受け止める
やばい、後半全然話聞いてなかった。楔梛様のモフモフに集中しすぎた。
後でクロさんに聞いておこう。
今日はもうお開きとなったので、皆各々自分たちの所に帰っていく。
「優維」
「凛さん、どうしたの?」
「ちょっとこの後時間ある?」
さて私も帰ろうと玄関の方を向くと、凛さんから呼び止められる。
なんだろう、何か用事でもあったのかな?もしかして、私なんかしたっけ?
「大丈夫です」
「じゃあ、ちょっとだけ魔法の練習しない?」
「いいですよ」
「じゃあ、オレは先に帰ってるぞ。あ、凛さん、今日はうち来ますか?凛さんの好きなメニュー用意しますよ」
「ホント!?じゃあ、卵焼き食べたい!」
「ウッハハ!ロジーに伝えておきます」
またな、とクロさんは上機嫌で帰っていった。今日はロジーさんの卵焼きだ!やった!あれ、おいしいんだよな~。出汁の味とほのかな甘み、あ~思い出したらお腹すいてくる。
「それじゃあ手始めに結界、作ってみよっか」
「はい」
ココ爺の家から少し離れたところで魔法の練習を始める。練習はさすがに室内でやったら危ないからね。さっきは皆に見せるために室内で張ったけど、本来なら魔法は室内厳禁だ。
因みに楔梛様も一緒に外に出ている。なんでもずっと封印されてたから前の感覚を取り戻したいだそうで、さっきからずっと魔力を練っている。
いつも通りイメージをして、自分の周りに結界を張る。体の輪郭をなぞるように、それでいて全体を覆うように、隙間がないように。
「いいね。前より精度が上がってる」
「ありがとうございます!」
「集中は切らさない」
「はい!」
しゃべると少しだけ結界が歪んでしまったので再びそちらに集中する。ただの丸い結界なら少しくらいなら散漫になっても揺らがないんだけど、体に合わせてのものとなると複雑な形になるので集中していないとすぐに歪んでしまう。
「じゃあ、ちょっとだけ…………楔梛!」
「何ですか、凛おばあ様?」
「優維に魔法打ってもらっていい?」
「「………は?」」
思わず楔梛様と声がかぶってしまった。
凛さんの無茶ぶりは今に始まったことじゃないけど、いきなりすぎる。
「り、凛おばあ様?俺の魔法が普通の人より強いこと、知ってますよね?」
「知ってるよ?だから試しにって頼んだの!」
「いやそんな」
「楔梛は知らないだろうけど、優維は全盛期ではないにしろあの”魔法の指揮者”の第二楽章を耐えたんだから!(ドヤッ)」
「え………?」
凛さんそれって自慢できることなの?
楔梛様、そんなマジかみたいな顔で見ないで?ちょっと心にくるよ?
「すごいな…………」
「だっしょ~!(エッヘン)」
「凛さん、当事者が置いてけぼりなんですが?」
確かにローブおじの攻撃には耐えたけど、あれだってかなり必死だったしね。なんかすごい攻撃だったのは覚えてるけど五月蠅すぎてそれどころじゃなかったし。あれだよ、例えるなら窓ガラスに気が付かないでそのまま飛んできた鳥がぶつかってきた音、それが何十羽もきたって感じ。あれ授業中に1回あって皆一斉に窓見たからね。窓際の人がベランダにカラスが落ちてるの発見したけど、そのうち何事もなかったかのように飛んでったからね。カラスも丈夫だよね。
「第二楽章の鳥あったでしょ?実はあれ一つ一つがあたしの”虎鯨の波”くらいの威力があるのよ。まあ、若干威力は劣るけど普通の結界じゃ2発も当たれば粉々よ?」
「Oh…………」
よく耐えれたな私。思わず外国人みたいな反応しちゃったよ。
「ってわけで、二人とも今できる全力の魔法使ってみて!」
「「……………は?」」
また楔梛様とハモった。
今度は二人ともあの猫ミームみたいな感じになった。
「楔梛は寝起きだし優維は逃げ姫のレベルも上がってるし、大丈夫!(グッ)」
「いやグッ、じゃないです!」
「そうですよ!」
「あーもう!ごちゃごちゃ言ってないでやる!(ビシッ)」
凛さんに強く言われて、楔梛様と顔を見合わせため息をつく。
こうなったらやらないと凛さん納得しないしな~。それに凛さんは唐突な無茶ぶりをすることはあるけど、絶対できないことは口にしない。それが”我が儘姫”としての言葉の使い方だって。
「楔梛様、お願いします」
「優維!?」
「ほらほら、優維がやるって言ってんのに楔梛はやらないのかな?」
「……………わかりました。今の俺の全力ですね」
楔梛様もやる気になったみたいだね。うちの凛さんがごめんね。
二人とも深呼吸をして、魔力を体に巡らせる。
「優維にとって一番強固なものって何?」
「え?うーん…………亀の甲羅?あ、いや蜂のハニカム構造?ワニの皮膚?」
「動物好きだね~。それ想像して結界作ってみ?」
じゃあ防護壁はワニの皮膚、結界はハニカム構造で全体像としては亀の甲羅!
