第五幕 革命の準備と古典とチョコラータ
それは、温まりたてのチョコラータのような暖かさであった。
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「この本を借りてから、いい事なんて全く無かったな。二度と古典なんてやらねぇよ。理系が活きる職業片っ端から調べて、理系に進んでやる。」
7日間、古典文法帳(著者:刑部 彦摩呂)による勉強をしてとうとう彼は古典ネイティブとなった。
刑部先生とタメが張れるかどうかは全くもって分からない。今日は丁度古典があるんだ。ここで成果を見せてやる。そんな気持ちで彼は授業に臨む。
「重屋。ここは作者はいかなる事を言はまほしきや分かるかし?」
「(あ、ここ文法帳でやった所だ!!)師、我は分からず。」
「そはしょうが無し。では江口。いらへたまへ。」
「は!?俺!?あーもう先生分からんて言ってることがよぉ!!!!!」
江口に飛び火したが、重屋は少なくとも刑部先生と会話ができる程度には古典が理解できるようになった。前までアラビア語で一方的に話されていた感じの刑部先生の授業は今では、英語ネイティブの人の拙い日本語で話す英語の説明の如く言っていることが理解出来る。この瞬間、重屋の世界の古典は、アラビア語から英語になった。しかし、彼は古典なんてやる気はもう無い。
授業が終わり、江口は重屋に対して愚痴る。
「っは〜ったくよぉ、あの先生、なんで俺に聞くんだよぉ〜」
彼は、冷たいココアを飲みながら愚痴を垂れ流す。
「それは、江口に聞いてみたい一心で質問しているんじゃあないかな。」
「いやでもお前あんまり刺されないじゃん。俺だけやんめちゃくちゃ刺されるの。」
「なんの話だ?江口。いつもはポル○レフみたいだけど、今日の江口は萎れたエリンギだぞ?」
野々原がやってきた。野々原はどうやら江口に対しての悪口の組み合わせが多いみたいだ。(悪口...というかあだ名。)
「いやぁ、刑部先生の話な?あの先生なんで俺ばっかりに当てるんだよ...冷たくない?」
「いや、俺を見ろよ。俺なんて岡崎にバカだのサボりだの散々言われてるぞ。」
「そうだったな野々原。ありがとよ。お前のお陰で氷の如く冷えたビールみたいな心が寒い冬に飲む温けぇコーン・ポタージュみたいになったわ。」
少なくとも(岡崎から)悪口を言われていない江口は言われまくっている野々原の話を聞いて、ホッとしたようだった。「ポッカレモンぶっかけてベトベトにしてやろうか貴様」と野々原は思った。そして、野々原と江口のせいで完全に蚊帳の外になった重屋は帰ってホカホカのチョコラータを頂きたい。そう思った。
ーところで、チョコラータと調べると、ジョ○ョの奇妙な○険 黄金の○に出てくるチョコラータという幽○紋使いが出てきて、本来の意味というかそういう敵の固有名詞的な感じでサジェストに出る訳で、幽波紋使いの方が出ないように色々検索に工夫したりした。ちなみに、ポ○ナレフもジ○ジョのキャラである。全く。隠者の紫の念写で調べたいものだ。ー
久しぶりの部活だ。まずは日村先輩に演技を見せなくちゃあならないのだ。
きっと、俺がどんな演技をするか見てみたくて、あのものぐさの刑部先生も見に来るだろう。そしたら説得してやる。
「約束通り、演技を見せましょう。日村さん。」
「うん。僕も期待してるよ。どんな演技をするのか楽しみにしてる。だけど」
「どうしたんですか?」
「期待はずれの演技なんてしたらただじゃあおかないからね。もし、そんな酷い演技をしたら...」
「ゴクリ...」
「嫌いになっちゃうんだからね!!!」
もしかしたらヒムケン先輩の方がヒロインかもしれない。
「わ、分かりました...」
「君、重屋って言ったっけ?」
そういって近づいてくるのは、山高帽にちょび髭(恐らく付けているんだろう)、タキシードを着込んで杖を持った奇妙な男だった。
「は、はい。重屋演二郎です。」
「そっか。僕はこの演劇部の山高 チャールズ 友喜っていうんだ。みんなからは喜劇王って呼ばれてるんだ。好きに呼んで。」
「は、はいっ。チャップリン先輩。」
「硬くならなくていいよ。ところで、ヒムケンが嫌いって言ってるうちは嫌いどころか寧ろ何とも思ってないのに等しいから。」
「ヒムケンが本当に嫌いな人間に、ヒムケンはそもそも自分から話しかけることなんてないからね。」
「多分、期待はずれでも失望すらしないから、いつも通りやればいいと思うよ。それじゃ、僕はあっちで観てるから。」
怪しい見た目をしてる割にいい人だった。というか、正直今のままではチャップリン先輩は見た目が「チャールズ・チャップリン」だからそう呼ばれてるようにしか見えない。本当にチャップリンと呼ばれる素質があるのか俺は見てみたいものだ。
ーホールの証明は全て暗くなる。下にいるのは演劇部のメンバー。日村先輩は俺に何を求めているのか分からない。けれど、「金の斧」の木こりをやればいいのだろう。要望に応じよう。俺は木こりの役なんて簡単に作れる。ー
