表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/129

とある馬飼の話

 帽子をかぶった誘拐犯の話です。優維達はほぼ出てきません。


 オレはただのしがない馬飼だった。といっても飼っているのは、スレイプニルという種族の血を引いている特殊な魔馬らしい。この馬は体は灰色だが、真っ白いたてがみを持っていたので、親父がレタラと名付けて育てていたものだ。レタラは古い言葉で、白いという意味だそうだ。

 オレが生まれたのは、レタラが引き取られてからすぐだったらしい。レタラと一緒に育ってきたから、オレたちは兄弟同然だった。



 オレが大人になり独り立ちすることになったとき、一番なついていたレタラと運搬用の馬車を親父から譲り受けた。

 レタラは普通の魔馬より馬力があって、雪の中でも難なく物資を輸送することができた。冬は魔馬が進めなくなることが多かったから、オレの所に依頼が集中した。いつもは依頼内容をよく見てから、レタラと一緒に決めていたんだが、忙しさから内容をよく確認せずに了承してしまった。それに、町でも名のある商家だったから疑いもしなかった。

 思えばそれが失敗だった。



「は?今なんて言いました?」

「何度も言わせるな。ウパシから獣人を誘拐してこい」

「それって犯罪なんじゃ……」

「依頼書に犯罪も辞さないと書いていたはずだが?」

「なんだって!?」



 おれは急いで依頼内容を確認した。仕事内容は追って説明……一番下に小さな文字で、{なお、自警団のお世話になる可能性があります。仕事内容に関しては口外しないように。契約を途中で破棄した時はそれ相応の対処をします。}と。そして、その下にオレのサインがあった。なんてこった!



「このまま破棄したら、どうなるかわかってるんだろうな?馬もろとも地獄行きだ。あの馬、ただの馬じゃないんだろ?かなり高く売れると思うぞ?」

「―ッ!」

「わかったらやってこい。相応の報酬は出す。それとこいつも連れて行け」

「へ、へへっ」



 ドンッと押されて出てきたのは、明らかに様子がおかしいやつだった。目も焦点が合ってない。それなのに背中に銃を背負わされていた。



「なぜ、こんなやつと?」

「監視だよ。まあ、ちょっと頭がおかしくなっているが、主人の命令にだけは忠実だからな」



 ちょっと?どう見たって異常だ。

 酒にでも酔っているかのように足元はフラフラでおぼつかない。そのくせ目だけは爛々としている。そいつが近くに寄ってくると、強烈な動物の匂いと鼻につく甘い匂いがした。オレはその匂いには既視感があった。

 こういう仕事をしているとたまに違法な奴らにすれ違うことがある。クリーンな依頼だけで食っていけるほど、この業界の賃金は高くない。

 幻覚作用のある魔力を込めた香や、魔法を使う奴らは特に甘ったるい匂いがする。もちろん見つかれば罰せられる。ただそういう香水をつけていると言われればそれまでだが、知っている奴からすればそれとは違う独特で嫌味な匂いだ。そしてそれに依存している奴らは、自分のことがおろそかになりやすい。よくあるのは体を清潔にしなくなる。自分の世話がどうでも良くなるらしく、獣臭がしても体を洗うことはしない。

