医療が人を苦しめるものであってはならない
今回も優維は出てきません。もう少しだけ誘拐犯の話が続きます。
————————エクロク視点——————————
「別件が終わり次第、長の所に連れていく。それまでは、こことレタラの宿舎は自由に行き来していい。無論、見張りはつけるがな」
「ありがとうございます」
なんだかすごい話を聞いてしまった。
だが、これでレタラと一緒にいられるならなんだっていい。
黒豹の獣人が退出すると、部屋にはオレと鷲の獣人だけになった。
「貴様は、先ほど二言はないといったな」
「ああ」
「………人間は息を吐くように嘘をつく。せいぜいその言葉をたがえぬようにな」
鷲の獣人から鋭い視線が向けられる。身震いがした。
こういう視線を獣人から向けられたのは初めてじゃない。でも、そいつらよりも警戒心と嫌悪に満ちた視線を向けられたのは初めてだ。
「牢に戻るぞ」
「…………」
肯定の代わりに席を立ち、鷲の獣人の後ろについて牢に戻った。
「はぁ………」
なんだか色々あって疲れたな。飯の時間まで寝るか。
そういえば、オレと一緒にいたやつはどうなったのだろうか。
まあ、どうでもいいか。今は自分とレタラのことだけを考えよう。
——————————ケヒト視点——————————
「で、話が全く通じないと?」
「はい。それ以上に様子がおかしいので、ケヒト先生に診ていただきたいのです」
「ふむ…………」
名はアキヒ、スラム出身で今はカミアシ家に雇われている身と。十中八九、奴隷でしょうね。
その男の風貌は髪や肌がボロボロ、何日も洗っていないのか垢もたまっている。目は瞳孔が開いており、それにこの甘ったるい匂い。
「コイツヤッてんな」
「ケヒト先生、口調が」
「おっと、失敬失敬」
薬や香は画期的なものだ。
医療魔法を覚えることができなくても、医者の真似事ができる。もちろん基礎的な知識も必要になるが、それは前提条件だ。
しかし、完璧な医療などは存在しない。薬も香もリスクがないものは存在しない。それは魔法も同じだ。だが、そのリスクを最小限に抑えることはできる。私たちはそれを使い、人を救う。逆にそれを使い、己の快楽のみを優先するものがいる。
「ああぁ〰〰〰!!ここから出せぇ!!」
「また暴れだしました!」
「なるべく傷つけないよう、拘束することは可能ですか?」
「長くはもちません!”捕縛”!」
「放せぇー!!」
兎獣人のイセに両手足を魔法で拘束され、身動きが取れなくなった男の傍で膝をつく。
まずは目を診察しましょう。瞳孔は開いているが、焦点が合っていない。脈も速く、よだれが垂れている。極度の興奮状態、まだ夢幻香の作用が続いているようですね。
「”精神安定”」
「ああー!…………ぁ?う?」
「拘束を解いても大丈夫です。一時的ですが、話す分には問題ないでしょう」
「は、はい!」
幻覚が切れたのか、男は自分がなぜここにいるのかわからないという風に視線をせわしなく動かしていた。その目は血走っておらず、どこにでもいる人間の目だった。
「椅子に座れるますか?」
「あ、ああ……」
男は素直に従い、椅子に座った。さっきまで興奮していたことが嘘のようだ。
「なあ、ここはどこなんだ?」
「ここはウパシ、アンタは今誘拐犯として番屋にいます」
「なッ……そうか…………」
一瞬驚いた顔をしたが、すぐに後悔したようにうつむいた。
魔法の効果は一時的だ、今のうちに聞きましょう。
「さっそくで申し訳ありませんが、いくつか質問に答えてください」
「ああ」
「ここ最近の記憶は?」
「すまない、はっきりしないんだ」
「何か頼まれた記憶は?」
「雇い主にどんな手を使っても、獣人をとらえてこいと言われた。報酬として、さらに強い香をくれるとも」
「…………チッ下種どもが」
「ケヒト先生?」
「なんでもありませんよ」
思わず悪態をついてしまいました。こいつを見るだけで、その香を売った奴らの下種顔が透けて見える。こいつは悪くない、とは言えないが少し同情はしますが。
「お前の雇い主の職業は?」
「外から物を仕入れて売っている、詳しくは知らねぇ。ただ、普通の商品のほかに気分がよくなる香や銃なんかも取り扱っていた。表が王家御用達な商家なだけに、好き放題やってやがるなって思ったよ」
「風貌は?」
「いかにも成金な肥えたおっさんだよ。それ以外に、香を売ってくれる紫色のローブを着たやつらもいる」
紫のローブ、私も知らないやつらだな。成金のおっさんは、カミアシ家の叔父か?
夢幻香のほかに銃もか。確かに、あの銃はドワーフが作ったにしては雑すぎた。あれも違法に作ったものだろう。
誘拐に違法売買、こりゃ役満どころの話じゃないな。掘ればいくらでも出てきそうだ。まあ、ダイモンさんならすべて掘ってくれているでしょう。
「銃を使った記憶は?」
「え?あ…………」
「狐を撃ったか?」
「………はッい!」
「人を、撃ったか?」
「…はッ………あ、あぁ—————————!!」
「コイツ!”捕縛”!」
私の魔法の効果が切れたのか、また暴れだしてしまった。
すぐに捕縛魔法をかけられ、さっきの状態に逆戻りだ。もう聞きたいことは聞いたので、後は自警団の方々にお願いした。
「今日はありがとうございました」
「いえ、あれの相手は私でなければ務まらないでしょうから」
「すみません…………あの、さっき自白剤混ぜてました?」
「なぜそう思うんです?」
「いえ、いくら観念したからと言えあんなに主人のこともべらべら喋るものかなと」
確かに男の飲み水に少しだけ自白剤は混ぜていました。それでも人体に悪影響がない程度、数回の排泄でなくなる程度に。
「少しだけです」
「そう、ですか」
「気に入りませんか?」
「いえ!決してそういうわけでは……」
イセさんは正しい。
いくら悪事を働いたものとはいえ、無理やり吐かせるのはどうかということでしょう。
「いいですよ。君には君の正義があるんでしょう?」
「…………」
「私は、悪事に薬を使う輩が大嫌いです。それこそ、殺したいほどに。しかしそれを暴けるのであれば、私は躊躇なく薬を使う。矛盾していると思いますか?」
「………正直、はい」
うん、素直ですね。いいことです。
私もあれくらい素直な時期があったんでしょうか。
「私の正義はそんなものです。医者などやっているが、誰にでも優しくできる訳じゃない。スルク先生のように、手が届くなら全て救いたい訳じゃない」
むしろ、そのまま死んでしまえと思う奴もたくさん見てきた。私が切り捨ててきた命もたくさんある。
「それでも、この村の人は救いたい。私の毒が、人の役に立つということを教えてくれた人のためにも」
矛盾していると思われても、汚いと言われてもあの人にできないことは私が請け負おう。
「矛盾しているって言ってすみません」
「いいえ。その矛盾を指摘できる貴方の正義は素晴らしいです。これから様々なことがあると思いますが、どうか自分の正義を見失わないでください。おかしいことをおかしいと言える、その気持ちは失わないでください」
イセさん、貴方は私のように曲がらないでください。
「約束、して頂けますか?」
「はい!」
「いい返事ですね。では、何かあったらまたお呼びください」
「はい!今日はありがとうございました!お疲れさまでした!」
「お疲れ様でした」