これは、日村 健が毎日付けている日記に書いてあった、重屋 演二郎の演技について書いたものである。
全部書くことは出来ないため、一部分の抜粋となる。
「彼の演技を初めて「観た」とき、僕は物凄く幸せな気分になった。声のハリ、仕草、演技。ボロっちい斧(あくまで作り物)を落とす時の仕草。どれをとっても彼の演技は最高であった。眩しかった。まるで、僕らの演劇部としての在り方が「完全に否定された」気分になった。それは、嫌な気分じゃあなくて、とても良い気分だった。とてつもなく暖かい気持ちになった。その暖かさはまるで、作りたてのホットなチョコラータのような、そんな暖かさだった。それと同時に、僕らが間違っていた事に気づいた。彼は本当に演劇部を変えるつもりなのだ。僕は、彼を認めることにする。というより、彼を認めないこと自体がナンセンスなのだ。あそこまで素敵な演技をするなんて思わなかった。」
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「こ、こんな感じでいいんですか?」
「完☆璧すぎる演技だよ。重屋くん。僕らがきっと、間違っていたんだ。」
「え?」
「いや、全くもってその通りだ。君の言う通りなんだ。これにゃケチつけられてもしょうがない。」
「さぁ、君たち。この、まさに「迫真の演技」をした重屋君に盛大なる拍手をするんだっ!!」
拍手が鳴り止まなかった。きっと、棒読み演劇部に現れた一縷の光なのだろう。希望なのだろう。
まるで、彼らからして、僕の演技はカンダタに吊るしたハズの蜘蛛の糸が、全員分お釈迦様から吊るされた感じなのだろう。でもやっぱりモヤモヤするんだよ。
だって...後ろに、「刑部先生」がいるんだからッ!
刑部先生は拍手をしながらこちらに来る。まさにラスボスだが、そうでも無い。
「まぁ、いとめでたき演技なりこと。重屋演二郎。
ようせずは、我が築きあげし棒読み演劇部は君の世に潰ゆることになりもこそ。」
「刑部先生ッ!」
日村先輩は、刑部先生特有のオーラに潰されそうになっていた。重屋は、この為だけに覚えた古典を駆使し、反論する。
なお、ここからの重屋と刑部先生の話の駆け引きは全て、現代語訳にせずに書き記すこととする。
「師!きみが演劇部を棒読みにせる元凶なるかな!我はきみを説得さすべし!」
「おやおや、重屋。しか怒りたらば、こうじなずや。」
双方何を言っているのか全くもって分からないが、ここにいる全員が少なくとも「なんかやべぇ」と心の中で相槌を打った。
「など、きみのそのものぐさなる心延へを演技に映すべし?
きみはされば、何せまほしきなり!?」
「凄まじくこうじぬればなり。棒読みの演技にすることに、皆のこうずることは無し。
それに我は、古文に話すことにここには迫真もせんなしといふことを心に察せよたかればなり。よも古典覚え我に歯向かふとは思はざりしぞ」
「きみの案はあやまてり!
そは演劇などにはあらず!
怠け者の姫君のやる、腐れきりし踊りに過ぎぬなり!」
「ッ!......きっと、そうか。」
刑部先生は初めて、現代語のようなものを口に出す。
どこぞのA.龍之介の作品にこのような言い回しがあったような気がする。
「ならば棒読みでなくても文句は言うまいなッ!こちとらぼおっと生きていたいのだッ!」
あーほら羅生門だ。
いくら著作権が切れてるからって文脈もシチュも丸パクリする必要ないじゃあないか。
下人が死人の髪を抜く老婆に対して放った犯罪宣言のような捨て台詞を重屋に吐いた後、先生は職員室の方にプンスカさせながら歩いていった。
先生の行方は、誰も知らない。
完
いやいやいやそうじゃあないんだって。だから。
だから一々羅生門のような事をするなと。
「日村先輩、あれはもう俺に任せるという意思表示で良いのですか?」
「うん。いいんだと思う。多分ね。」
「きっと、そうなんですね?」
「うん。あと、羅生門の下りは筆者に怒られるからもうやめて。」
「はい。」
彼は、なんやかんやありながらも革命を起こすことに成功した。
一応、今後も「刑部先生は口を出さない、形だけの顧問」だが、棒読みの週間は消え、また新たな「演劇部としてのカタチ」に足を1歩踏み出すことになった。
ちなみに、刑部先生は何も言わなくなったけど、古文で話すことは変わらなかった。
ただし、その次の次の週くらいにあった中間考査で、古典科目は重屋のだけ古文で書かれているものでありそれを配らせようとしたらしいが、刑部先生のミスでそれが江口に渡るような感じになってしまい、問題文を見た江口が何も分からず、1を取るのがほぼ必然的になってしまったのはまた別のお話である。
Fin
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いやだからFinじゃあないんだって。
古典革命編、完結です。
これからも笑いあり涙無しの重屋演二郎の青春は続きます。完結まで生暖かい目で見守ってあげてください。
江口、留年の危機。これは刑部先生が悪いです