我、森、出る
さて、本格的にどうしようか迷う。
今やれることは一つ。この森から抜けること。それだけだ。
とはいえ、この森の地理感覚なんてわからないし、俺を転移させた人物が誰かなんて知るよしもない。適当に傷をつけている木も、今確認してみたら、力が弱く目印にすらなっていない。
今の装備が作業着とスニーカー。斜めがけのバックに、つい昨日の昼飯のゴミと財布と通帳。スマホとBluetoothイヤホンに、家の鍵。
木に傷をつけるため家の鍵を使っていたが、正直疲れてきた。昨日の昼飯に残りなんて存在するわけないし、朝も抜いているので腹が減った。狩りができる装備でもない。いやー、参った死ぬ。死んでまう。
グルルルと変な音が腹からなるも、普段の省エネが生き、なんとか持ちこたえることができている。幸い、昨日は晩飯も食べていた。それが奇跡的に今の飢えをしのぐのに役に立っている。
とはいえ、十二時を回る頃には流石に腹が減りすぎて倒れてしまってもおかしくない。
あー、誰かー、誰かいないのかー。死ぬー。飯をくれー!生魚とラーメンと蕎麦とうどんとナスとほうれん草と辛いもの以外なら何でも良いから恵んでくれー。
そんなことを思いながら、何なら呟きながら彷徨っていると、森の中に一人で草花を集めいる様子の少女を見つける。
物語的な感じだと『病気のお母さんのためにー』とか、そういった理由から深刻そうな表情をして薬草採集をしていると思うのだが、どうやら、そういった様子はない。
どちらかというと、晩ご飯のための食料集めと言った方が正解だろうか。邪魔すると悪いし遠回りしていこ。
そう思い、迂回しようとして、少し遠目に足を伸ばすと、そこにあったちょっと太めの木の枝を踏みつけ、バキッと大きな音を立ててしまう。
「誰!?」
パッと身の危険を感じたのか、少女は警戒心を強めた語気でそう尋ねてくる。じっと見られているような気がして、少女の方を見ながら五指を合わせ、力を入れたり抜いたりして、その質問に答える。
「小田工作所の山田陸です」
「誰?」
再び同じ質問が繰り返される。えっと……こういうときは……
「えーっと、山田陸です。仕事行こうとしてたら、この森?に迷い込んでいたみたいで……」
「そう!そうなのね!?あなたが!!」
何やら興奮した様子の少女に、あれてすさんだ俺の心が浄化されていく。よくよく見てみると小学校低学年くらいだろうか?ちゃんと視認したことでようやく少女が幼女だったことを理解する。
あ、やばい、頬緩んじゃう。気をつけないと。
「ふふ。ねぇ、お兄さん。ついてきて、あたしの家に案内するわ」
「えっと、それは……」
ロリの家にお邪魔するのは、正直なところ犯罪臭がするのでご遠慮したいところ……
「いいから!あたしを助けると思って……ね?ね?いいでしょ?」
そう言われると弱い……というか半ば強制的に引っ張って連れて行かれている。やはり、ロリの行動力と、強制力は強い……。現実世界だとこんな経験なかったから、正直、嬉しいような……犯罪者になりそうで怖いような……そんな複雑な心境になってしまう。
「いや……でも……」
「いやもでもも聞きませーん。連れて行くって決めたもーん」
あ、いや、待てよ?このままついて行けばこの森から出られるのでは?あー、そうだよ。なんで気づかなかったんだ、俺?あれか?視野が狭くなってたのか?馬鹿かな?馬鹿だな。
「そうだ。お兄さんってどこ出身なのかしら?」
「日本」
「初めて聞く地名ね。やっぱり、お兄さんって異世界出身で間違いないのかしら?」
「多分そう。ところで、君の名前は?」
「そういえば名乗ってなかったわね。あたしはユズっていうの。お兄さんを召喚する魔術を使った魔術師よ」
おおう、諸悪の根源様でしたか……。ふざけんな馬鹿野郎。幼女じゃなかったらぶん殴ってたところだぜ……いや、殴れないわ。無理だわ。力なさ過ぎて返り討ちにされそうだから無理だわ。
「あー、でもなんで、俺なん?一切力ないし、能力もないけど?」
「だからよ!料理も掃除もできない、生活能力が著しく欠如した年上のお兄さんが欲しかったの」
よーし、よくわかったぞ。この子あれだ。頭おかしいんだ。
そして、なぜ、俺が料理や掃除をできない人間だとわかっているんだ?