 要するにこいつは中毒者だ。そんな奴を監視役にするこの商家はイカレている。

 だが、ここで文句を言って地獄行になるのだけは避けたい。なによりレタラに何かあったら気が気ではない。

 仕方なく従い、そいつを連れてレタラの元へ戻る。



「レタラ」

『エクロク、ドウシタ?ソイツダレ?』

「今回はこいつも同行することになった」

「………ども」



 男は相変わらず目の焦点が合っていないが、先ほどよりは落ち着いているようだ。

 そのまま歩いて勝手に馬車の中に入って、そのまま寝てしまった。



『エクロク、コイツ嫌ダ』

「オレだって嫌だよ……」



 レタラに何といったらいいんだろうか。

 今から獣人をさらいに行くとそのまま言えるわけがない。



『エクロク、何カアッタカ?』

「————ッ!お前に隠し事はできないな」

『ウン、ダッテエクロクトレタラは兄弟。兄弟ノコトハナンデモワカル』



 何となくだが、レタラが自慢げに笑った気がした。



「今回の依頼は獣人の誘拐だ」

『ッ!ナゼエクロクガソンナコトヲ!?』

「依頼内容については今日初めて知った。有名な商家だったから安心しきって、内容をよく確認しなかったオレのせいだ」

『ソンナ依頼断レ!』

「できなかった!断ったら、オレもレタラも消される」



 ごめんな、こんな情けない奴が主で、兄弟で。

 奴らはレタラのことも知っている風だった。どこでそんな情報を手に入れたのか知らないが、オレを揺さぶるために調べたのだろう。



 ブルルッ



「レタラ……?」

『エクロク、レタラモエクロクガイナクナルノハ嫌ダ。デモ、エクロクト一緒ナラ地獄デモドコデモ行ッテヤル』



 まるで安心しろとでもいうように、レタラが顔を摺り寄せてくる。



「犯罪者になるんだぞ?」

『カマワナイ』

「もう日の目は見られないかもしれなんだぞ?」

『エクロクト一緒ナラ、ソレデイイ』



 敵わないな。



『行コウ』

「ああ」














「へへっおい!こっちに来い!」

「いや!離して!!」



 国を出てから数日、運よく狐獣人の子供が見つかった。いや、子供にとっては不運か。

 オレは親が近くにいないか確認をするため、あたりを監視していた。

 

 木の陰に一瞬だが人が見えた。咄嗟に隠れたようだが、こちらを除くために少し顔を出していた。

 あれじゃあ隠れた意味がないだろう。仕方がない。



「おい、何してんだ?」

「いや、今誘拐現場を見てしまったのでどうしようって……」

「見られちゃ仕方ねえ、勘弁な、嬢ちゃん」

「!?」

「ッオイ!」



 こちらに気が付いすぐ驚いてしまったのか、意識を失ってしまった。

 少し驚かせて帰ってもらおうと思ったのに、どうしたもんか。この寒い中放置はよくないだろうし…………とりあえず馬車に乗せて、ウパシの近くでこっそり下ろすか。



「もう1人子供がいた。だが、オレを見た途端気絶しちまった」

「あ゛ぁん?じゃあそいつも一緒に連れて行っちまおう!」

「!?」



 本当にすまない。でも、オレ達が助かるためにはこれしか方法がないんだ。






 ビュオオオオ!!!

 ガタガタガタッ!!



「うお!なんだ!?」

「ヒッヒイイイィイイイィィィン!!!」

「まずい!!」



 なんだっていきなりこんな風が!?

 クソッレタラがかなりビビっている。だが、それにしては暴れ方が異常だ。確かにレタラは強風に吹かれたときパニックになるが、それにしたって今回は異常だ。

 レタラをなだめつつ、ちらっと後ろを見ると子供たちの後ろ姿が見えた。

 


「どうどうレタラ、落ち着いたか?」

『主』

「ちゃんと逃げれた」

『ナンデ……!?』



 オレ達は奴に聞かれないように小声で話す。



「お前の暴れ方が異常だったから。兄弟のことは何でも分かる」

『エクロク、ゴメン』

「いいさ」



 さて、後はどうやって奴を引き留めるかだな。

 奴の方を見るとまださっきのパニックから回復していないのか、少し放心していた。かと思えば、何かにはじかれたかのように慌てて荷台のほうへかけていった。



「ガキどもがいねぇ!!!」



 もう少し時間を稼ぐか。



「早く追いかけろ!」

「まだレタラが万全じゃない。もう少し時間をくれ」

「あ゛あ゛!?そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」

「馬車に乗ってるうちは馬飼いに従え。馬に蹴られて、これ以上頭がイカレたくはねぇだろ?」

「うっ!わ、わかった」



 このまま逃げ切ってくれればいいだけどな。





 


 オレは比較的ゆっくり目に馬車を走らせた。

 奴はさっきのことが怖かったのか、速度について文句は言ってこなかった。

 だんだんと子供たちが見えてきた。もう少し時間を稼げばよかったか。



「レタラ、少し—————」



 ドンッ



「!!おい、何してんだ!!」

「へ、ヘヘッ」



 野郎、撃ちやがった!

 すぐに羽交い絞めにしたが、それでも奴はへらへらと笑っていた。なんだコイツ、情緒不安定過ぎんだろ!

 あの子たちは…………ッ!

 しゃがみこんだ子供の足元に、赤が点々とついていた。白い雪の中で、その赤がひどく目立って見えた。

 オレがショックを受けているうちに、奴が抜け出しあの子たちに叫んでいた。



「その狐よこせよ!くれたら命だけは助けてやるよ。そんな獣助けてなんになる?!そんなことしたって無駄だろう?」

「…………ハッ……!」

「嬢ちゃん?」



 笑った?この状況で?