「おー!なかなか強固だね!楔梛様も準備できた?」
「………本当に大丈夫なんだな?」
「はい!」
うん、我ながら今までで一番かたくできたと思うよ?
楔梛様が私の返事に軽く頷くと、楔梛様を中心に風が吹きあがる。
「”白熊の吹雪”!」
熊の形をした雪?いや、熊の中に風が渦巻いている。あれは熊の形をした吹雪だ。
そう認識したころには、目の前に吹雪の熊が大きな口を開けて今にも嚙みつかんとしていた。
ゴオォオオン!!
「さっむ!」
吹雪の熊が結界に当たってすさまじい音がした。それにこの猛吹雪、加えて寒さ。
さらに結界と防護壁、両方に魔力を込める。さっきより冷気がマシになった。
こうなったら全部受け止めてやらぁ!
———————————楔梛視点———————————————
「むううぅうううん!!」
「俺の攻撃を受け止めている………!?」
「うん。それにね、優維の周り見て」
凍って、いない?風が当たり地面が見えているが、凍った様子はない。
本来”白熊の吹雪”は熊の形を模した吹雪そのものを対象にぶつけるだけではなく、当たった対象を凍らせる魔法だ。それなのに風が当たっている地面にすら凍った様子がない。
優維の結界にヒビは全く入っていない。しかし先ほどまで無色透明だった結界は、少し青みがかっていた。
「どういうことだ……?」
「優維の結界、すごいでしょ?自分を守るだけじゃなくて、結界に魔法を吸収できるの」
「—————ッ!そんな魔法は聞いたことがないです」
「あたしも初耳。原理は正直よくわからない、本人も何でか分かってないしね。これは推測だけど、”逃げ姫”に起因する能力だと思ってるの」
「”逃げ姫”の?」
凛おばあ様から少しだけ優維の称号のことは聞いていた。なんでも逃げるときだけ発動する称号だと。元々姫が付く称号は特別で唯一無二、それ故に効果がよくわかっていないので優維の称号も分からないことだらけ。加えて何かから”逃げる”という特定の条件のみ発動するため、普段は只の結界が張れる女の子くらいの認識だ。
今の状況は”逃げる”というのに当てはまっていないように思える。むしろ逆ではないか?
「楔梛、逃げって何だと思う?」
「それは……………」
俺は王から逃げた。皆はそれでもいいと言ってくれたが本心は分からない。
「いいこと、ではないと思います」
「そうかもね。でも、逃げなきゃいけない時ってあるじゃない?例えば自分や他人の命がかかっている時、もう心が限界だってなったとき。皆が皆、立ち向かえるわけじゃないわ」
「………………」
お話の主人公じゃないんだからと、凛おばあ様は吐息と一緒に言葉を吐き出す。
俺には現実は物語の主人公のようにうまくいかない、と言っているように聞こえた。
「だから逃げるのよ。受け止めすぎた現実をリセットするために」
「…………え?」
「もちろんそれだけじゃないよ?”逃げる”って一言だけど、いろんな解釈がある。敵から、色んな支配から、関係から、責任から。ただ、逃げる前に最初にすることって受け止めることだと思うの。色んなことを無意識に受け止めちゃう、だから逃げたくなるんだって」
受け止める、か。
俺が王だった時、皆の意見をすべて聞いた。その中には批判の声も少なくはなかった。クロたちは気にするな、受け流せと言ってくれたが、俺は皆のようにうまく受け流すことができなかった。そのうち逃げたいと思うようになった。だが、俺は皆から逃げたくはなかった、責任から逃げられなかった。
ゴオッ!
「っしゃ!」
一陣の風と優維のやり切ったという感じの声。
いつの間にか、俺が放った魔法は跡形もなく消えていた。
優維は、俺の魔法を全部受け止めてくれた。
「優維、すごい!体は大丈夫~!?」
「疲れたけど、大丈夫でーす!」
優維は肩で息をしているが、魔力の乱れはなく大丈夫そうだ。
こちらに小走りで向かってくるが、ふらついている様子もない。
「楔梛、これからは一人で抱え込まないで?あたしも優維も、皆が貴方を受け止めるわ」
「——————————ッ」
俺は咄嗟に上を向いた。
そうしないと涙がこぼれてしまいそうだった。
「あれ?楔梛様、どうしたんですか?」
「鳥が飛んでたのよ。ね、楔梛?」
「————————ええ、そうですね」
「え!どんな鳥だったんですか!?」
「すまない、逆光でよく見えなかった」
「そうですか~」
俺を受け止めてくれて、ありがとう。
逃げることは悪いことじゃない、ただその後どうするかが大事だと思います。