アジアの夏はかき氷が癒す
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
燃え盛るような夏本番の暑さとまではいかないけれど、七月に入ると日差しも熱気も段違いに厳しくなって、出掛けるのが億劫になってしまうよね。
しかしながら、私こと蒲生希望は堺県立大学に在籍する女子大生。
その燃えるような向学心は夏の暑さや冬の寒さなど物ともせず、愛する学び舎への道を真っ直ぐに突き進むのであった…
こんな風に言えば、多少は格好がつくんだけどね。
実際の所は、実家暮らしで両親の目が光っているからサボれないだけなんだよ。
だからゼミ友である王美竜さんの事は、正直言って「凄いな…」って感心しているんだ。
何しろ美竜さんは台湾からの留学生で、大学の近くに賃貸マンションを借りて一人暮らしをしているんだから。
自由気ままな下宿生活は、余程のセルフマネジメント能力が無ければ簡単に堕落しちゃうからね。
そんな私と美竜さんは、ゼミ以外の講義でも同席する機会が多いので、堺県立大学の中百舌鳥キャンパスの中では大抵一緒なんだよ。
今日だって、三限に履修している地域文化学を無事にこなしたら、二人で学生会館一階の喫茶店へ直行したんだ。
何しろ四限の講義は休講になっちゃったけど、五限の国際共生論は普通に開講しているからね。
要するに、避暑と時間潰しを兼ねての来店だね。
「さすがはキャンパス内の喫茶店!かき氷だって、外のお店に比べたらリーズナブルだね。蒲生さんに釣られて私も頼んじゃったけど、二百円でお釣りが来るんだから有り難いよ。」
涼しげなブルーハワイのシロップが掛かった氷の頂をスプーンで突く美竜さんは、エキゾチックな白い美貌に屈託の無い笑みを浮かべていた。
「私はカウンターの脇に掛かっていた暖簾を見て、かき氷の気分になったんだけどね。あの真っ赤に染め抜かれた『氷』の一文字を見ると、思わず氷いちごが食べたくなるよ。」
台南市出身のゼミ友に相槌を打ちながら、私は練乳といちごシロップが程良く掛かっている所に狙いを定める。
そうしてピンク色の氷塊をスプーンで軽く掬い取り、心地良く冷えた甘味を存分に満喫するのだった。
「あっ!やっぱり蒲生さんも、そう思う?私も氷旗で波打っている海面から連想して、思わずブルーハワイを頼んじゃったんだよね。そうなると、あの緑色の海鳥を見てメロン味を食べたくなる人も結構いるんだろうな。」
「確かに、いちご味とメロン味とブルーハワイの三種類は、かき氷の定番フレーバーという趣があるからね。その可能性は大有りだと思うよ。だけど私は、美竜さんがブルーハワイを頼んだのには、色以外の理由もあるんじゃないかと踏んでいるんだ。例えば、それとか…」
テーブルに向かい合った台南生まれのゼミ友が喜々として突いている、ブルーハワイのかき氷。
目の覚めるように鮮やかな青色のシロップの掛かった氷のふもとには、一口サイズにカットされた缶入りパイナップルが添えられていたんだ。
「雑誌や情報番組で紹介されている台湾式のかき氷だと、果物が沢山トッピングされているよね。やっぱり美竜さんも、あんな感じのかき氷を地元で食べていたの?」
「まあね、蒲生さん。私が生まれた台南では、マンゴーのかき氷が夏場の名物だよ。芒果雪花冰って言うんだけど、ミルク味の氷に熟したマンゴーがドサッと盛り付けられていて、二種類の甘味が楽しめるんだ。」
台湾式かき氷である芒果雪花冰を説明する美竜さんの語り口は、至ってシンプルな物だった。
だけど虚飾を排して要点を的確に押さえた端的な解説には、本場の味を知る地元民ならではという風格があったね。
「中学や高校の頃は、放課後によく食べていたよ。テスト明けや御小遣いに余裕がある時とかは、そこにプリンやアイスを追加でトッピングしたね。いわゆる『自分への御褒美』って感じかな。」
その辺りの感覚は、日本の女子高生が放課後にクレープやアイスを買い食いするのと同じなんだね。
こうして美竜さんの話を聞いていると、台湾の女の子達への親近感がますます湧いていたよ。
「一方、普通の氷を削って作る剉冰は安上がりだから、懐の寂しい月末には重宝したよ。今こうして私や蒲生さんが食べているブルーハワイやいちごミルクも、台湾では剉冰に当てはまるね。かき氷機と冷蔵庫の氷があれば簡単に出来ちゃうから、私も下宿で時々作っているんだ。」
「成程なぁ…かき氷機が安く売っている電気屋さんを美竜さんが探していたのには、そんな事情があったんだね。」
確かに日本で買うマンゴーは台湾より割高だし、練乳を混ぜて製氷するのも手間がかかっちゃうよね。
留学先で慣れ親しんだ故郷の味を再現するにしても、お手軽に出来る方を選ぶのは道理だよ。
「剉冰を作る以外にも、あのかき氷機には御世話になっているよ。シロップにお酒を混ぜてフローズンカクテル風に仕立て上げたら、宅飲みする時の締めのデザートにピッタリだし、冷たくてサッパリしたかき氷は二日酔いにもよく効くんだ。」
「アハハッ!いかにも美竜さんらしい使い方だよ!」
何しろ美竜さんはウワバミの呑兵衛女子だからね。
毎日のように晩酌を楽しんでいたら、たまにはフローズンカクテルとかで気分を変えたいだろうし、飲み過ぎて二日酔いになる事だってあるだろうな。
それだけ色々と活用して貰えたなら、かき氷機もきっと本望だよ。
故郷の味である剉冰に、宅飲みを締め括るフローズンカクテル。
そして酔い醒ましの特効薬。
大酒飲みの台湾人留学生にとって、かき氷は夏を楽しく過ごすのに欠かせない食べ物と言えそうだね。
ところが、そんな気安い夏のお供であるかき氷にも、予期せぬ落とし穴があったみたいで…
「でも、酔い醒ましにかき氷を食べる時は、シロップに気をつけないといけないよ。こないだなんか、間違えてカクテル用のリキュールをドバドバとかけちゃったんだから。あの時は本当に大変だったよ…」
「それじゃ迎え酒じゃない、美竜さん!」
「一刻も早く酔いを醒まそうと、急いで食べたのが悪かったんだね。二日酔いで困っている所に、かき氷の頭痛とリキュールの酔いが束になって襲ってきたんだから、もう何が何だか…」
かき氷もお酒も、用法用量を間違うと大変なんだね。
それにしても、甘くて冷たい氷菓子が酔い醒ましに効くなんて、良い事を聞いちゃったよ。
ベロベロに酔っ払った美竜さんは、色んな意味で大変だからね。
今度のゼミの飲み会で美竜さんが泥酔したら、コンビニでカップ入りかき氷を買ってきてあげようかな。