「んなことするか!!バーカ!!!!」

「え?」

「ッ何だとぉ!!!」

「ひいぃぃぃぃぃ!!!」



 啖呵を切ったくせに、すぐに悲鳴を上げて走って行ってしまった。

 


「ははっ」



 思わず乾いた笑いが出た。

 今の自分はなんと情けないことか。











 あの子たちをウパシの近くまで追いかけたところで、怒り狂ったあの子の父親に攻撃を受けた。



「グオォォォォォ!!!」

「ヒィィ!」

「誘拐したのは、すまなかった!オレたちはどうなってもいい!ただレタラは傷つけないでくれ!」

「オイ!てめぇ何言って「黙れ!!!」ヒィ」

「言いたいことはそれだけかぁ?」



 オレは必死に頭を下げた。許されようとは思っていない。 

 ただ、謝らなければと思っただけだ。



 その後、あの父親の妻が来たことでオレ達はこれ以上の被害はなかった。

 自警団に拘束され、番屋まで連行された。


















「気分はどうだ?」

「なんとも…………」



 自警団の牢屋に入れられて数日、特に尋問されることはなく三食喰って寝てを繰り返していた。

 そして今日、ついに事情聴取を受けることになった。前に座っているのは黒豹の獣人、その後ろには鷲の獣人がいた。



「あの、レタラは、オレの馬は……?」

「怪我をしていたので、今は療養中だ。しかし、驚いた。ただの魔馬だと思っていたが、スレイプニルの血を引いている。しかも会話ができるときた」



 いろいろと調べられたらしいが、今は無事だということが知れただけで十分だ。

 オレが安堵のため息を漏らすと、黒豹が少し呆れたように笑った。



「これから事情聴取というのに、何故そんなに安心している?」

「申し訳ない。レタラが無事と知れたのでつい……」

「よほど大事なのだな。あの馬も最初は暴れていたが、お前が無事だと聞いた途端大人しく治療を受けてくれた」

「…………レタラはオレの兄弟も同然なんだ。アイツと一緒にいるためなら、なんだってする」



 オレ達が一緒にいられるなら、どんなことでも。



「その前に、まずはお前の素性を知らんとな。名前は?」

「エクロク」

「職業は?」

「馬飼いで、荷運びの依頼を主に受けている」

「今回のもその依頼か?」

「……はい」



 オレは今回の依頼までの経緯を話した。



「なるほど、経緯は分かった。だが、どんな理由があろうとこれは犯罪だ。それは理解しているな?」

「はい」

「よし。ではこれから少し外に出ようか」

「え?」



 まだオレは経緯を話しただけだぞ?

 疑問に思いつつも、促されるまま外に出た。

 さっきまで暗いところにいたからか、陽の光がいつも以上に眩しく感じた。



『主!』

「レタラ!」



 外に出ると自警団員の横に、足に包帯を巻いたレタラがいた。

 思わず駆け寄ってしまったが、誰にも止められることはなかった。



「レタラ!レタラ!」

『エクロク、ヨカッタ!コイツライイヤツ。レタラ達助ケテクレルカモ!』

「え?」



 助けてくれる?なんで?

 黒豹の獣人を見ると、犬の獣人を少し睨んでいた。



「エドガー……」

「すみません、レタラさんがあんまり必死だったもので。自分達に協力してくれるならどうにかできるかもって言ってしまったであります」

「はぁ……」



 どういうことだ?



「戻って話そう」

『団長サン、主ニヒドイコトシナイデクレ』

「大丈夫だ。己は話し合いをするだけだ」

「大丈夫であります。さ、レタラさん戻って休みましょう」

『ワカッタ』



 







「先に言われてしまったが、協力するかどうかは話を聞いてから決めてもらって構わない」

「もし、断ったら?」

「法に則り処罰するだけだ。その後のことは知らん。ただ、お前は依頼主に一生追いかけられるかもしれないな」



 実質、拒否権ねぇじゃねえか。



「分かった、協力する」

「まだ話してはいないが?」

「レタラのためなら何でもするって言ったんだ。二言はねぇよ」



 その言葉に、後ろの鷲獣人が微かに反応した気がするが今はどうでもいい。

 一緒にいられるなら、それでいい。



「良い覚悟だ。では、単刀直入に言おう」

「…………」

「依頼人の商家、カミアシ家に攫われた者たちを解放するため一芝居うってほしい」



 何やらとんでもないことに巻き込まれてしまったらしい。




 エクロクはアイヌ語で真っ黒って意味です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