第14話 伝説さえ虜にする男、それが俺!(中編)
「では二つ目の問いです。あなたは現在の恐れを乗り越えられますか?」
俺は一面瓦礫と焼け跡となった街に立っていた。
ここは……そう、ナーリタニアだ。
灰燼と化していても、見慣れた街は解る。
敵の攻撃を受けたばかりらしい。
崩れた瓦礫のアチコチから、土煙と黒煙が立ち上っている。
そしてそこら中に死体が散乱していた。
生きている人間の姿は一つもない。
「レーコは?俺の家は?」
俺は急いで自分の家がある『カウズ地区』に走った。
だがカウズ地区も一面が焼け野原となっていた。
所々に黒く焼け残った柱や壁がある程度だ。
そして多くの人たちが倒れていた。
……大丈夫だ。俺の家は強力な魔法防御と結界が幾重にも張り巡らせてある。家自体も特注の素材で作られていて、そこらの城より頑丈なくらいだ。そんなに簡単に壊れるはずがない……
だが俺は自分の家の前に来た時、その光景に目を見張った。
俺の家のあった場所が、隕石でも落ちたかのようにクレーターとなっていたのだ。
そこには、一つの黒く光る人型の影と、それを取り巻く八つの影があった。
中央の黒く光る人型の影には、全裸の気を失ったレーコが抱かれていた。
そして、そして俺は……情けない事に、その人影を見た瞬間、心の底から、魂から凍りつく恐怖を感じていた。
何も出来ずに動けないでいたのだ。
本能が教えていた。
――もし逆らえば、未来永劫に続く根源から破壊する恐怖と苦痛が続く事を――
俺は恐怖のあまり、涙と共に失禁までして、その場に立ち尽くした。
全身の筋肉が硬直している。
『グレート・ウィッチは我の后となる運命の女、返してもらうぞ』
頭の中に直接声が響いた。
……こいつが、聖魔王……
なんと圧倒的な力、なんと絶対的な恐怖。
俺が勝てるような相手ではない。
いや、挑む事さえおこがましい存在。
俺ごときには、聖魔王にレーコを差し出す以外に、許されることはない。
……いや、俺にとってレーコが全てだ!たとえ永遠の苦痛だろうが、レーコを失う事だけは出来ない!……
圧倒的な力の差、絶対的な絶望の中。
俺は思いっきり跳躍し、刀をふりかぶった。
聖魔王に向かって。
……二度と、俺の大切なものを、俺の世界そのものを、誰にも奪わせない!……
「ぐふっ!」
俺の体を黒い鎖の付いた銛が八方から貫く。
周囲にいた八つの黒い影から放たれた銛だ。
だが俺はその鎖を引き摺りながら、そのまま聖魔王に向かって跳んでいた。
……たとえこの身体が引き裂かれようと、レーコだけは絶対に渡さない……
俺は八つの黒い鎖と、信じがたい魔の圧力を受けながら、聖魔王の頭上に剣を振り下ろした。
「はっ」
周囲を見渡す。
ここは元の宝物庫だ。
身体中の筋肉に力が入り、小刻みに震えていた。
全身から冷たい汗が流れ出していて、床に滴っている。
リシア・ナーチャ・シータの三人が、心配そうに俺を見つめていた。
「どうやら、二つ目の問いも答えが出たようですね。あなたの強い意志、そして戦う心を感じました」
シズ姫はそう言うと、背後に目をやった。
その先にある扉では、二つ目の鍵も砕け散っていた。
「今のは、なんだ?予知か?」
俺は辛うじて声を出した。
その声も微かに震えていた。
「いえ、先ほども言ったように、私にはアナタが何を見たのか解りません。全てはアナタの心の奥にある『恐怖』を、アナタ自身が見ているのです」
俺は思わず膝を着きそうだった。
シズ姫、恐ろしい力を持っている魔女だ。
これがもし「問い」ではなく「攻撃」だったら、俺は命を落としているだろう。
「三つ目の問いです。あなたは未来の恐れを乗り越えられますか?」
……ここはどこだ?……
見た事がないどころか、想像も出来ない世界だ。
奇怪な赤と黒の世界。
大地には植物とも昆虫とも判別がつかないモノが、そこら中に散らばっている。
だが動いているモノは何一つない。
よく見ると、そこらのオブジェとしか言えないモノに、人の身体の一部が見える。
埋まっているのか、同化しているのか?
