曖昧な方が融通が利く
「楔梛~!」
「うわっ凛おばあ様!?」
楔梛様がかっこよく宣言した後、その空気を壊すように凛さんが楔梛様にダイブした。
なんというシリアスクラッシャー!え、お前が言うなって?記憶にございません!
「立派になったねー!陽翠にも見せてあげたい!」
「あはは………」
あ、ただの孫バカだった。
「でもよ、どうやって会うんだ?簡単に入れてはくれないだろ?」
「正面突破で考えていたが、ダメか?」
「「ダメ」」
ピリカさんとヒミちゃんに一蹴される。楔梛様、意外と脳筋だった。
確かに呪い関係なく楔梛様をよくなく思っている人がいるであろう城内に、正面切って入れるわけがない。アポを取ろうにも伝手がないし、そもそも取り合ってもくれないだろう。
「ダッハッハ!楔梛様のそういうとこ派手で大好きだぜ!だが、ちょいと現実的じゃねぇな!」
「そうか……」
楔梛様、ちょっとだけ尻尾が下がってしょんもりしてる。
ダイモンさんは楔梛様をフォローしたのかはわからないけど、急に真面目になって話を始めた。
「夜襲をしかける」
「夜襲!?」
「あ、ちげぇや、夜に忍び込む」
どっちも同じ意味だと思うけど?
「忍び込むたって、ルートは目星ついてんのか?」
「ホウ、まあそう焦るなクロ。ダイモン、城内の見取り図を」
「おう」
バサッと大きめの布を取り出して、床に広げる。庭や何階に何部屋あるなど大雑把に書かれた城の見取り図だった。
「城内についてはこんな感じだ。王がいるのは本殿3階の東側、突き当りから2番目のこの部屋だ。そして、侵入できそうな場所は北東の小さい城門だがそこは重要じゃねぇ。重要なのは侵入経路よりも、城壁に沿って展開されている結界を突破できるかどうかだ」
あー、何となく私が呼ばれた理由がわかったかも。
「結界の限定条件は”城内の者から許可されたヒト族、獣人族以外入城不可”っつー曖昧なもの。前は”国に害あるものは入城不可”って条件だったんだが、前王が亡くなってから条件が変更されている。役人たちは何がしたいんだろうなぁ?」
「…………まるで今は害あるものが中にいるような口ぶりだな」
「おっと、その話は後でだ。まあ、結界の条件が曖昧つーことは、優維の称号で突破できる」
「……………あのー、称号持ってる本人がこんなこと言うのはあれなんですけど、そう断言できる根拠は?」
確かに封印の結界は突破できたけど、条件が変更されたら出れなかったし、未だになんで結界を通り抜けられたのか自分でも分かっていない。
「そいじゃ、いっちょ実験してみっか!凛、手伝ってくれ!」
「いいよー」
そう言って凛さんが自分の周りに結界を張る。
いったい何が始まるんです?
「今、あたしの周りに張っている結界の限定条件は”獣人族以外不可”クロ、通って?」
「おう」
クロさんは獣人族だからそのまま素通りで、凛さんにタッチする。
「次は優維ね?」
「うん」
獣人以外って、私獣人じゃないから普通に通れないんじゃない?
そう思いながら結界を触ると、そこに壁があるみたいに凛さんに近づくことができない。
「通れないよね。じゃあ、今度は”お菓子をくれる人”にしてみる。クロ、通ってみて?」
「おう」
クロさんが結界にはじかれる。確かにクロさんは今お菓子も何も持っていないから、そうだよねって。
「じゃあ、優維通ってみて?」
「う、うん」
と言っても私もお菓子は持ってないし、これは通れないんじゃないかな?
結界を触るとあの時と同じ水のような感触、そのまますり抜けて凛さんにタッチ出来た。
「おお」
「ホホウ」
「なんで?」
「さっきあたしは、条件の誰にの部分をあえて入れなかった。そうすることで限定条件を曖昧にしたの。優維、お菓子は持ってる?」
「持ってないよ」
ほらと全部のポケットを見せる。今日はポーチも持ってきていないから、本当に食料は何も持っていない。
「あの結界の最初の限定条件は”楔梛を助けようとするものの侵入不可”だったんだ。それをあたしたちが入った後に、カパプが”生き物の侵入不可”にした。曖昧なものから明確で範囲が広いものにしたんだ」
「でも、私楔梛様を助けようと思ってあの中に入ろうとしたんだよ?それじゃあおかしくない?」
「そこなんだ」
え、どこ?
「つまり、明確な基準がない曖昧な条件だとどんな思想があろうと通り抜けることができるのが”逃げ姫”ってこと」
「そういうことだ。それに城内の奴の許可っつっても文書じゃなくて、口頭でもいいみてぇでなぁ、すっげえ曖昧なんだ。まあ、結界の役割は主に敵の攻撃から身を守るためだからな。限定条件はおまけみてぇなもんだ」
そういえば、凛さんから結界を習ったときも魔法防御だって言ってたしね。限定条件はあくまでこういう街や城を守るための補助的な役割だったね。
「そうなると、優維がいなければ城への侵入もままならないと?」
「頼りっきりで申し訳ないけどね」
「優維はいいのか?」
楔梛様が私に目線を合わせて、不安そうな顔で聞いてくる。
仕方ないな、乗り掛かった舟だもん。最後まで付き合うよ。
「いいですよ。それに、直接あの呪いにも言いたいことがありますから」
「そうなのか?」
「はい」
主にクレームです。
「優維、ごめんね。こんなことまで巻き込んじゃって」
「今に始まったことじゃないし、ここまで関わったんだから最後までやらせてよ」
「言うようになったね~このこの~」
凛さんに肉球で足をペシペシされる。全然痛くないし、むしろプニプニしてて面白い。
「本当にすまない」
「いいですって」
「しかし、俺の気が済まないんだ」
まだ申し訳なそうな顔をして、耳も尻尾も垂れ下がっている。
さっきまでの威厳はどこにいったんだ。
でもな、そこまで言うんなら直接誘ってみようかな。
「じゃあ、春になったら私たち皆とお花見してくれませんか?」
「お花見……?」
「そう、ココロさんの家桜の木だからね~。春になったらみんなでお花見しようって約束してたんだ~」
「喜んで参加させてもらおう」
あ、少し表情が柔らかくなった。垂れ下がっていた尻尾も上を向いて、ゆらゆらと揺れている。
「なんだ花見すんのか?」
「ん、わたし、たち、も、行く」
「親父たちもよかったら来いよ」
「行く」
「行くに決まってんだろ!ド派手にいこうぜ!」
「ほどほどにしてくれ」
ダイモンさんは元気だなー、ディグ君がしっかり者になった理由が分かった気がする。
ガチャッ
「すいやせん、遅れやした」
「お疲れ様です!本官も到着いたしました!」
ちょうど話がまとまったところで家に入ってきたのは、シューマさんと不機嫌そうなリコちゃん、エドガーさんと誘拐犯の帽子をかぶった男だった。
帽子をかぶった誘拐犯は、序盤でリコを攫おうとした人間で魔馬レタラの飼い主です。もっと言うと、クロさんに命乞いした人です。