちゃんのボディーガード中!」
「お姉ちゃん?」
「血は繋がってないけど、家族同然だからそう呼んでるんだ~」
「そう、なんだ。うん、お使い頑張ってね」
「?またね~」
今まで姉なんていなかったのに、しかも人族?思わず声を出してしまったが、セージ君はさも当然かのように家族同然だからと言った。ロジーのおばさんは人族だったにしても、今までいなかったのにいきなり何でとも思った。なぜか、この話をこれ以上したくないと思ってしまって、話を一方的に切り上げてさよならした。
逃げるようにして分かれた後、ふと散歩していたときに聞いた噂話を思い出した。それは町外れで保護された子供がいたという噂だ。よくある話でもないが、珍しい話でもない。モヤモヤはしたが、気にしないことにした。
その日はパパの誕生日だった。森にパパの好きなブドウがたくさんあると聞いたので、朝から森に出かけることにした。
「行ってきます。お昼には帰ってきて、ご飯作るからそれまでいい子で待ってるんでさぁ」
「うん、行ってらっしゃい」
パパがお店の方に出たのを見計らって、裏口からこっそり町の外にでた。
「おや?シューマんとこの嬢ちゃん。お出かけかい?」
「八百屋さん、こんにちは。これからブドウを採りに森に行くの」
「ブドウを?ああ、シューマの好物か。うちで買っていかないか?」
「ううん、今日は自分で採ったものをパパにあげたいの」
「そうか、なら仕方ない。ただ、午後から雪が降るそうだから早めに切り上げた方がいいぞ」
「ありがとう、じゃあね」
「気をつけてな!」
町の外に出てから獣形態になって、足に風を纏わせる。こうすると雪に沈まないし、滑るように移動できるの。それに速度も上がるので、ブドウ狩りと行き帰りの時間を合わせても、お昼までには帰れるくらい。
ブドウがたくさん実っている所は知っているから、そこに直接行くことにしよう。そこは、前と変わらずたくさんんぼブドウが実っていた。寒いから凍っていたけど、凍っている方が甘みが増しておいしいとパパは言っていたから、このまま持って帰れば喜んでくれるかな?
あ、あのブドウおいしそう。でも結構高いところにあるわね。魔法は……ギリギリ届かないかも。木に登ったらいけそう。慎重に、慎重に…………採れた!
「あ!」
ボスッ
木から落っこちてしまった。安心して気を抜いてしまった、不覚だわ。下が雪だったからそんなに痛くはなかったけど、着地を間違ったのか少し足を怪我してしまった。歩けないわけではないけど、行きよりはゆっくりになるのでここで切り上げて帰ることにした。
ダダッガタッダダッガタッ ズザァ
こんな所に馬車?しかも目の前で止まった。これはよくないものだ、全身から警戒しろ、速く逃げろと言われている気がした。駆け出そうとしたとき、足がズキッと痛んだせいで転んでしまった。
「運がいいな~。こんなにすぐ獣人に会えるとは、しかも子供か」
「……おれは周囲を探ってくる。親がいるかもしれん」
「へへっおい!こっちに来い!」
「いや!離して!!」
ちょっと!レディの扱いがなってないわね!!いきなり腕つかんで、無理矢理立たせるなんて!暴れたらすぐに縄で縛られてしまった。
「もう1人子供がいた。だが、オレを見た途端気絶しちまった」
「あ゛ぁん?じゃあそいつも一緒に連れて行っちまおう!」
「!?」
セージ君と一緒にいた人族?!なんでこんな所に、しかも気絶したって………もう何が何だかわからなくなってきた。
馬車が動き出してしまった。とりあえず、起こしてみよう。
「……ねえ、ねえ。起きて、起きてよ」
「う~ん、あと5分」
「この状況で?」
「はぇえ?…………えっとここは?」
「誘拐犯の馬車の中」
「ええ!?」
「シッ!声が大きい」
「ご、ごめん」
思わず素で突っ込んでしまった。だって、家で寝起きの人が言うような台詞を言うのよ?この状況で?この子の前で、猫かぶるのが少しだけアホらしくなってしまった。
「あ、リコちゃん怪我してない?」
「……ここで他人の心配できるの、大物なのかバカお人好しなのか。少し足を挫いてるけど、歩けないほどじゃないです」
「心配するよ、バカは余計だけど。でも、足挫いてるのか~、う~ん」
「今度は何ですか?」
「いや、どうしたら一緒に逃げれるかなって」
「…………」
いや、本当にバカなの?一緒に逃げることしか考えてないの?お人好しにもほどがあるわ。なんか呆れてたら、段々と冷静になってきた。この縄、獣形態になれば簡単に抜けられるんじゃない?
あ、やっぱりできた。この子に驚かれたけど、その後すごくジロジロ見られた。主に尻尾。縄をほどくのを頼まれたので、仕方なく取ってあげた。
さて、これからどうしよう?
「ねえ、リコちゃん」
「……なんですか?」
「これを引いてるのは馬?」
「そうですね、グラニに近い魔馬ですね。それがどうかしましたか?」
「グラニ……はわからないけど、その馬をびっくりさせられたら逃げる隙があるかなって」
「ふむ、やってみる価値はありますね。このままでは、いずれ王国に着いてしまうかも知れませんし」
グラニに近い魔馬であれば、言葉が通じるかも知れない。グラニはスレイプニルという種族の血を引いている魔族だ。
音魔法で魔馬にだけ聞こえるよう声を送ってみた。
『こんにちは、お馬さん』
『ダレダ?』
『あら、貴方も魔法が使えるのね』
『主ト話シタカッタカラ、ガンバッタ。何ノヨウダ?』
主は手綱を握っていた帽子の男かしら。今はどうでもいいわ。
『早速だけど、ここから逃げたいから手伝ってちょうだい?』
『……ソレハデキナイ』
『なぜ?』
『獣人ヲツレテイカナイト、アノ男ニ主ガ殺サレルカモシレナイ』
『……それを阻止できるとしたら?』
『!ソンナコトガデキルノカ!?』
『おそらくね。貴方が私たちに協力してくれるなら、ね?』
『スル!ドウスレバイイ?』
『私が風で合図をするから、思いっきり暴れてほしいの。できるだけ長くね』
『?暴レルダケデイイノカ?』
『ええ。最初は壁を叩いて音を出すから速度を緩めて、その後強い風を起こしたときに暴れてちょうだい』
『ワカッタ』
ふう、会話はできるけどおつむはよくないみたいね。お馬さんが主を助けたい気持ちはわかるけど、こっちに策なんてあるわけない、嘘。罪悪感はあるけど、今は自分たちが助かるためだ、仕方ないと割り切る。
「よし、準備できました。ただ——」
「ただ?」
「脱出できたとしても、この足でたどり着けるか……」
「リコちゃんは私が抱えて行くよ?」
「は?」
「だから、獣形態のリコちゃんを私が抱えて行く。獣形態なら抱えられるくらいだからね。でも、道がわからないな~」
「……道なら私が案内します。クロさんの魔力を感知すればいいんですよね?」
「できるの?」
「感知は得意なんです」
「じゃあ、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
やっぱり2人で逃げることしか考えてない。でも、その強がりがどこまで続くかわからない。どうせ、ピンチになったら置いていくんだろう。なら、私もそこまでは利用しよう。よろしくね。
子供は時に素直、怖いくらいに。