黒と赤の混じったような色で、表面は金属的な光沢を放っている。
空はやはり不気味な赤黒さだ。
そこには太陽ではなく、異様なモノがあった。
二人の人間?
いや、下半身を共有していて、上半身だけが二つに分かれている。
片方は黒い人影、聖魔王だ。
そしてもう片方はレーコだった。
「レーコ!」
俺は叫んだ。
だがその瞬間、無数の黒い槍が空から降り注ぎ、俺の全身を大地に縫い付ける。
「グハッ」
口から血が噴き出す。
だが身体は血を流さず、黒い槍から奇怪な根が伸びて、俺の身体と一体化しようとしている。
……もはや、そのようなモノは存在しない……
頭の中に声が響く。
レーコの声ではない。
だが前に聞いた聖魔王の声でもなかった。
……我は世界。我は真理。我はこの世で唯一の存在……
俺は強引に立ち上がった。
槍と一体化した俺の肉が、ブチブチと引き千切られていく。
……オマエは、存在してはならない……
「レーコ!」
絶叫と共に、俺は思いっきり彼女に向かってジャンプした。
……レーコ、俺が必ずソイツと引き離してやる。俺はレーコを誰にも渡さない……
だがそれは太陽に挑むがごとき行為である事を、俺は悟っていた。
……消え去れ……
その言葉自体が、巨大なエネルギーを持っていた。
言葉が波のように、いや光のように降り注ぐ。
そして俺の身体はそのエネルギーによって消滅していった。
だが……
……俺の身体は消滅しても、俺の心は、レーコを思う心だけは絶対に消えない……
俺の心が、精神エネルギーが、魂が、一つの熱い塊となって、レーコと聖魔王に飛んで行った。
「三つ目に問いにも、打ち勝つことが出来たのですね」
その言葉を聞きながら、俺はゆっくりと目を開いた。
「ああ」
今度の俺は動揺していないし、身体も震えていない。
ただ硬い決意だけが俺の心を満たしている。
シズ姫は穏やかな微笑を浮かべた。
その目にはなぜか涙が浮かんでいた。
「あなたの決意は示されました。あなたなら書物庫を開く事が出来るかもしれません。そして私を……」
そんな彼女を俺は見つめた。
「その前にアナタに聞きたい。シズ姫、いまそこにいるアナタは実体ではないな?」
俺とシータはこの部屋に入った時から『敵探知能力』を働かせていた。
だが俺だけでなく、シータも何も言わなかった。
つまり『シズ姫はこの部屋には居ない』と考えられる。
彼女は穏やかな微笑のまま、俺に質問には答えなかった。
「最後の質問です。迷宮の奥に隠された秘められた宝、それを解き放つ鍵は何?」
俺は周囲に目を走らせる。
そしてシズ姫を見た。
彼女は、何かを待つような目をして俺を視ていた。
俺は目を閉じた。
数秒後、目を開いて叫ぶ。
「それは俺だ!」
言うが早いか、背中の刀を抜いて扉に駆け寄る。
扉の前にいたシズ姫の姿に触れるが、予想通り彼女の身体はすり抜けた。
やはり実体ではない。
俺は扉に向かって刀を振るった。
最後の鍵が砕け散る。
そして扉は重々しく、開いていった。
「ブレイブ、あなたが書物庫に入る事を許します。ですが油断しないで下さい。中にはまだ恐ろしいものが……」
そう言いながら、シズ姫の姿はかき消すように消えていく。
リシア・ナーチャ・シータに「ここで待っていてくれ」と言うと、俺は扉の中に入って行った。