「簡単なことよ。あたしが召喚するときに決めておいた条件が『生活力が皆無で、今にも簡単に死にそうなダメダメなあたしよりちょうど十歳年上の男の人』を召喚したかったんだから」
「あたおか(なにゆえ)……?」
「本音と建て前が逆よ?。まあ、いいわ。あたしね、魔術師なんだけど、お友達から嘘つき呼ばわりされてたの。だから、見返したくて、あたしの好みの男性の条件で、本当に『異世界から誰かを召喚すること』ができたら、みんなも本当の魔術師だって認めてくれると思ったの」
「あー、うん。オーケーオーケー。なんとなくわかった」
つまりあれだ。自己顕示欲とかそんな感じの欲求なのだろう。うんうん。おじさんわかったよ。とりあえず、この子について行って、この子が魔術師であることを証明してあげれば良いんだな。
「ほんと?」
「ほんとほんと。とりあえず、異世界から来たよーって言えば万事解決って訳でしょ?」
「そう!そうなの!!お兄さんお願いね?」
「あー、うん。まあ、期待はしないで欲しい」
「なんで?」
コミュ障だからだよ。今でこそなんか、普通に話せてるけど、正直高校時代のバイト経験で培った接客ボイスモードで対応してんだ。察しろってんだい。無理か……?無理か……無理だよなぁ……初対面だし。相手の年齢的に小五だし……いや、理解力はあるだろ?小五だぞ?こう、多少は年下の面倒とか見るレベルの年じゃん。
「にしても、なんで、年上のだめ男を召喚しようと思ったんだ?」
「え?お兄ちゃんで弟みたいな人ってかわいくない?」
「控えめに言ってクソだと思う」
「えー、そうかなー?」
「いや、なんでそこで疑うし……」
「でも、お兄さん意外としっかりしてそう……あたし、面倒見れるかな?」
「みんでいいみんでいい。自分の好き勝手に生きらせてくれ」
「残念ながらお兄さんがこの世界で生きるためには、あたしと一緒に生きるしかありませーん」
なしてぇ……?
「なしてさぁ……」
「そりゃあ、へへ……お兄さんにパス結んじゃったから」
テヘテヘと何やら照れている様子のロリ。ふむ、そういう事か……なーんとなくわかったぞぉ……。
詰まるところ……
「魔力の供給がないと、俺はここで生きることすらできないのか……」
「それどころか死んじゃうよ?」
「マ?」
「マぁ?」
「マジかぁ……」
「マジでーす」
マジなのかぁ……
なんか、偉人召喚して聖杯を取り合うやつに近い何かを感じる。
「で、俺はこの世界で何すりゃ良いの?見てわかるとおり装備貧弱だけど」
「あたしにお世話されれば良いよ」
「それはなんか……」
「いいからいいから」
いや、だからぁ……と思いつつも、良い返しが思い浮かばない。というか、俺の人生でこんな感じの人と関わることの方がなかったし、むしろ自分にたいして入れ込む人とか、正気を疑うレベルのものだ。
つまるところ、この子の頭いってんじゃねぇの?と俺は思ってしまっているわけだ。
その後は、何か話しをするわけでもなく、無言で森の中を進んでいく。それにしても、話題がない。この世界のこととか気になることはたくさんあるが、なんというか、ちょうど良い尋ね方がわからない。
だって、相手は小五だぞ?こちとら、職場の年上相手にさえ、伝えるのが苦手なんだぞ?それをかみ砕いてわかりやすい質問にするとか無理に決まってんじゃん。
とまあ、結果小一時間くらいだろうか歩いていると、木々に囲まれた小屋が見つかった。
「じゃじゃーん、秘密きちー。どう、どう?すごくない?完成度高くない?」
何でだよ!!お前の家に案内してくれるんじゃないのかよ!?
「…………(いや、待て。この世界でもし魔女裁判的なやつがあるとしたら、この子が俺を召喚したって言う事実が判明するのはまずくないか?そもそも、さっきから、二人称使おうにもルビを振るみたいな感じのナレーションが入る感じするし、何かやってるのか?この子)」
「お、もしかしてすごすぎて言葉が出ない?」
「すごい。すごいけども……」
「ふふふ。そうでしょそうでしょ」
「やっぱ、頭おかしいわお前」
またか……ていうか、やっぱ、なんかあるよなぁこれ……
「へへへ、それほどでも……」
「褒めてない」
「そうなの!?」
「そうだよ……」
ほんと、なんだろう。こう、変な子だなぁ……魔術師ってこんなのばかりなのだろうか?
まあ、この世界に来てユズにしか会ってないから、どういった文化だとか、価値観だとか知らないわけだけども。
「というわけでお兄さん。ちょっと休憩しませんか?あたし疲れちゃって」
どゆこと?なーにがというわけでな伸さね……疲れたのは同意だから別に良いけどさ……
「それに、あたしお兄さんの世界の話とか聞きたい」
「面白慰問じゃないと思うぞ」
「そんなことないよ!異世界の話が面白くないって言うのは語り手が下手くそなだけって、お父さん言ってたもん」
「そかそか」
それじゃあ、俺の話は面白くないな。うん。
まともに面白い話ができるなら、正直、俺は中学時代の自分のことを『永遠に凍る談話の空気』の使い手なんて自称しない。ギャグセンなしの男に面白く伝わりやすいお話を期待するもんじゃぁ、ありゃせんよ。
とはいえ、この子の機嫌を損ねてこの森から出ることができないのは正直困る。情報がないからね。仕方ないね。
と、自分の中で一区切りをつけ、元いた世界の話をする。
そして、俺の予想通りつまらなかったのか、この子はぐっすりと眠ってしまった。あー、今日中に森を出ることは不可能なんだろうなぁ……
「だぁ……もぅ……」
外に何かしらの気配を感じ、そんなため息をこぼしてしまう。というか、俺、外に誰かいるとか気配でわかったことあったっけ?